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前編

人類諸国の中でも有数の大国であるマケドニウス帝国の帝都アッリアドは、大国の名に恥じぬ佇まいの1大都市である。難攻不落と称えられる堅固な城壁によって守られたアッリアドの街並みは、見るものを圧倒する荘厳な雰囲気を纏い、まるで都市そのものが人々を威圧しているかのよう。石畳一つをとっても汚れがついておらず、継ぎ目のわからぬ巧緻な作りをしているなど、アッリアドはまるでこの地上にあってこの地上には存在しない天上の都のようだ。




都市全体を含む厳かな雰囲気からアッリアドを訪れるものはただただ感嘆し、都市の壮麗さに暫く言葉一つ発することができないとアッリアドに住む者は王族から平民までこぞって口にするというが、誇張ではなくそれを事実とするだけの力がアッリアドにはあった。




しかし、何事にも例外はあるものだ。少なくとも奇妙な装束を纏った黄色の肌をした異国人らしい女は、アッリアドの作りに感じ入ってはおらず、はっきりと街並みに対する無関心を双眸に浮かべていた。幻想小説を好む者や歴史に興味のあるものならば関心を示すのかもしれないが、生憎と彼女はそんな趣味とは無縁だ。




むしろ都市全体を包む雰囲気を壊すかのように口に咥えた煙草から紫煙をモクモクと吐きだし、煙草の灰が零れ落ちようものならこれ見よがしに灰を踏みつぶして綺麗な街道を台無しにすることに精を出していた。もう何本か吸い終わっているのか、煙草が幾つか石畳には落ちている。




もうかれこれ30分もアッリアドの城壁の近くで待ち人を待ち受けながら、そんなことをひたすら繰り返していた。我ながら子供っぽいとは思うが、マケドニウス帝国を嫌悪している彼女は小奇麗な石畳にゴミを謹んで進呈するというささやかな意趣返しをせずにはいられなかった。




「あなたが勇者様ですか。お待たせして申し訳ありません。私はフィオレス・アリフストファー、マケドニウス帝国の騎士であり、勇者様の旅に従者として同行するよう命ぜられたものです。」




喫煙している彼女に声がかけられる。声の主は若い女性だったが、口調はハキハキとしておりかつ芯の通ったものもであるため、一声聞いただけで軍事訓練を受けた者だとわかる。チラと顔だけ動かして一瞥した先にいたのは、紛れもない騎士だった。それも若い女性の騎士だった。




騎士といってもおおよその日本人が騎士と聞いて思い浮かべるプレートアーマーを纏った―あるいはビキニアーマーか―騎士ではなかった。女性騎士が纏っている鎧の種類はブリガンダイン。布や皮の裏地に金属片をうちつけることで防御力を発揮する鎧であり、全身を覆うものではない。女性騎士はブリガンダインを上半身に着用し、その下にも鎖帷子を身に着け、更にその下には鎧下の役目を果たす布製の服を着込んでいた。




プレートアーマーは全身を覆い隠す鎧であるため、強固な防御力を発揮するが、反面重量は重く長距離を身に着けたままで歩くのには向いていないとされる。重いといっても重量は2,30キロほどであり、長距離移動もこなせなくはないかもしれないが、長期にわたって野外を行軍するからブリガンダインを着用したのだろう。




下半身は茶色い革製のズボンを履いており、その下には革製と思わしく黒のロングブーツ。ロングブーツといっても現代ほど洗練された作りはしていない時代がかったものだ。ズボンには革製のベルトを巻いており、そこに挟む形で鞘入りの長剣とナイフ、水筒を装備しており、背中には革製のリュックサック。




フムと彼女は値踏みする。小火器から現代個人装具に至るまで知識を持っているといっても流石に中世の装備については専門外なのだが、それでも煌びやかな衣装ではなく実用性を重視した服装をしているところはひとまず正解だ。筋も悪くはない。




目前の女性騎士は銀髪でありながら、凛々しいというイメージとは異なり可愛らしい顔立ちをしており、体つきもほっそりとおり、頼りなさげに見えるが、その実筋肉が程よく発達し引き締まっているのがわかる。多対一でもなければ一対一の戦いでも男性相手にも引けを取ることはそうそうないだろう。




可愛らしい外見であるといっても彼女は訓練された兵士、騎士と名乗るに十分なほど体を鍛え上げている。相手を観察する限り、優秀な騎士であることは間違いないようだ。だがそれだけだ。相手には死線をくぐり抜けた者が放つ独特の雰囲気がなく、優秀であるといっても実戦経験なしのウォーヴァージンだ。








フンとくわえ煙草の女性は鼻を鳴らした。これから死地に共に向かう者に対していうべき言葉ではないと思ったが、彼女の口をついで出たのは暴言だった。暴言といっても大分内容変更の行われた前期教育で下士官や上等兵に散々言われた罵詈雑言に比べれば大したことはない。




「ハ、勇者の共として精強な騎士を同行させるといっていたが、蓋を開けてみれば真っ新な新品ちゃんか・・・。本当に魔王を叩き潰す気はこの国にあるのか、聞いてみたいわね。戦場で役に立つか分からない人殺しなんてしたこともないようなピッカピッカの新兵を送るなんてさ!」




「・・・勇者様、確かに私はあなたの言うように新兵ではありますが、それでもこの任務に自らが抜擢されたのは訓練成績などが評価されたからと愚考します。決してあなた様の足手まといにはなりはしません。」




「どうだか。私は実戦経験持っているけどね、そんな生意気な口をきく新兵なんて大抵実戦じゃ役に立たないものよ。みっともなく悲鳴を上げたり、失禁したり、恐怖心と血気にはやる心から無謀な突撃して死亡したり・・・。あなたはどっちかしらねえ。」




「勇者様がそのような品性下劣な方とは思いもしませんでした。あなたのサポートはつつがなくこなしますが、私はあなたを軽蔑します!」




「それはそっちの都合でしょ、勇者を持ち上げて美化してるのは。勇者だなんて言っても私は無理やりテレポーテションさせられて魔王を倒すための勇者として活動しろなんて言われてるのよ、実質拉致されたもんなんだから悪態の一つや二つ付きたくなるのが人情じゃない。」




「ねえ、あなたはいきなり見知らぬ国に呼び出されて勇者として世界を救ってくれなんて言われて喜んで協力したいと思う?生まれ育った国の為ならともかく、見知らぬ国、しかも拉致した国のために働きたくなんてないわよね。」




「・・・それは・・・そうですが・・・。」




そう返された女性騎士はどう返事をすればいいか窮していた。女性の考えに得心の行く部分があるのかもしれないが、それを認めてしまえば自国の非を認めてしまうために心から賛成できないと思い悩んでいるようだ。それを見て女性は思わずクスっと笑う。




現状に対する不満からついきつい対応に出てしまったが、この反応を見る限り女性騎士は根は真面目で優れた心根の主なのだろう。これが高圧的に勇者としての使命を果たせと強要する者ならともかく、性根の腐っていない彼女につらく当たるのはよそうと女性は思う。それに女性は豊富な実戦経験を有してこそいるものの、ここは未知の世界であり、魔法や魔物が存在する世界だ。これまでの実戦経験が通用しない可能性がある以上、道先案内人に辛く当たるのは控えるべきだ。




ただ困ったときの反応が可愛いからちょっとしたいじめをしてやろうかなとも思う。女性は同性愛者ではないが、過酷な旅路に赴く以上清涼剤として可愛いものをめでるのも悪くはないかなと真剣に思っていた。少なくとも女性が戦闘兵科に配備されるようになったといっても、まだまだ男所帯の面が強い軍隊にいるよりも可愛らしい女性と触れ合える方が相対的にはましだ。



女性騎士さん マケドニウス帝国に仕える騎士。一応常備軍といえる国軍の所属。戦闘技能自体は高いものの、実戦経験未経験の戦争処女。但し、劇中で酷評しているが、戦闘時に高い実力を発揮するかは普段の訓練の積み重ねの為、実際には戦場でも高い働きを見せる可能性はある。


実戦の過酷さについても理解しているが、実戦経験のなさから戦争について華々しいものであると思っている。また騎士は国のためにあるという理想主義的な面を持つ。格好はブリガンダインに鎖帷子、鎧下を兼ねる服にズボンと現実的。


マケドニウス帝国の元ネタはマケドニア。女騎士さんの名前もそことギリシャの作家からとっている。ブリガンダインが元ネタの国の時代には恐らく存在していないと思うが、ここはフィクションなので突っ込まないでほしい。ファンタジー異世界の国家であるため、技術的には中世かそれ未満なのに愛国心や常備軍を持っているという国家。


最も元ネタのマケドニア、アレクサンドロス大王を産んだこの国は常備軍を持っていたし、マケドニアと同じく中世以前のローマ帝国も常備軍を持っていた気がするけど。







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