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36 貧民街の王さま

ここからはアニメの続きの内容となります!


※これ以前の小説の掲載話にも、アニメで泣く泣くカットされたシーンが複数含まれていますが、ストーリーのメイン部分はアニメで全て描かれています!

 ***




「――こちらです、オリヴァーさま!」


 リーシェの護衛をしていた騎士は、皇太子の従者であるオリヴァーを応接室に誘導した。


「リーシェさまのご様子はどうなっている」

「顔色が悪く、座っているのも辛いというご様子でした。現在は私の相番であるカミルが介抱しています」

「この件を他に知る者は?」

「リーシェさまのお言いつけにより、侍女のエルゼを先に向かわせました。それ以外の者には口外しておりません」

「よくやった。それでいい」


 オリヴァーたちは、以前から主君に命じられている。

 それは、『リーシェに関する予想外の事態が起きた場合、少人数で内密に処理し、皇城内に広まらないよう注意しろ』というものだった。


 その命令は恐らく、口さがない噂話から妃を守るため、というばかりではないだろう。


(確か、テオドール殿下がリーシェさまに接触なさったのだったな。まったく……)


 人目に付かないようリーシェを運び出し、信用できる医者を呼ばなくてはならない。その算段を頭の中で付けながら、オリヴァーは応接室に飛び込んだ。


「リーシェさま。お体の具合は……」


 そしてオリヴァーは絶句する。不思議そうな顔をした騎士も、室内を見て目を見開く。


 応接室は、もぬけの殻だった。


 倒れたはずのリーシェも、残っているはずだった騎士のカミルもいない。そして、先にこの部屋に向かったというエルゼも。


「これは、一体」


 オリヴァーはごくりと喉を鳴らす。


「お、オリヴァーさま!」

「殿下に報告だ。……ご命令が下るまで、くれぐれも、この事態を口外するなよ」




 ***




 第二皇子テオドールは、いつものように城を抜け出すと、夜の皇都を悠然と歩いていた。


 ローブを身に纏い、フードを目深に被って、連れている護衛はひとりだけ。一目見た限りでは、誰もこの少年が皇族であることに気付かないだろう。


 そもそもこの国では、公に国民の前に姿を現すのは皇帝のみだ。皇子としてのテオドールを知る者は、ほとんどいないと言ってもいい。


 それでも顔を隠すのは、出入りする場所に問題があるからだ。


 細い裏路地に足を踏み入れたテオドールは、どんどん奥へと入り込む。

 大柄の護衛が窮屈そうに歩くその道は、大通りを闊歩する普通の国民であれば、昼間さえ避けて通る道だった。


 ランタンの明かりに照らし出される周囲の家々は、どれも粗末なものだ。テオドールはそのうち、一軒だけ明かりのついている建物の扉をノックした。


 中から応える声がしたあと、護衛が進み出て扉を開ける。

 テオドールはひらりと右手を挙げ、建物の中に入った。


「お待ちしておりました、テオドールさま」


 腰の曲がった老齢の男が、深々と頭を下げる。

 テオドールは微笑み、手近にあった椅子に腰掛けて、朗らかに笑った。


「やあドミニク、三日ぶりだね。レーナの子供が生まれたと聞いたよ、喜ばしい報せで何よりだ」

「これもすべて、テオドールさまのご支援のお陰です」

「あはは、そんなにかしこまらないで。僕とこの貧民街のみんなとは、お互いに助け合っているんだから」


 テオドールはそう言って、ふっと目を伏せる。


「――未来の皇太子妃さまを、攫ってくれてありがとうね?」

「テオドールさまのご命令とあらば」


 城内は一見何事もなく、平常に動いていた。しかし、なにも変化がないというわけではない。

 兄の直属である騎士たちは、警備や兄の護衛など、人目につく任務の者たちは普段通りに動いている。

 しかしそれ以外の騎士は姿を消し、非番の者も宿舎にはいないらしい。


「兄上はいま、表面上はなんでもないって顔をしながら、慌ててリーシェを探しているんだよ。はは、良い気味だな」

「して、あの娘はどのように処分しますか? 殺すなり奴隷に落とすなり、いかようにも動きます。どのような汚れ仕事もご命令ください」

「頼もしい上、話が早くて助かるな。……でもまあ、焦らなくていいよ」


 テオドールは足を組み、その上に頬杖をついた。


「それよりも、今回の功労者を労おう。目立たず動くのは大変だったろうに、よくぞリーシェの監禁を成し遂げてくれた」


 そう言って、部屋の隅に立っていたふたりに目を向ける。


「――エルゼ、カミル。お前たちのお陰だ」

「テオドールさまのご命令とあらば」


 小柄な少女と背の高い騎士が、それぞれに頭を下げる。

 そして、まっすぐテオドールを見た。


 侍女エルゼと、ここしばらくリーシェの護衛を担当していたカミルは、テオドールが昔からよく知る人間だ。


 ふたりはこの貧民街で生まれ育ち、食べるにも困る暮らしをしていた。

 昔からお忍びでこの貧民街を訪れ、金銭と引き換えに住人たちを利用してきたテオドールは、彼らに美しい微笑みを向ける。


「それにしてもまさか、こんなに早くチャンスがくるとは思わなかったな。体調を崩して倒れるだなんて、攫うには最高の隙を作ってくれた」

「はい。……リーシェさまの身体検査は完了しております。武器や、脱出に使えるものはお持ちではありません」

「完璧な仕事ぶりだ」


 テオドールは続いて、侍女の顔を覗き込む。


「エルゼは随分と顔色がよくなったね。ちゃんと食べられるようになったみたいで、ほっとしたよ」

「テオドールさまが教会を通じて、お城の侍女に推薦してくださったお陰です」

「気にしないで。僕の息が掛かった人間を、兄上の婚約者殿に近づける格好の機会だったからね。見事リーシェの信頼を勝ち取ってくれて、君には本当に感謝してる」


 続いてテオドールは、騎士のカミルを見上げた。


「それに、カミルも護衛任務は大変だっただろう? 義姉上は随分と、活発なお方なようだから」

「滅相もありません。それに、リーシェさまの護衛任務に当たることが出来たお陰で、こうしてテオドールさまからのご命令を果たすことが出来ました」

「あはは。せっかく騎士団に入った君が、兄上の近衛騎士に選ばれたときは不満だったけどね。僕の騎士にしてくれってお願いしても、あっさり断られたしさ」


 あれは、二年ほど前のことだったろうか。

 テオドールの要望は撥ね除けられ、『第二皇子は兄の騎士を欲しがって癇癪を起こした』などと言われているようだが、実際はテオドールの方が先にこの騎士のことを知っていたのである。


「……でも、君が兄上の騎士になってくれたお陰で、兄上を苦しめることが出来るんだ。本当にありがとう」


 テオドールは金貨の詰まった革袋を取り出すと、それをふたりに手渡した。

 エルゼとカミルは恭しく頭を下げると、報酬を受け取る。


「君たちの働きに感謝するよ。これからも、よろしくね」


 テオドールはそう声を掛け、その場を後にしたのだった。




 ***




「あ! テオだ!」


 帰り道、ほとんど布きれ同然の服を纏った少年が、テオドールの傍に駆け寄ってきた。


「やあヴィム。留守番の任務は順調かな?」

「もちろん! 母さんが仕事から帰ってくるまで、俺がアンナを守るんだ!」

「さすがはお兄ちゃんだ。偉いなあ」


 テオドールは身を屈めると、少年の頭をわしわしと撫で回す。

 少年は薄汚れており、普通の人間であれば触れるのも躊躇するような姿だったが、テオドールは気にしない。


「だけどもう遅いから、任務の続きはお布団でやるんだよ」

「えー。でも、母さんにおかえりって言ってあげないと……」

「妹と寝てやるのも、お兄ちゃんの大事な仕事だろ」

「……」


 少年はじっと考えるような顔をしたあと、素直に聞き分けて頷いた。


「わかった、任務はお布団で続行する。テオも、おやすみ!」

「おやすみ。良い夢を」


 少年の後ろ姿が消えるまで、テオドールはその背中を見送ってやった。粗末な建物の中に入っていくのを見届けて、立ち上がる。


「妹と寝てやるのもお兄ちゃんの仕事、か。……僕の兄上は、そんなことしてくれたことはないけどね」

「テオドールさま」


 大柄な護衛に名前を呼ばれ、テオドールは肩を竦める。


 初めてこの貧民街に来たのは、テオドールが幼い頃だ。いまは亡き母と手を繋ぎ、施しのためにと、ここへ足を踏み入れた。


 豊かな皇都の片隅で、誰もに疎まれながら存在する、掃き溜めのような街へ。


「兄上にとっては、この町の住人も僕も同じようなものだ。そこにいる以上、何かしらの手を打つ姿勢は見せなくちゃいけないけれど、本当は心底どうでもいいもの。そんな存在なんだよ」


 テオドールは俯き、ぽつりと呟く。


「だけど反撃だ。……これで少しは、あんたが俺に向ける、俺の大好きな表情が見られるかなあ?」




 ***




 薄暗い部屋の中で、リーシェは必死に意識を保とうとしていた。

 ここはどうやら、皇都の外れにある建物の中らしい。物置同然の一室に閉じ込められたリーシェは、『そのとき』をずっと待っていた。


 扉には、外側から鍵が掛けられている。窓はあるが、ここは建物の三階にあるらしく、地上までの距離は遠い。


 扉の外や窓の下には、武器を持った見張りが立てられているようだ。見張りの身なりは貧しく、野盗のようでもある。


 リーシェは部屋の隅へ蹲り、ぐらぐらする視界や体の怠さ、頭痛などと戦っていた。

 そこにようやく、待ちわびた瞬間が訪れる。


「やあ、義姉上。侍女や護衛に裏切られた気分はどうかな?」

「……テオドール殿下」


 待ち人の登場に、リーシェは短く息を吐いた。

 機嫌が良さそうに笑うテオドールは、扉の前に立ってリーシェを見下ろす。


「可愛がって育てた侍女に攫われるなんて、可哀想だなあ。エルゼに聞いているよ、新人侍女たちの仕事がどんどん早くなっていってるって」

「……」

「君の考えたその体制が整えば、うちの城の使用人不足問題は解消されるって、文官たちのあいだではもっぱらの噂だ。兄上が頭を悩ませていた問題に貢献できるなんて、優秀なお嫁さんで羨ましいよ」


 そう言ったあと、少年の美しい顔から笑顔が消えた。


「――君は、兄上に必要とされる側の人間だってことだ」

「……」


 リーシェは朦朧とする思考の中、口を開く。


「何故、このようなことを」

「もちろん、兄上のご機嫌を損ねるためだよ」

「それだけのために、エルゼたちを差し向けたのですか?」

「そうさ」


 テオドールは、ゆったりとした口ぶりで言った。


「兄上にとって価値があるのは、何か優れた点を持っている人間だけなんだ。腕の立つ騎士。優秀な従者。城の中を改革する花嫁。……僕のような役立たずの弟は、兄上にとって不要なものなんだよ」


 その言葉に、リーシェは気が付く。

 これまでずっと、テオドールはアルノルトを嫌っているのだと考えてきた。だが、そうではなかったのだ。


「だったらせめて嫌われなきゃ。そうでもしないと、兄上は僕を見てもくれないだろう……?」

「殿下」

「ふ、ふふ」


 テオドールは俯いて、心底おかしそうに笑った。


「すごいんだ。君に接触したときは、兄上は僕をちゃんと見てくれた。忌々しいものを見るような冷たい目でも、無視されるよりはずっと良い……!」


 テオドールの体が震えている。恐怖心などではなく、恍惚とした歓喜の感情に。


「兄上を怒らせているあいだは、兄上の感情が僕に向いているんだ! そう思うと心底ほっとする。あの兄上が、僕のことを考えているんだってね!」


 テオドールは、床に座り込んだリーシェの前に立つと、意地悪くこちらを覗き込んできた。

 だからリーシェは微笑み返す。視界のぐらつきも、吐き気を伴うような頭の痛さも押さえ込み、堂々と笑う。


「あなたは、嘘をついていらっしゃいますね」

「……はあ?」


 リーシェの言葉に、テオドールが顔を歪めた。

 だが、彼はすぐに気を取り直し、表情を元に戻す。


「捕まったのが悔しくて、負け惜しみかな。そういうのは可愛くないよ」

「では、哀れに捕まった私への手向けに、ひとつだけ教えていただけますか? あなたたちご家族は、どうしてそれほどまでに不仲なのでしょう」

「そんなもの、君には関係のないことだ」

「ご兄弟の喧嘩に巻き込まれ、こうして囚われの身になっているのです。まるで無関係とはいえないはずですが」

「……」


 テオドールはむっとした顔のあと、悪戯を思いついた子供のような表情を浮かべた。


「それも確かだし、教えてあげるよ。以前、兄上が母親を殺したと言っただろう?」

「ええ。確かにお伺いしました」

「その話には前提がある。兄上が昔、母上に殺されかけたという前提だ」


 リーシェは、アルノルトの首筋にある傷のことを思い出した。

 十年以上は経っているであろう、無数の古傷だ。彼の唯一の弱点であり、普段は服などで隠しているものだ。


「母上はずっと、父上と兄上のことを憎んでいたんだよ。そして兄上も同じくらい母上を憎んでいた。それこそ、いつか殺してやろうと考えるほどに」

「……」

「あの人はいつか、父上も殺す気なのかもしれないね。……そんなことを目論んだら、いくら皇太子といえど重罪人、死罪は免れないだろうけど」


 三年後の未来を知らないテオドールは、冗談めかして口にした。


「僕たち皇族がばらばらなのは、まず第一に、父上が子供を政治の駒としか考えていない所為。そして第二に、兄上が兄弟同士の交流を一切断絶させている所為だ。妹たちも兄上の命令で、ばらばらの場所に住まわされているくらいだから」

「アルノルト殿下が、母君を殺してしまうほど憎んでしまった理由は?」

「さあね。でも普通、自分を殺そうとしてきた相手のことは、憎く思うものじゃないか」


 そうなのだろうか。

 少なくとも、リーシェが今世で見てきたアルノルトは、そういったことで誰かを憎むような人間でないように見えた。


(だけど……)


 考えようとすると、思考がぐにゃぐにゃと歪む。


「僕の話は以上で終わりだよ。分かった?」

「はい。よく、分かりました」


 リーシェは気力を振り絞り、テオドールに微笑んだ。


「テオドール殿下が、アルノルト殿下と仲良くしたいと思っていらっしゃるということが」

「……な……」

「ご家族が不仲な理由をお尋ねしても、アルノルト殿下のことを悪し様に仰らなかったでしょう。これまで、私に殿下から離れるよう警告なさっていたときとは、大きな違いです」

「……何を血迷ったことを」


 テオドールは立ち上がると、リーシェに背を向ける。


「僕は兄上と遊んでくるから、君はせいぜい大人しくしているといい。見張りがいるから、逃げようとしても無駄だよ? それじゃあ」


 扉が閉まり、施錠の音が聞こえてきた。

 テオドールの足音が遠ざかると、廊下には四、五人ほどの気配が残される。


「……」


 リーシェは深く息を吐き出すと、部屋の隅に積まれた箱のうち、先ほど見つけておいたものを開けた。


 中には、冬物のカーテンがたくさん仕舞われている。

 それらを引っ張りだし、部屋の隅にしくと、そこへゆっくり身を横たえた。


 少々堅いが、騎士時代の野宿に比べればなんということはない。

 それよりも、こんな喜びが胸をいっぱいに満たしている。


(……やっと眠れる……!)


 テオドールがここに来るまでのあいだ、万が一にも熟睡して起きられなかったらまずいので、必死に意識を保ってきたのだ。


 ひどい眠気による頭痛も吐き気も辛かったが、何より本当に眠かった。これで仮眠が取れるという安心感に、ほっと息を吐き出す。





 そして目を閉じた、数十分後。


「――……」


 リーシェはぱちっと目を覚ました。


 ほんの短い仮眠だが、思考は随分とすっきりしている。

 体が回復しきったとは言い難いものの、倒れる直前に比べればずっとマシだ。


(ええと、この辺りに……あったわ)


 隠し持っていた薬を出し、苦いのを我慢して飲み込む。その場しのぎではあるが、効いてくればもっと楽に動けるだろう。


 リーシェは次に、着ていたドレスの裾をするっとたくし上げると、太ももにリボンで括り付けていた短剣を外した。


(エルゼが用意してくれた短剣、随分と良い物だわ。貧民街に武器を流通させているのは、きっとテオドール殿下なのね)


 そんなことを考えながら、もうひとつ隠し持っていたものを取り出す。


 金色をした二本のピンは、本来であれば髪飾りだったものだ。


 しかしリーシェはこれを使い、閉ざされた鍵を開けることが出来る。

 それもこれも、侍女だった人生で、引きこもる主人を夜会や勉強に連れ出す義務があったお陰だ。


「――さてと」


 テオドールから引き出せそうな情報は、これで得ることが出来た。

 短剣と開錠道具を手に、リーシェは立ち上がる。

Twitterで次回更新日や、作品の短編小説、小ネタをツイートしています。

https://twitter.com/ameame_honey


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― 新着の感想 ―
身体検査をして武器になるような物は持っていないって断言したのに、 しれっと太ももに短剣があったと言うことは彼らが節穴なのかw
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