154、王子の華の成人と血の晩餐舞踏会(タニアの過去⑧ 死後の変化と逢引き作戦)
雲中白鶴……品性の高い高尚な人物のたのえ。
胸襟秀麗……考え方や心構えが正しく立派なさま。
中通外直……君子の心が広く、その行いが真っすぐなこと。
タニアの母が亡くなり一番変わったのは他でもないセオドリックだ。
まず黒髪は亜麻色の髪に、灰色の目は碧眼に……と見た目が格段にチャラくなっている。
そして、雲中白鶴、胸襟秀麗、中通外直とまで言われた完全無欠だった人格も、まさかの激しい女狂いへと堕ちてしまった。
その様子が、今までどこか腫れ物のような扱いだった王妃の存在の大きさを王宮の隅々にまで思い知らせることとなり……変な話だが王妃パトリシアは死んでのち、人々に美化されて語られるようになるのは何とも皮肉である。
一方、タニアは母が亡くなり何か変わったかというと……こちらはむしろ長所が伸び伸びと生かされ、元が優秀だったのと人格的に優れていたこともあり、王宮での王妃の穴をあっという間に埋めるばかりか、気付けば数年のうちに『王宮宮廷行儀見習い』の総取締の役を与り、皆に慕われるようになっていた。
とはいえ、順風満帆で本人に心配事も無く胸中が穏やかだったかというと、そんなことは全く無い。
……タニアはずっと母の死がひっかかり、心が宙ぶらりんになっていた。
タニアの母パトリシアがタニアの身体を乗っ取ろうとしていた……その理由が理由だけに、タニアに母が処刑されるに至った根本の要因は結局しらされずにいる。
また、その原因を知るタニアの秘密の恋人であるフレイは、ひたすらそのことをタニアに対してはぐらかし、追及を逃れていた。
しかし……皆さん、覚えておいでだろうか? 悪い噂には魔物がいて本人を手招きしているという話を……。
ある日こんな話がタニアの耳に届く。
「ねえ、知ってまして? 『偉大なる魔女閣下』があるお方に、それはそれはご執心なのを?」
「まあ、いったい誰ですの?」
王宮宮廷行儀見習いは、年若い少女や乙女の集まりである。
この年代の女の子たちは、たいてい噂話が大好き! ……だから、余計にタニアの耳にそれは届きやすくなっていた。
「なんと『フレイ様』だそうよ! 魔法の実力を認められて、魔女閣下、御自らフレイ様に弟子にならないかと誘っているんですって!?」
いつものタニアなら聞き流すであろう噂話は、『フレイ』という単語にどうしても反応せずにはおれなかった。しかも……。
「えー! ……それって、そうゆうことなのでしょう!?」
「ええ、そうゆうことになるわ……」
「だって魔女の弟子になるってことは……男女の肉体関係を結ぶってことじゃないの!?」
ガシャーンっとインク瓶が気付けば床を転がっている。
タニアが動揺し、腕に引っ掛けてしまったのだ。
「貴方たち!! お勤め中におしゃべりとは何事です!?」
「「も、申し訳ございません!!」」
「大丈夫ですか!? タニア様!」
「あ、……ああ、ごめんなさい。ちょっと寝不足でぼーっとしてしまっていたみたい。びっくりしたでしょう? ごめんなさい。……それから、長時間のお務めだもの……皆も気が張ってばかりでは疲れてしまうわ? いつも頑張っているんだもの、少しくらいのおしゃべりは、小鳥のさえずりと思い、……どうかあんまり叱らないであげて? お願い!」
「しかし……!」
「……貴方たち。ここはもう大丈夫よ。小腹も空いたでしょう? 休憩に行ってらっしゃい」
「「タ、タニア様ぁ……!! (じーん)」」
二人は失礼しますとタニアの部屋を後にする。
「もお、殿下! 彼女たちを甘やかすのは禁物ですよ!?」
「まあまあ……」
タニアは行儀見習いの女官をなだめつつ、心中穏やかでなかった。
そんな話はフレイから一切聞いてない。肉体関係……それはいったい?! タニアの頭がぐるぐると回る。
居ても立っても居られないタニアは、すぐにフレイから預かっている通信用の不可視の使い魔に手紙を持たせて放つと、返事はまもなく返ってきた。
手紙には今夜会えないかとのメッセージが添えられている。タニアはそれに応じるという手紙を持たせてまた放った。
……その夜、タニアが寝支度を整えベッドに入ると部屋から側仕えや召使いが出ていき、タニアは一人になる。
ドアの前の護衛以外、誰もいないのを物音で確認するとタニアはむくりと起き上がり、自分の姿を消してくれる『マント』と『身代わり人形』を自分のウサギのぬいぐるみの背中から取り出し、身代わり人形に呪文を唱えた。
そうするとそれは膨らんでタニアそっくりに変身する。
それを自分のベッドに寝かせ、自分は室内履きを履き、マントを羽織った。
ベッド横のチェストの引き出しから櫛を出して、引っ張るようにひねるとピンと鍵になる。
タニアはそれを何もない壁に突き刺した。すると間もなくドアが現われ、扉が開く。
そのドアはフレイの研究室へと繋がっているものだった。
これらのアイテムは二人がこうしてこっそり会うために、全てフレイがタニアのために準備してくれたものだ。
タニアはプレゼントをされた時はとても驚いたが、何だかフレイに会いに行くだけで、自分が冒険か諜報活動でもしているみたいで、この行為自体を今はわくわくと楽しんでいる。
「フレイ。来たわよー?」
タニアがドアを通って閉めれば、扉も消える仕組みだ!
マントは必要なさそうだが、フレイの部屋に誰かが来た時にすぐに隠れられるよう、念のためいつも羽織っている。
「ああ、待たせてごめんね!」
そう言い頭をタオルで拭きながらフレイが上半身裸で入ってきた。
「きゃあっ!」
「あ、ごめん!」
タニアが驚いたのを見てフレイが慌てて服を着る。
「う、ううん! 少し驚いただけ……こんな時間にお風呂?」
「ああ、少し自習で鍛錬をしていて……」
「フレイが、た、……鍛錬!?」
タニアは驚いて思わずのけぞった。
「え…………驚き過ぎじゃない……??」
「ご、ごめんなさい。その、てっきりフレイは完全なるインドア派だと思っていたから……」
「……僕はこれでも王位継承権第二位で国王になってもおかしくない立場だ。そうなれば軍の最高責任者ということになるし、基本の武術・武芸は王族の教養の一部でしょ? ……あと、知っての通り、大きな魔法は体力すら消耗するから大魔法使いほど体を鍛えるんだけど。……おわかりかな、お嬢さん?」
「………………おっしゃる通りにございます」
「というか彼女にモヤシだと思われていたのは、何気にショックだ……」
そう言って不機嫌にカウチに座るフレイの隣りにタニアもすっと座った。
「……見たい」
「え?」
「鍛えているのでしょう? さっきはよく見えなかったから捲って見せて!」
「え、さっきの恥じらいはどこに……?」
「あれは……条件反射なの! それに恋人の身体を見たいのって自然な感情ではなくって?」
「………………」
フレイは言われた通り捲って見せる。
「わあ、本当に鍛えてるのね!? ……肌は青白いけど……?」
「一言余計だなあ!」
「少しだけ触ってもいい?」
「…………いいよ」
タニアは恐る恐るといった様子でフレイの身体に手を伸ばした。初めて触る男の人の身体。
裸に関しては、兄のセオドリックの変身を解いた姿を何度か目にしたことがあるが、それ以外ではフレイが初めて。
「硬い……けど、もっとごつごつの岩みたいなんだと思っていたわ。そうね筋肉もお肉の一部だもの、考えてもみれば硬くも柔らかいのは当然よね? 何だか触っていて気持ちが良いわ!」
「………………」
フレイがそんなぺたぺたと触りきゃっきゃと喜ぶタニアの手首を掴んだ。
「ほら、もういいでしょう?」
「あら、もう終わりなのー?」
タニアがにやにやして聞くが、それにフレイは真顔になる。
「あんまり触られると……不都合だ」
「不都合?」
「これでもいつも必死に抑えてるんだよタニア」
「抑えるって……いったい何を?」
するとフレイはタニアをじっと見つめた。タニアは急にフレイが真剣に見つめてきてドキリとする。
「……タニアを抱くのを」
そう言われ、タニアの心臓が跳ねた。どきどきとして顔が赤くなる。
急にそんなことを言われ、次に何を言っていいのかわからない。
「……僕だけ触るのは不公平じゃないかな? 僕だってタニアの身体を見たいし触りたい」
そう言われたタニアは……。
「え、絶対に無理!!」
断固拒絶を見せた。
「……え?」
「あ、だって、私は特にまだ鍛えたりしてないし……もしかしたら、人より変かもしれないわ!? それに最近お茶の席が多くて甘いものも結構食べているし……ふ、太ったかも!」
タニアはそう考えると恥ずかしくて、とてもそんなのは無理だった。
だが、フレイも引かない。
「タニアは太ってないし、スタイルだって良いよ!」
「そ、そんなのわからないじゃない!」
「服の上からだってある程度ならわかるよ……抱きしめた時にも!」
「で、でもでも! 実際、形が変かも!?」
「それなら余計に誰かに一度見てもらって確認した方がいいんじゃないかな?」
フレイは言った。
「お願いタニア……ほんの少しだけ」
「………!」
果たしてタニアは……次回に続く!
フレイはアーティファクトの時代に行ったことがあるのかもしれません。




