130、王子達の華の成人と血の晩餐舞踏会(着替えと密談)
王宮にはその日、各国の国王、首相や国家元首。王侯貴族や大使たちが続々と集まっていた。
国民はその数々の各国を代表者を乗せた煌びやかなパレードのような馬車の行列を一目見ようとそれこそ沿道に集まっている。
また、本日は記念すべき王太子や王弟の成人の誕生日の祝いとあって、国全体が今日から三日間公式な祝日だ。
通りには臨時の出店が溢れ、成人の記念品やオリジナルグッズや、鼻や目や耳から直接脳に刺激を与えるような食べ物と酒類ジュース類を売る。
大道芸人や歌手が人々に喜びや驚きを提供し……国民はわかり易く、麗しき国自慢の王子達の成人に浮かれていた。
だが誕生日である当の本人たち……セオドリックとフレイは、朝から軽い緊張感とともに支度に入る。
セオドリックは複数人の家来に支度をしてもらいながら、口に食事を運ばせていた。
何故なら、会場では恐らくほとんど物を食べるのはかなわないだろうからだ。
食べた後は、立ちながら召使いが歯磨きしてくれるまでがセットなので、すでにそれ用の歯磨きセットやバケツや水を持った召使いが控えていて、いつもより部屋は何だか人でいっぱいである。
そんな人の熱気がこもる中、ひと口大にカットされたローストビーフとからし菜のサンドイッチを食べながら、セオドリックはノートンと段取りの最終確認をしている。
「……で、これで合っているか?」
「はい、完璧です殿下」
セオドリックは、その段取りを裕に二百回は反芻していたが、それでも最後まで絶対に間違えるわけにはいかないと、ギリギリまで確認作業を怠らなかった。
彼は、公務に関しては世界一といっていいほど生真面目なのである。
だからこそ普段のふざけた様子を見ていても、彼の周りは彼を支持するし、多少、好色でも目を瞑る。
「まあ、こういう形式ばった所は本人たちが間違えたりさえしなければ、特に問題なく済むだろう…………問題はその後の晩餐舞踏会だ。今日はアーチボルトの王族も来るのだろう?」
「はい、一応表向きは同盟を結んでいますので……」
「同盟ね……牽制の方が近いだろうに、国民感情からしてお互いに反目している国同士が?」
同程度の力と規模の隣国というものは、少なからずライバルであったり仮想敵国であったりする。
ローゼナタリアとアーチボルトもその例に漏れず……大昔から小競り合い含め、何度も大きな戦争をしていた。
一番最近の戦争はそれこそ祖父の代なので、だいぶ昔のように思うが、その代わり現在両国は、新大陸の開発という分野において互いに出し抜こうと睨み合っている。
さらにこのアーチボルト。
彼の国が昔から狙っているのが、ローゼナタリアの資源のミスリルと魔導油といったその技術……つまりはロナ家だ。
アーチボルトは昔から、『我らこそ魔法の始祖ロナの正式な後継者の国だ』と言ってきた。
確かに、各国の王族で帝国ロナの血筋を最も色濃く残している王家は実はアーチボルトになる。
それもあってか、ロナ家個人でいえば、今なお交流が切れない。
だが、ロナ家の最も古い基盤は昔からローゼナタリア王国と重なっており、それで言えばロナ家が今もローゼナタリアを拠点にしているのは、何ら不自然でも何でもないのだ。
というか、色々ごたごた言っているが、結局は資源とローゼナタリアの一部が欲しいに過ぎないのは明白なのである。
正当性がどうのいうのは、結局その建前に過ぎない。
「夏のカサンドラでのミスリルの件といい……とても大人しくしているつもりは無いだろうな?」
「少なくとも、ガブリエラ様に取り入ることは考えるでしょうね? あちらは、ロナ家の事情に明るいから普通は他国に知られていない魔女の正体を存じています。…………我々が今現在、正式に世界で『魔女』と認められる三人のうちの一人を戴いているのも、面白くないでしょうから」
「とはいえ、その魔女は元々ローゼナタリアの貴族の出身で、それこそ言いがかりも甚だしいんだがな?」
「焦りを感じる気持ちは分からなくもないですけどね?」
「今現在、この大陸の実質ナンバー・ツーだからなローゼナタリアは」
当然ナンバー・ワンは、我らが変態シスコンお兄様の治めるヴァルハラ大帝国である。
「ヴァルハラ帝国の皇帝の出身国でもありましたね。そう言えば、我が国は……」
「いずれにせよロナを起点にしているな。昔、慣用句かことわざで『富と力はロナが齎す』と言うのを何度か聞いたことがあるが、あながち間違いでもないな? ……そう言えば、帝国からの使者はいったい誰なんだ? 皇帝自ら出向くわけではモチロン無いんだろう?」
皇帝が正式に訪問となれば、それこそ、その準備が大変なことになってしまう。
それをあちらも重々承知しているので、こういった式典の場合、皇帝に次ぐ身分の者が訪問することになるのだが……。
と、言うことは、正妻といっていいポジションのレティシア……は皇帝の後宮の第一筆頭でもあるので、皇帝から離れてやって来るとは思えない。
そうなると、四天王の誰かということになるだろうか?
「少々お待ちを……宰相のシュバリエ・エッティンガー・ピアジオ閣下ですね。……それと、ロゼッタ・プル・トリーシャ・カラス嬢もご一緒の様です」
「え、ロゼッタ!?」
って、あの夏に会った!?
前々皇帝の末姫であり、帝国国軍歌姫であり、ついでにお騒がせスキャンダル姫の!?
「……まあ、地位としては、全然不思議でも何でもありませんが……」
「……そうだな」
とはいえ何故だろう。この胸に迫る奇妙な不安感は……。
「年頃だし、もしかして殿下の花嫁候補として……?」
「いや、他の国ならいざ知らず、帝国がそんなことする必要性は全くないだろう?」
「もちろん冗談です」
ノートンも冗談だからこそ軽く言ったのだ。でなければ恐ろしくて口になど出来ようはずがない。
「だけどアレクサンダーの押しかけ女房をしに来たとかなら、あるいはあるかもな? 行動の先が読めない方だし、それなら私も全力で応援しよう! 是非ともあのケルベロスを陥落してもらいたいもんだ……!!」
アレクサンダーはアニエス界隈の者には、すでに彼女の専用ケルベロスの異名で知れ渡りだしている。
「で、貴族で心配なのは?」
「かつての皇后陛下の取り巻きで、刑をすり抜けた一派が……」
そこで、セオドリックの周りの空気が一瞬硬く色を失った。
「……ああ、そうだな。そういえばいたな?」
声の調子はいつも通りなのに、ノートンには解る。その芯に無理やり圧縮された強い怒りがあることを……。
「殿下、どうか……」
「解っている」
どうか、ギリギリまで……。
「それとフレイ殿下を王位継承に担ぎ上げたい急進派です」
「ま、そこら辺は来るだろうな?」
というか、そこら辺はとっくに予定にすら入っていると言っていい。
かつての母の取り巻きの話より、フレイ派の話題の方がセオドリックの声は幾分か穏やかになった。
そんな風に話している隙にセオドリックの支度はすっかり整い、歯磨きをし、手鏡を召使いが殿下の前に持ってきて掲げるのを見て、顔周り口周りを確認する。
最後に全てのふちに希少な毛皮をあしらった、長い長い緞帳のような責任の重圧をまさに具現としたマントを肩かける。頭にはまだ何もつけていない。
……何故なら、新たな成人の王冠は謁見の間で待っているからだ。
セオドリックの部屋の両扉が大きく開かれ、正式に大人になるためにその部屋から一歩を踏み出す。
これで彼は、名実共にもう子供ではなくなったのだった。




