133、王子の華の成人と血の晩餐舞踏会(上流階級)
(こうしてみると脅威だな?)
セオドリックは、晩餐舞踏会に集まった面々をさり気なく見渡して思う。
(女性の十分の一……いやいや下手したら五分の一は、昔の恋人だ……。いや、今現在も付き合いのある相手含めないで)
確かに自分は正直相当モテるし、それなりに雑食、無国籍、既婚未婚問わずな自覚はある。
とは言えそれなりに自分なりの分別あるつもりでいたのだが……正にどんぶり勘定だったのかもしれない。
(派閥、陰謀、スパイ関係なく。これは、ノートンの言う通り、いつ刺されてもおかしくないかもしれないな……?)
こんなことなら、始まる前にノートンに防御魔法でもかけてもらえばよかった。
セオドリックは半ば本気でそう思う。
取りあえず、メインが仮面舞踏会でよかったかもしれない……いざとなったらそれを利用して上手く逃げよう。
晩餐舞踏会の演出の話が上がった時どこからともなく『仮面舞踏会』案が出た。
王子の成人のお披露目の晩餐舞踏会なのにそれは無いだろう? と最初はセオドリックは思ったのだが…………何故か、自分に近しい近衛兵の隊長や執務官、その他もろもろ、何があったのかやたら乗り気だった。
で、もう一人の主役フレイもそれに乗ってくる。
……まあ、それは分からなくない。
フレイの相手。偉大なる魔女ガブリエラは未亡人とはいえ大貴族の大奥様でもあり、フレイの祖母と言っていい年齢だ。
しかしその容貌は、ついこの間セオドリックが会った時は、肌艶めくキラキラとした十二歳のたいへん可憐な美少女だった。
フレイは、この偉大なる魔女の一番弟子で、それはつまり……体の関係も許している。ということは貴族で大人なら、まず知らない者はいない暗黙の了解である。
だが、今日は海外からも多くの賓客が来ており、そんな相手に彼女を紹介するのは魔女という立場を国が秘匿しているという事情もあり…………となると誠実に彼女を紹介する場合は、やたらめったら言い訳がましい紹介をせねばならず、考えただけでそれは相当に憂鬱だろう。
しかも、この仮面舞踏会というものは、もともと『身分を問わず誰とでも』というコンセプトが、通常セットされているから、相手の立場を問うのはタブーとされるのだ。
と、いうか単純にそれはあまりに無粋で洗練されていない行為とみられる。
上流階級で無粋な洗練されていない田舎者というのは、相当に嫌われる自殺行為だ。
舞踏会というのものは、大抵みんな腹の中で、これを機に縁接ぎしたり、自分の立場を知らしめ、ライバルを牽制するのを目的にしている。
そんな中でわざわざ嫌われるような事をするのは、本当にお里の知れない者だけだろう。
(とはいえ、ここに集められた面々はそれなりの地位・権力を有しているのだが………ああ、そうだった)
セオドリックは、何故最初は渋っていた仮面舞踏会に賛成したのかを思い出す。
自分も、周りにエレナ嬢を無理に紹介せずに済むから賛成したのだ。
エレナ嬢は素敵なお嬢さんだと思う。しかし、やはり一時凌ぎの相手としかセオドリックにはどうしても見れなかった。
それを思い出すと、セオドリックはふと自嘲気味な笑みを漏らす。
(何様なんだよ。君という人間は?)
セオドリックは、自分に対してそう罵った。
全くどこまで上から目線なのか?
(一体エレナ嬢を何だと思っているのか? お前はそれに値するような、せいぜい素晴らしい事をしてきたんだろうな?? いや…………していないだろ? 今はまだ言われた通りの中の、自分で動かせる範囲でしか動かしたことの無い癖に……王太子、王太子と言われて自惚れて……)
何故かセオドリックの頭の中には、この華々しい席にそぐわない、自分を非難する言葉が胸中に溢れた。
……普段平気だと自分でも思い込んでいるが、この上流階級に自分に対してのも含め、相当に愛憎に近い感情を持っているらしい。
(ここ最近は、全然平気だったのに……一体どうしたんだ?)
せオドリックは確かに一時……相当おかしくなっていた。
変な妄想が頭に蔓延り、それこそ、王太子としては最低最悪の、ぞっとするような下劣卑劣極まりない計画の夢想をしては、表面は、さも真っすぐな考えを持っているふりをして、にこやかに振舞う。
そうすると、一時いろんな感情や無力さを忘れることができたのだ。もう一人の自分が「惨めだ」「情けない」と軽蔑しながらも……。
(…………アニエスに会いたい)
セオドリックは、急にそう思った。
いや、毎日そう思っているが、今は切実にそう思った。
彼女の清潔な空気に触れたい。
柔らかな温もりに触れたい。
静かで耳に心地よく優しい響きの、あの声を聴きたい。と…………。
そうだ、セオドリックがあの禍々しくも醜く、汚物そのものの夢想をしないようになったのは、彼女に出会ってからだ。
あの可笑しな女の子と親しくなってから……。
それから、セオドリックは憎悪してやまない上流階級への見方が大きく変われることを知った。
彼女の素直さ、清潔さ、逞しさ、可笑しさ、生真面目さ、寛大さがセオドリックの上流階級への凝り固まった考えを氷解したのだ。
大公爵家ロナ家の長子でありながら、彼女は貴族の常識に全く当てはまらない内面を持っている。
それでありながら厳格で有名な王宮宮廷行儀見習いの優等生として、貴族としての最上の振る舞いが出来た。
また、その責任感と誇りは、貴族の『大いなる力を持つ者は、大いなる責任を伴わなければならない』という考えに由来しているはずなのに、そのための行動には何ら手段を選ばない。
(……全く、なんて矛盾している存在なんだ? 矛盾だらけなのにある意味、芯が通っているからそれもまた可笑しい!)
セオドリックの口元に、先程の自嘲の笑みとは違う笑みが浮かんだ。
アニエスの事を考えていると、セオドリックの心がスッと軽くなる。
そして顔を上げれば、華やかな人々でごった返した、単なる賑やかな晩餐舞踏会会場が目に入った。
「……………………」
それは明るく楽し気な場で、これが自分の誕生日を祝う場なのだと考えると、素直に『嬉しい』という感情が沸き上がってくる。
(これは、薬物依存と同じだな? 精神安定剤に頼る患者と一緒だ)
そう考えながらも、今のアニエスを心の拠り所にしている自分が、セオドリックは嫌いではなかった。
何というか、そのことが何故か嬉しくさえあるから不思議だ。
セオドリックが、そうして本来の明るさを取り戻し、さあ、主役として大いに盛り上げねば! と意気揚々と足を踏み出そうとしたまさにその時。
「もし」
セオドリックの背中に、不意に声を掛ける者があった。
振り返ると、顔を全面に覆ったマスクの中年の貴族男性。
よくある身長に中肉中背、赤色の髪。
声は仮面にくぐもって、おそらく地声とは大分違ってセオドリックの耳に届いているに違いない。
そんな相手が、穏やかな口調で話しかけてくる。
「是非、若い溌剌とした青年貴族の方のご意見も伺いたいのですが。王太子殿下は穏やかを好むが、その穏やかさが実に勿体ないと思いませんか?」
セオドリックはピンとくる。
これは、相手は自分が王太子であると、百も承知で話しかけて来ていると……。
「……と、申しますと?」
相手はゆったりと穏やかに、けれど賑やかな会場でもセオドリックの耳には届くように優し気な口調で話す。
「ローゼナタリアは、今、かつてないほど豊かで新大陸の開発にも前面に立って推し進めています。それはとても良いことですが、どうにも最近身に締まりがない気がするのです。……ちょっとお腹が出てきたというか……この辺りで適度な運動をして引き締めるべきだとは思いませんか? ……折角、大陸指折りの美丈夫なのですから?」
そう語る男に、セオドリックは張りのある眉間に皺を寄せる。
「……それは、戦争をしたいということでしょうか?」
「おやおや……こういう場では、政治宗教の話はタブーですよ?? …………まあ、受け取り方は個人の自由ですが……?」
というか間抜けがそのままの言葉で、意味を丸のみすれば、「王太子が太った」という事を公言する非礼になるのだが?
……もちろんセオドリックは、そんな間抜けではない。
この男は、今、国土も十分に安定しているし、新大陸の開発という余剰の力もローゼナタリアは有している。
『美丈夫』というのは、『王太子自身』或いは『大陸の白い鳥』と例えられる王都を指しているようにも見えるが、そうでは無く、この大陸の覇権を取らんと蛮勇を誇っていたかつてのこの国のことを指しているに他ならない。
「……王子は他にもおりますが、やはり華は王太子が持つが筋かと……?」
そしてそんな戦争の口火を、この男はセオドリックに切れと言っているのだ。
「外からその華を狙う者もおります故……。でも、それは間違っているでしょう? 王太子は今日、成人され、もうご立派な大人になられたのですから?」
男は、含みを持った笑顔を仮面の下に作っているにちがいない。
(……ああ、今私にはアニエスが猛烈に必要そうだな? 依存がまた進んでしまいそうだよ……)
本当の血の晩餐舞踏会は、いよいよ開幕したのだった。




