5 幸せになるために(◆アニメ1話ここまで)
「ぼ、僕を笑うな! お前ら全員不敬だぞ!!」
「ディートリヒさま、大丈夫ですか!? リーシェさま、ひどいです……!」
「ちょうどよかったです、マリーさま。あなたとも、いつかはお話をしたいと思っていました」
マリーに向き直ると、細い肩がびくっと跳ねる。そんな顔をしなくても、取って食うようなつもりはない。
「あなたは可愛らしいだけでなく、とても強いお方です。わたくしはあなたのことを、心から尊敬しておりました」
「ど……どういう、ことですか?」
「あなたは心労の多い環境で育ちながら、温かな笑顔を絶やさない素敵な方。他人に対して壁を作らず、周りの人が心地よくいられるよう、常に配慮をなさっている。――いまも、こうして殿下を後ろに守り、私の前に立ちはだかっていらっしゃいます」
マリーの瞳が戸惑いに揺れる。
リーシェは、彼女の罪悪感が少しでも減るよう言葉を選んだ。
「ご家族のためなのでしょう? ――私を排除してでも、ディートリヒ殿下と結婚をする必要があったのは」
「あ……」
その事実を耳にしたのは、何度目の人生だっただろうか。
貧しい家庭に生まれ育ったマリーには、護るべき大切な弟たちがいた。
彼らにおなかいっぱいご飯を食べさせるため、死に物狂いで勉強して学院に入ったマリーには、どうしてもそこで結婚相手を見つける必要があったというのだ。
「ですが、覚えていてください。あなたの人生を左右するべきは、他人でなくあなた自身なのです。こんな風に、幼い頃からの婚約者を切り捨てるような男が、あなたを生涯守り続けると信じられますか?」
マリーはハッとした顔になり、ディートリヒを振り返った。
少女の後ろに守られている男は、相変わらず地面に座り込んだままだ。
「未来を掴み取るのであれば、他の誰でもなく、あなた自身が望むものでなくては意味がありません」
「私の、望み?」
「ええ。どうか、ご家族もあなた自身も笑っていられる、そんな人生を歩んでください」
リーシェはそう告げて、一礼する。
マリーは少しのあいだ、聞いたことのない言葉を聞かされたかのような顔をして、呆然とリーシェを見つめていた。
(これからどうするかは、あなたが決めることだわ)
実はいまから一年後、ディートリヒは王太子の地位を失い、失脚する。
調子に乗りやすい性格に目を付けられ、臣下たちに唆されて、王への無謀なクーデターを企むのだ。
そして、計画の初期段階であっさり露見してしまい、国中の笑い話にされるというお粗末な結末を迎える。
リーシェがマリーの境遇を知ったのも、そんな噂話と一緒に耳にしたからだ。
「リーシェさま、私……」
自分の運命を知らないマリーでも、リーシェの言葉を聞いて思うところがあったらしい。
「ずっと、『お姉ちゃんなんだから、弟たちのために我慢しなさい』って言われてきました。辛くても苦しくても、あの子たちのために我慢しなきゃって。だから、誰かにそんなお言葉をいただいたのは、はじめてで……」
「弟さんたちを幸せにすることと、あなたが幸せになることは、同時に実現できるはずです」
「……っ」
マリーの喉が震え、いまにも泣き出しそうな囁きが漏れた。潤んだその瞳は、宝石のように美しい。
可愛い人ね、とリーシェは思う。彼女に幸せになってほしいのは、嘘ではない。
だけど、こちらも自分自身の人生のために、そろそろ歩き始めなくては。
「――さて!」
急ににっこり笑ったリーシェに、ディートリヒが身構えた。
「それでは、邪魔者は消えますので」
自分の部屋に未練はあるものの、両親が絶対に家に入れてくれないことは分かっている。これからどうしようかと思いながら、リーシェは彼らに背中を向けた。
「ま……待ってください、リーシェさま……!」
「そ、そうだ、待てリーシェ! 許さないぞ。僕に未練があるくせに、その態度!」
「あーもう、面倒ね! 私に話すことはもうありません、以上! おしまい!」
「おい騎士ども、リーシェを捕らえろ!」
足早に歩き去ろうとしたリーシェを、騎士たちが渋々追いかけてくる。仕事とはいえ、彼らも大変だ。
同情しつつも角を曲がろうとしたリーシェだが、次の瞬間に嫌な気配を察知した。
「お付き合いいただき、申し訳ありませんリーシェさま。あと少しだけお時間を……うわっ!?」
駆け寄ってきた騎士に手を伸ばすと、リーシェは彼の提げた剣を掴む。鞘から引き抜いて、振り返りざまに頭上へと構えた。
その瞬間、きぃんっと金属音が響く。
何者かによって振り下ろされた剣の一撃を、リーシェの剣が受け止めた。
(アルノルト・ハイン……!)
「へえ」
交えた剣の向こうで笑ったのは、かつてリーシェを殺した男だ。
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