152、王子の華の成人と血の晩餐舞踏会(タニアの過去⑥ 美人魔女の勧誘と糾弾)
「あまりにもったいないお言葉ですが、お断り致します」
そう言われ黒髪の美女ガブリエラは、きょとんとする。
「あら……まあ、二つ返事」
実に不思議そうに小首を傾げる。
「あのこれ、美人局ではありませんのよ?」
「……存じてます」
「では何故? 時空に何度も閉じ込まれ……死ぬほど恐ろしい目にあってなお、それでも狂ったように『魔法』に取り憑かれている貴方が?」
「……!!」
魔女は途中から来たのであの話は知らないはずだ。なのに、ガブリエラは当たり前にそのことを知っていた。
「魔法の『愛娘』と呼んで差し支えない私に直接教えを請うこと以上の、殿下にとっての最良の環境は無いように思いますが?」
それは全くのその通り。
正直、「弟子にならないか」と問われ、フレイはドキドキと胸が高鳴った。
彼女に師事される事なんて、様々な時代や平行世界でも、今回が初めてになる。
これも、運命の相手であるタニアに出会えたからこそ、引き寄せた幸運かもしれなかった。
「僕には一生をかけて愛すると誓った人がいるんです!」
「まあ、それは素敵ね!」
「だからこそお受けできません。貴女の弟子になるというのは、つまり……『そういう事』でしょう?」
ガブリエラはニッコリと微笑む。
「ええ、そうですよ。『魔女』は魔法の愛娘であり、そして至上最高のいい女に許された称号。その意味はベッドの上でこそ最も発揮されますわ。見たことも無い楽園をお見せすることを……今お約束致しましょう?」
「馬鹿を言わないで頂きたい。僕は貴女の実年齢も存じ上げているのですよ!?」
「ウフフ、じゃあ私は皺くちゃのお婆さんかしら?」
ハリのあるシルクのような肌。
まるで天井から吊っているみたいに重力に逆らいまくったスタイル。
胸やお尻は綺麗に円で山を描き……。
顔は中顔面が短い童顔傾向で、人によっては十代後半や二十代前半とさえ答えるかも知れなかった。
こんな人間が普通に街を歩いていて、もしも「お婆さん」と声を掛けようものなら、周りから非難とともに数多の石や尖ったものが飛んでくるだろう。
「時空を渡る者に年齢をいうのは野暮ですわ。……だって無意味でしょう?」
「でも貴女の纏うオーラは小娘のソレとは全くの別物だ!」
実に生意気な口。
人によっては不快に違いない。
しかしガブリエラは不快になるどころか、愉快そうに口角を上げた。
「なんて張り合いのあるお方。その性格も小気味よくて気に入りました。でも、今日はほぼ初対面だし引き際は大切に致しましょう?」
そう言うとガブリエラは両腕を広げる。
すると、バサササッとガブリエラの体中から白い鳩の群れが飛び去って、ガブリエラはその場から姿を消した。
さらにその鳩は上空で今度は烏となって王宮に向かって今度は光の速さで飛んでいく。
一人その場に残されたフレイはそれを黙って見上げた。
そこへ、ひらひらと手紙が落ちてきて、フレイの目の前で勝手に開封し始める。
手紙はメッセージを自動で読み上げた。
「先程の戦い。実に素晴らしかったです。……ただ効率が悪く、ムダも多くて粗が目立ち、せっかくのポテンシャルの四分の一も生かせていないようにお見受けしました。う〜〜ん、これは次回までの課題ですわね?」
なんとまさかのダメ出しの批評のお手紙である。
それをフレイはその場で掴むと、びりービリビリびりと破りさった。
「ムカつく……」
イラッとして思わずそんな言葉が出る。
こうしてフレイのガブリエラとの出会いは何とも言えない最悪なものになってしまった。
(って、こんな事に心を乱している場合じゃない。王妃は捕まったがこれからが面倒だ。……気を引き締めないと)
フレイはため息をつく。
そして、顔を上げてある場所へと向かった。
◇◇
「女官長!」
「フレイ様……!? ……ということは成功したのですね!!」
「ええ、そうなります。……タニアの様子は?」
「薬が効いているのでまだ眠っておいでです。私どもで後ほどタニア様の寝室に目が覚める前にお連れ致します」
「宜しく頼みます」
「……フ、フレイ様! あ、あの……」
「なんですか?」
「………………」
一瞬、重い沈黙が流れる。
「……言いたいことがあるのなら、はっきりとどうぞ」
「今回の件、私共々、皆フレイ様に感謝しております」
「……それで?」
「ですが、……姫様はこの国唯一の直系の姫君にあらせられることを……どうかお忘れなき様、お願い申し上げまする!!」
女官長の前に重ねた手がぶるぶると震え、汗をかきつつ赤くなっている。……緊張しているようだった。
「僕にタニアの周りを彷徨くなということですか? 今までそれを黙認していたのは貴方がたなのに?」
「お二人は非常にしっかりしておいでです……。が、まだ幼く周りもそれに寛容です。……ですが、いずれ年頃に近付けば近付くほど、周りもお二人の関係に気付くことでしょう。何より……姫様は輿入れまで、その純潔を守り通さねばなりませぬ!」
女官長が伏せていた顔をガバッと上げる。
表情には必死さが浮かび、視線が強かった。
「……お気付きにならないとお思いですか!? 姫様にかけたあの守護のまじない……あれは互いの身体のいずれかが深く交わらなければ掛けられない代物ではございませんか!? 無論それがあったからこそ、姫様は一命を取りとめることが出来た……しかし、その交じり合いは、もはや叔父と姪を超えるものにございまする!!」
「えーと……ディープキスですよ?」
「同じですよ!?」
女官長は言い切り、肩で息をする。
「……姫様が今もあのように伸びやかで朗らかな性格でらっしゃるのは、ひとえにフレイ様のおかげにございます。でなければ姫様は常に誰かの顔色を伺い、自分の無い、萎縮したお子になっていたことでしょう……パトリシア様がそういう行動を常にしておいででしたから……」
女官長は俯いて続けた。
「いつも幼いながらに苦しげな表情を見せる姫様に我々は何も出来なかった……ただ、フレイ様や兄君のセオドリック様とお会いする時だけは、本当に嬉しそうで……本来の明るさを取り戻しておいででした……!」
女官長がゆっくりと再び顔を上げる。
「しかし、もう姫様を苦しめる悪い『魔女』は本日いなくなりました。姫様の枷は取り払われ、もうそのような一時の慰めも……今後、いっさい必要ではございませぬ!!」
「……なるほど、僕の言葉に二つ返事で快諾したのにはそんな裏事情もあったのですね?」
「故に、貴方様に会うためにしていた御目溢しは今後一切、我々に無いものとお考えくださいませ!?」
フレイは笑っていたが、周りの空気を一瞬にして冷え冷えとさせ、フレイは女官長を笑いながら睨んだ。睨まれた女官長がふぐっと小さく声を上げ、思わず口をつぐむ。
「貴方は……僕がそんなことも覆せないほど力が無いとお思いなんですか? ……なんなら今すぐ理由をつけて貴方がたをまとめて左遷するなり、牢屋にぶち込むなど造作も無いんですよ。……実際、さっきもベラベラと自分で認めていたでしょう? いかに自分達が無能だったかを!」
「そ、それは……!!」
「あの王妃をさんざん野放しにして、王位継承権第三位の王女殿下の周りの危険を、初期段階で排除できなかった…………。もっと早く王妃の周りの交友関係について国王に進言していれば、王妃だってまだマシな未来があったはずだ……。ところどころ詰めが甘いんですよ元々。……いいや、待てよ? ……もしかしてこの王妃の最悪の結果を招くために、今まで見て見ぬふりをして、手ぐすねを引いて待っていたというところかな……?」
「!!」
「その顔……まさかの図星ですか? だったら君達も王妃となんら変わらない。自分勝手で肝心、要で動かないクセに無条件に自分の事を正しいと思い、何かがあれば『タニアの為』とうそぶく。ははは、これは実に反吐が出る話だな!」
「そ、それは……!」
「別に機会はもう設けなくていいよ。タニアに会いたい時は堂々、目の前から奪っていくだけだから。どうせ、君達は動けない。これまでのようにね!!」
「!! ど、どうかお止めください。それでその先に……未来に……何があると言うのですか!?」
「君達には無い。本物の愛かな? ……それに結局タニアを本気で守れるのは、この僕しかいないようだからね」
フレイはそう言い、寝ているタニアの額にキスをして、頬をなでると、その場を笑顔で後にしたのであった。




