リーシェの欲しいものの話
※リーシェの誕生日である7/30にTwitterにアップした短編です。
アルノルトは時折、リーシェに向かって「いま欲しいものがあるか」と尋ねてくる。
彼いわく、求婚の際に『叶えてやれる限りの希望をすべて叶える』と約束したのだから、その契約を履行するために必要な確認事項らしい。
リーシェはその都度考えて、「畑の新しい肥料を」だとか、「侍女たちの喜びそうなお菓子をください」といった要求をしていた。
しかし、あまりにもしょっちゅう尋ねられると、おねだりしたいことの案も尽きてくる。
なので、その日はこんな風に答えたのだった。
「私が欲しいものは、だらだらごろごろ怠惰に過ごす日々です!」
「……」
胸を張ってそう言うと、アルノルトが物言いたげな目でじとりと見てくる。
離宮の中庭、白い円卓を挟んで彼と向かい合うリーシェはその顔をしげしげと眺めた。端正な顔立ちの男が目を伏せるのは絵になるが、一体その表情はなんだろう。
不思議に思っていると、アルノルトが言う。
「――お前の望む怠惰な暮らしというのは、具体的にどのようなものか挙げてみろ」
「え? それはもちろん……」
すらすら返事をしようとして、リーシェは数秒ほど固まった。
夢の暮らしを語るのは容易いことだ。そのはずなのに、どうして言葉が出てこないのだろう。
「…………」
「どうした。本当は望んでいないのか?」
「ま、まさか!」
ただ、ちょっと想像がつかないだけなのだ。『何も切羽詰まった仕事をせず、のんびりと、頭が溶けてしまうほどの怠惰な暮らし』というものが。
「たとえば。……たとえばですけど、正午近くまでぐっすり寝たり」
「正午過ぎるのではなく、午前中まででいいのか?」
「仕事は最低限にして、あとはゆっくりお茶をしたり」
「最低限でも仕事はするんだな」
「……あ! 一日に二回もお茶会を開いて、たくさんお菓子を食べたり!」
「その場合、怠惰と言うよりは忙しそうだが」
「……!!」
ことごとく論破されて、リーシェは呆然とする。
もっと他にもあるはずだ。ぐだぐだのんびりだらだら暮らす、そんな日常の具体例が。
(何かないのかしら。アルノルト殿下をあっと驚かせるような、びっくりするような怠惰な生活の例……!)
「……」
ぐるぐる悩んで考え込んでいると、アルノルトの視線を感じて顔を上げる。
「な、なんですか殿下」
するとアルノルトは、円卓に頬杖をついたまま、ふっと笑った。
「――お前、怠惰な暮らしを送るのは恐らく向いていないぞ」
「絶対そんなことありません……!」
反論してみるのだが、アルノルトには聞き入れてもらえない。
結局、それ以外に欲しいものを考えろと言われてしまい、リーシェは色々と思い悩む羽目になるのだった。