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リーシェの美点のお話/手の大きさ比べっこをするお話

※Twitterに載せていた短編2本セットです。1章と2章のあいだくらいのお話です

【1・リーシェの美点のお話】






「私の礼は、どんなところが変ですか?」


 夜会の始まる前、ホール横の控え室で待機していたリーシェが尋ねると、椅子にかけていたアルノルトが視線を上げた。


「変とは?」

「初めて殿下とお会いしたときに、おっしゃっていたではありませんか。『足さばきが、普通の令嬢のものではない』と」

「……ああ」


 あのときアルノルトにぶつかり、『皇帝』呼ばわりしたことを誤魔化したリーシェは、極めて丁寧な一礼をしたのだ。

 すると彼は、こう言って笑った。


『――まるで、一流の剣士のような足さばきだな』


 そのときのことを思い出したようで、アルノルトは肘掛けに頬杖をつく。


「妙だと言ったわけではない。ただ、普通の貴族令嬢の動きではなく、騎士や剣士のそれだと指摘しただけだ」

「それですよ。私はまさしく『普通の貴族令嬢』なのですから」


『公爵令嬢』として過ごした日々は、巻き戻り地点の前のことだ。何度も繰り返しているリーシェにとって、もはや遠い過去のことにも感じられる。


(いろんな職業を生きてきたせいで、令嬢らしい振る舞いを忘れてしまっているのかもしれないわ)


 そうだとしたら、それは一大事だ。


「動きに不自然な点があるのであれば、修正しませんと。婚約者であるアルノルト殿下の汚点になってしまいます」


 リーシェ自身は、剣士としての動きが身に染みているのであれば、それは誇らしいことだと思っている。


 それによって、自分自身の評価が下がることはどうでもいい。しかし、今回の人生は皇太子妃なのだ。

 婚約者として、アルノルトに迷惑をかけることは避けなくてはならない。


「汚点になどならない」

「またそんなことを仰って。ただでさえ、弱小国の公爵令嬢を選んだことで、アルノルト殿下にいろいろ苦言を呈す方もいらっしゃるのでしょう?」


 リーシェはアルノルトの前に立つと、淡い水色をしたドレスの裾を摘む。

 そして一度礼をしたあとに、顔を上げてから首をかしげた。


「さあ、遠慮なくご指摘ください。直すべきは足を後ろに引くときの動きですか? それとも重心のずらし方?」

「さあな」

「もう、殿下!」


 ふいっとそっぽを向いたアルノルトに、リーシェは抗議する。


「こういうものは、自分では分からないのですから。指摘なさった責任は取っていただかないと」

「気に掛かってしまったのであれば謝罪する。だが、矯正などする必要はない」

「ですが、令嬢らしからぬ姿勢なのでしょう? 何度も鏡で見てみましたが、やっぱり自分ではよく分からなくて。ご面倒かもしれませんが、殿下にも……」


 そこまで言いかけたリーシェに対し、アルノルトが溜め息をついた。


「……どうにも、俺の言葉が足りないようだな」

「え?」


 黒い手袋を嵌めた手が、リーシェの手首を捕まえる。

 アルノルトはまっすぐにこちらを見上げると、目を逸らさないまま言い切った。



「――綺麗だから、直さずにそのままでいろと言っている」

「…………っ」


 リーシェは思わず息を呑んだ。

 一瞬おかしな勘違いをしそうになったあと、会話の文脈を思い出す。アルノルトが言わんとしている言葉の真意が、雷のように降ってきた。


(…………『姿勢が』!!!)


 はっと腑に落ちて、リーシェはすぐさま背筋を正す。

 アルノルトはリーシェから手を離すと、いつもの調子で平然と言い切った。


「俺の汚点になるなど、つまらないことを考えるな。お前はただ、お前らしく振る舞っていればいいんだ」

「でも」

「そもそもがホールにいる連中は、お前の体さばきが剣士のそれであることなど気づきはしない。俺くらいのものだと思っていい」

「……そ、そうですか……」

「ああ。だから、お前がこれまで生きてきて得たものの美点を、皇太子妃になるからといって無理に曲げるな」


 そんな風に言われてしまっては、リーシェだって素直に頷くしかない。


「では、これからも堂々と、剣士としての立ち振る舞いを続けることにします……」

「ふ」


 アルノルトは、満足したように表情を和らげる。


「それでいい」

(そんなに、やさしい顔をしなくても……!!)


 心のうちは口に出せず、リーシェはそわそわしながら長椅子に腰掛ける。夜会が始まるまでは、もう少しここでふたり、待っている必要がありそうだ。




 **********




【2・手の大きさくらべっこの話】




 リーシェは負けず嫌いではない。世の中にはすごい人がたくさんいて、自分が敵わないことは分かっている。


 けれどもただひとり、かつて絶対的に勝てなかったアルノルトにだけは、時折ちょっとした対抗意識が燃えてしまうこともあるのだ。


 それは、この日もそうだった。

 雑談の折、アルノルトの帯びた剣の話になり、リーシェはそれを貸してもらったのだ。

 鞘からは抜かず、中庭で構えだけ取ってみて、リーシェは率直な感想を述べた。


「アルノルト殿下の剣、私には少し扱いにくいですね……」


 剣を返しつつ眉を下げると、アルノルトは受け取りながらこう返した。


「それはそうだろう。そもそも俺とお前では、筋力や手の大きさが違う」

「む。……筋力は否定しませんが、手は割と大きい方ですよ?」


 別段、手の大小で何かが決まるわけではないのだが、リーシェはなんとなく物申したい気持ちになった。


「学院に通っていた時代は、比べっこをしたどの女の子よりも大きかったんですから」


 そんなことを言いながら、右手を胸の高さに上げ、手のひらをアルノルトの方に向ける。

 そして彼の目を見つめると、しばらくしてアルノルトが眉根を寄せた。


「……それは何を待っている顔なんだ?」

「アルノルト殿下が、おんなじように手を出してくださるのを」

「何故」

「お互いの手の大きさを比べたいので……」


 説明すると、眉間の皺がますます深くなった。


「比べるまでもないと思うが」

「それはそうかもしれないですけど。でも、せっかくなら証明したくありませんか?」


 これはきっと、錬金術師人生で生まれた性質だ。どんなに仮説を立て、理論上はそうなると思っていても、実際やってみないことには断言できない。


「……」


 アルノルトは溜め息をつくも、結局は黒い手袋を嵌めた手を、リーシェと同じようにしてくれた。


「ありがとうございます、殿下」

「分かったから、早くしろ」


 リーシェは早速その手に触れ、手首の位置を最初に合わせる。

 そうしてそっと重ねると、リーシェの右手の指先は、アルノルトの指の第一関節にも届かないではないか。


「…………比べものにもならないですね」

「そんなもの、見れば分かるだろう……」

「でも、まさかここまで違うなんて、重ねてみるまで思いませんでした」


 アルノルトの手が大きいことは、リーシェだって知っているつもりだった。だが、こうしてみて改めて実感する。


(なんというか)


 手のひら同士が重なったお互いの手を、リーシェはしげしげと眺めて言った。


「……男の人の、手ですね」

「……」


 しん、と中庭に静寂が満ちた。


 当たり前のことを口にしてしまったと気が付き、なんだか気恥ずかしくなる。

 わたわたと視線を逸らしたが、重ねた手はそのままだ。


「あ、ええと、今までそう思っていなかった訳ではないのですが。私の手なんてすっぽり隠れてしまいそうというか、その」

「……ふむ」

「!!」


 アルノルトが、指の第一関節を緩く曲げた。

 そうするとリーシェの爪のあたりが、彼の指先に押さえ込まれることになる。

 無防備な右手を、アルノルトの手に弱く包み込まれた形になり、びっくりして思わず彼を見上げた。


「なるほど」


 アルノルトは、少し意地の悪い笑みを浮かべ、挑むような表情でこんなことを言う。


「……女の手だな?」

「……!!」


 その瞬間、一気に頰が熱くなった。


(もしかして……)


 もしかして、互いの手を重ねたこの状態は、ぞんがいに恥ずかしいものなのではないだろうか。


 リーシェが慌てて離したら、アルノルトはやっぱり意地の悪い表情で喉を鳴らすのだ。おもちゃにされていることはよく分かるのだが、始めたのはリーシェの方なので文句も言えない。


「剣が欲しいのなら、お前に合ったものを作らせろ。無理に男と同じ剣を扱う必要はない」

「……はい……」


 本題に戻ったアルノルトが歩き始めたので、リーシェは彼の後を追い、中庭から一歩踏み出した。


 触れていたのは手袋越しなのに、なんだか熱かったような気がする。

 それを不思議に思いつつ、もう一度自分の右手を眺めるのだった。




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― 新着の感想 ―
[良い点] いいなぁ、イチャイチャ
[一言] そういえば「夫妻剣」という概念があるね。 古代中国では「雌雄剣」とも呼ぶ。
[良い点] ここまでの感想として ストーリー:悪役令嬢系ではあるけどぶっちゃけ必要はない言うなれば話始めの構文。昔話のむかーしむかしと同じ。その上で文の構築は長年勉強してきたな?と分かるくらいに起承転…
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