表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

49/317

45 動揺するに決まっています(◆アニメ7話ここまで)

 アルノルトに、横抱きで抱え上げられた。

 その状況を飲み込んだ瞬間、リーシェは全力の叫び声を上げる。


「ひっ……ひぎゃあああーーーーーーっ!?」


 思わず足をばたつかせると、アルノルトは平然とした顔でリーシェを見下ろしてきた。


「暴れるな。落ちるぞ」

「はっ、あの、いえっ、だって、これは一体!?」

「立てそうにないんだろう?」


 アルノルトはそう言ってすたすたと歩き始める。この、いわゆる『お姫さま抱っこ』の状態で。


(まさか……!!)


 そのまま部屋まで連れて行かれるのだと悟り、リーシェは蒼白になった。


「お……降ります降ります降ろしてくださいーーーっ!! ちょっと休めば大丈夫ですので、お気になさらず!!」

「もう一度言うが、あまり暴れるな」

(暴れても全くビクともしないくらい、がっちり抱えられてますが!?)


 口に出せないでいると、アルノルトは少し呆れたような表情を作る。


「あのな。婚約者を地面に放置して、仕事へ戻れるはずがないだろう」

(確かに、常識的にはそうかもしれないですけど!!)


 多少のことでは動じないリーシェだが、いまの状況はさすがに無理だ。なにせ、あのアルノルト・ハインに横抱きにされている。


 手足が疲労で動かないのは相変わらずで、リーシェ自身に何とか出来そうもない。

 近衛騎士たちに視線で助けを求めたが、目が合った瞬間にぶんぶんと首を横に振られてしまった。彼らも必死だ。


(だっ、誰かーっ!)


 心の中で叫んだって、救いが訪れるわけもない。

 訓練場の外で擦れ違った騎士も、信じられないものを見たという顔をし、呆然とリーシェたちを見送る始末だった。


 アルノルトは一応、人通りの少ないルートを選んでくれているようだが、離宮に着くまでに誰とも会わないというのは難しいだろう。


「殿下……! こ、この抱え方ですと、殿下の負担が大きいのでは……」

「そう思うなら、なおさら大人しくしていろ」

「う……っ」


 降ろして欲しくて言ったことなのに、却って抵抗しにくくなってしまった。途方に暮れたリーシェは、そこで大変なことに気が付く。


(え!?)


 よく見ると、リーシェの左手が、アルノルトの上着の胸元をぎゅっと握っているではないか。


 抱き上げられた瞬間、反射的に掴んでしまったらしい。そこから無意識に、握り締めたままでいたようだ。


(は、離すべき!? 離すべきよね!? でもそのあと、この手は一体どこにやったらいいの……!?)


 混乱して視界がぐるぐるする。そんなリーシェの内心を知ってか知らずか、アルノルトが声を掛けてきた。


「そういえば」

「はい!?」

「お前は、俺に何を聞きたかったんだ」


 突然そんなことを言われ、思わず彼を見上げる。アルノルトの整った顔を、間近で直視する羽目になってしまい、すぐに後悔するのだが。


「先ほどの手合わせだ。お前が勝ったら質問をさせろと言っていただろう?」

「この状況で聞けると思います!?」

「ふ」

(笑った!!)


 やはりアルノルトは、リーシェが動揺していることに気が付いていたらしい。

 反応を面白がられているのは確かなようだ。しかし、動けない自分を助けてくれているのも間違いないので、表立って抗議もしにくかった。


 リーシェは半ば自棄になり、たくさんの質問を浴びせかけてみようと口を開く。


「……っ、お誕生日はいつですか!」

「誕生日?」


 アルノルトは不思議そうにし、少しの間のあとで答えてくれた。


「――十二の月、二十八日」

「冬生まれですね! 続いてご趣味は!?」

「特に無いな」

「殿下のお好きなもののことを!」

「あまり考えたことがない」

「では、お好みの女性のタイプはどのような?」

「お前が俺にそれを聞いてどうするんだ……」


 質問を受け入れてくれる雰囲気だったくせ、得られた情報がほとんどない。だが、アルノルトは返答をはぐらかしているというよりも、本心からそう答えているようにも見えた。


(本当に聞きたかったことは、こんな往来で聞けないし……じゃなくて、そもそもこの状況!!)


 はっと我に返り、再び居た堪れなくなる。しかし、その後も抵抗を試みるリーシェに対し、アルノルトはとうとう最後まで降ろしてくれなかった。


「リ、リーシェさま……!?」


 離宮の部屋に着くと、出迎えてくれた侍女のエルゼが声を上げる。普段それほど表情に変化のないはずの彼女も、アルノルトに抱えられたリーシェを見て、小さな口をあんぐりと開けていた。


「エルゼ!!」

「リーシェさま……!」


 椅子の上に降ろされて、あわあわと駆け寄ってきたエルゼにしがみつく。疲労困憊のリーシェを見て、アルノルトはこう言い放った。


「もうしばらく休んでいろ。手足の感覚が戻るまで、無茶をするなよ」

(いまフラフラなのは、手合わせが原因じゃないですから!!)


 そう思ったが口にはしない。アルノルトは公務があると言い、そのまま主城に戻っていく。

 アルノルトの姿が見えなくなると、普段リーシェの部屋には立ち入らない騎士たちが、思わずといった様子で駆け寄ってきた。


「大丈夫でしたかリーシェさま!!」

「お助け出来ずに申し訳ありません! 我々には、あらゆる意味でどうしようもなく……!!」

「い、いえ……。おふたりの立場は、理解していますから……」


 彼らは一応、ここに来るまでに擦れ違った人たちに対し、視線や表情でフォローをしてくれていた。それだけでも感謝したい。

 騎士のひとりは、「それにしても」と言葉を続けた。


「お怪我はありませんか? その、先ほどの件ではなく、殿下との訓練のことです」

「ええ、そちらについてはご心配なく」


 アルノルトは宣言の通り、リーシェに傷のひとつも負わせなかった。それもやはり、剣の実力があってこそだ。

 騎士は、安堵したように胸を撫で下ろす。


「それは良かったです。アルノルト殿下がリーシェさまに特殊訓練をされると聞いたときは、我々も心底驚きましたが」

「殿下が実施されたのも、特殊訓練の中では一番安全なものでしたからな」

(……やっぱり今日の手合わせは、複数ある訓練法のうちの一部でしかなかったのね)


 アルノルトにはまだ策があるのだ。それが分かり、リーシェは目を閉じる。


(侍女教育も、私が毎朝指導する必要はなくなっている。畑はまだ安定していないけれど、一日に二度様子を見に行けば大丈夫。アリア商会との商いもいまは会長待ち。他の『準備』に関してはやることも山積みだけど、本格着手したらもっと動きにくくなるから、動くなら今だわ)


 決意を新たにし、リーシェはエルゼを見た。


「さっきはびっくりさせてごめんね、エルゼ。アリア商会からの荷物は届いている?」

「はい、リーシェさま。こちらに運んでいます」


 エルゼは頷き、部屋の隅にあった木箱を示した。


(もう少し休んだら、さっそく動かないと。手合わせのお陰で、ちょっとだけ体の勘も取り戻せたし)


 リーシェはぐっと両手を握り締める。


(……長生き計画のための体作り、いよいよ本格始動だわ!)




 ***




 その日、皇城の第五訓練場には、二十人ほどの訓練生が集められていた。


 青年と少年の境目に立つ、そんな年ごろの若者たちだ。真新しい訓練着に身を包んだ彼らは、緊張の面持ちで騎士の言葉を聞いている。


「――以上が十日間の訓練日程だ。先ほども言ったように、今回の訓練は騎士団入団前の諸君らを対象に行われる。これは貴族教育の一環であり、そして優秀な人材を庶民から選出するための場でもあるので、そのつもりでいるように」


 騎士は言い、その場に並んでいる面々のうち数名を見遣った。


「貴族の子息だろうと貧民街の出自であろうと、ここでは平等に評価される。諸君らの成長を祈っている」

「はい!!」

「……ふむ。そこの君」


 指導役の騎士は、最後列にいる茶髪の少年を見て言った。


「ルーシャスと言ったな。君の返事はなかなかいいぞ。腹から声が出ている、戦場でもよく聞こえる発声だ」

「はっ! ありがとうございます!」


 ――『ルーシャス』という男の名で呼ばれたリーシェは、威勢よく返事をする。


 化粧で顔立ちの印象を変え、少年らしい短髪のカツラを被り、胸元の丸みを隠すために布を巻いた体でびしっと立ちながら。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
一章でやたらと六度目の人生は、六度目の人生は、と繰り返し繰り返し出てきたのは騎士団体験入隊のための布石だったんですね(笑) タリー会長や薬師人生以外で、男装して剣を振るう描写が多かったので、1度目(商…
[一言] 男装して潜入とか何やってんのッ!? …って、前科持ちでしたねオタク。
[良い点] ヤバイ。早く続きが読みたい。最終的にそこに参加しに行くとか。6回目の人生は伊達じゃないね!普通なら無茶だし違和感を感じてしまうところだけど、すごく自然に納得してしまった。 [気になる…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ