162、王子の華の成人と血の晩餐舞踏会 (シャル・ウィ・ダンスと夜空のポラリス)
―ー前回までのおさらい。
セオドリックとフレイの成人晩餐舞踏会において、セオドリックのパートナーであるエレナ嬢が、何者かの策略で石化してしまう。
石化は程なく解けたものの……エレナは激しい魔力低下に襲われ、心身の機能低下にまで陥ってしまった!
彼女のパートナー続行が無理だと判断したセオドリックは彼女を休ませることに……。
ところがセオドリックの今回のパートナーになることは、将来的に彼の妃の最有力候補という暗黙の了解が有り、誰もが狙うポジションだったのである!!
と、いうわけで現在、セオドリックは狼の群れに放たれた一匹の羊と化していた……。
ギラギラと目を光らせた各国姫君や貴族の娘……あるいは妃が無理なら公妾を狙う既婚の貴婦人や高貴な未亡人。
セオドリックは、背中に汗をかきながらにこやかにまずは、あることをした。
「……叔父上、ここはまず仮面舞踏会を盛り上げるためにも、華麗なる叔父上達カップルが先陣をきっては頂けませんか?」
そう、時間稼ぎである。
言われたフレイもこの動きはある程度、予想していたようで、眉間にしわを寄せるも反対はしなかった。
「……確かに、パートナーもいないのに踊れというのは、いくら何でもいささか趣味が悪いしね……。君の提案に乗るのは気が進まないが、謹んで役目を承ってあげよう。……先生も宜しいですか?」
それに、仮面でよくは見えないが、約束通り十五、六歳に変身したらしいガブリエラが機嫌良く答える。
「ええ、もちろん!」
それを聞き、フレイはガブリエラの手の甲にさっそくキスを落とすと、二人は会場の真ん中に進み出た。
ガブリエラの今日のドレスは、魔女のイメージを崩さぬようになのか黒衣のドレス(※とはいえ、ガブリエラが魔女なのは基本、国家機密なので他国には明かしていない)に星のような、小さなダイヤモンドを無数に縫いつけられているものになる。
スカートが揺らめくたびにダイヤモンドが煌めき、その輝きは計算されているのか、動くたび優美な星の光の線を描いた……。
いよいよ、オーケストラがこの主役のために演奏を奏でると二人は踊り始める。
するとその優雅さと軽やかさに、周囲からはため息が溢れ、あっと言う間にうっとり魅了されてしまう。
踊りの所々で二人は仲睦まじく見つめ合い、実にお似合いのカップルだった。
そんな二人を見てセオドリックは思う。
(……最初はフレイの正気を疑ったが、確かにこうして見ると傍目には十五歳位の乙女にしか見えない。……もっともこの間などは十二歳ほどだったがな……。それにこの魔女は無茶苦茶ではあるが、性格も穏やかで聞く耳もあるみたいだった)
ガブリエラは特別、横柄でも我が儘でもなく、むしろ立場や実力の割にフレイを立てていて実に大人しい。
(…………だが、それでも何故か、ガブリエラ・ロナ・チャイルズ・アルティミスティアが、私はどうしても気に食わない……!)
セオドリックはガブリエラと母の愛憎や確執について知る機会は無かったので、当然どんな事があったのかは知る由もなかった。
あるいは彼女がアニエスに対して、どんな事をしでかしたかについても同様にである。
なのに、彼の動物的な勘がガブリエラから嫌な匂いを感じ取り、本能が敵意を向けた。
「……………………」
一方、複雑な心地で見つめるもう一つの視線。
それはタニアのものだ。
この世で最も愛した人が、今は別の……実際に身体も日々結ばれているであろう人物と踊っている。
それも、実に仲良さそうに……。
それを見て悲しくなるのは勝手過ぎると思いつつ……一方で腹を立ててみせたり、泣いたりする事も無く、微笑んでウンウンと見守るふりが出来ている自分を、無茶苦茶に褒めてやりたかった……。
(……血の繋がりがなかったら、もっと血縁が遠かったなら……なんて考えても無駄だもの)
タニアは、そう自分に言い聞かせ納得させようと心で唱える。
なのにどうしても、おめでとうという気持ちにはなれなかった。
ただ早く、この胸の苦しい時間が終わってくれないかと願っている。
で、その当人たちはというと……。
「殿下」
「どうしました。先生?」
「うふふ、せっかくだからイタズラをしてもいいかしら?」
フレイはガブリエラのその提案に、よくは分からないが悪いようにはしないだろうと信用し、許可を出す。
すると、ガブリエラの夜空のようなドレスの裾が舞踏会場全体に凄まじい勢いで円を描いて広がりを見せ、そして、夜の女神のごとく、会場そのものを闇に浮かぶ星の海に変えてしまった。
しかも、人々が体重も無く、全員が宙へと浮きはじめる。
無重量状態になり、まるで疑似の宇宙飛行体験でもしているみたいだ!
「先生……ご正体がバレますよ?」
「うふふ。殿下がしたことにするから、それは大丈夫です!」
「ええ……そんな、また無茶を言う……」
とはいえ、この趣向は先程の事件で、まだ不安がこびりついていた招待客の心を、興奮で軽くするのに成功した。
皆、口を開き、しばしの夜空の遊泳に身を任せ、はしゃいで遊んでいる!
(人や物には万有引力があるのに、こんな大掛かりなものを余興で一瞬に!? 流石は魔女閣下だな……)
セオドリックも思わず感心した。
(というか、感心している場合か! むしろこの後に踊らねばならないなんて、あまりにやり難いぞ……パートナーもいな……)
その時、セオドリックの目の端に一番星の……ポラリスが輝く。
いや、実際は他の人同様に、背景のようになってその人物は輝いているはずもないのに……。
けれど、セオドリックには一瞬で見つけられるほどあまりに光って見えたのだ!
この無重量状態の空間では、実際に水中のように自由に泳げるようだった。
セオドリックは近くの壁まで行き、思い切り両足で蹴り上げると、手を漕ぎ足を猛烈にかいてビュンッと一気にそこまで泳ぎ切ってしまう。
「!!」
あまりの人間離れした鉄砲玉みたいな速さに、相手が気付いて逃げるには、全然それはもう間に合わなかった。
腕を掴み、ぐっと自分に引き寄せる。
「…………捕まえたぞドラゴニスト!!」
「ひぃっ!」
アニエスはこうしてセオドリックにあっけなくも御用となったのである。
万有引力……質量をもつすべての物体の間に作用する引力。つまりは人や物には互いを引き合う力がはたらくということ。因みに、ものの質量が大きいほど引く力は強くなります。




