300 決着の付け方
ザハドが一気に間合いを詰めて、そのままヨエルの懐に入る。後退は前進よりもバランスが取りにくい、その一瞬の隙を突かれて、ヨエルの呼吸が乱れた。
(――あのときも、私を庇った所為で)
騎士の人生における最期の交戦で、ヨエルが亡くなった瞬間が過ぎる。
(誰かを守りながら戦うことは、ヨエル先輩にとっての致命的な『唯一の』弱点。それを克服するためとはいえ、アルノルト殿下とザハドを相手取るなんて、やっぱり……)
だが、リーシェは目をみはる。
その極限の状況から、ヨエルが更に身を沈めたのだ。
「……まだ……!」
「ほう!」
地面に手をついたヨエルの頭上を、ザハドの剣が掠める。ヨエルはそのまま、沈み込んだ分の反動を利用するかのように、驚異的なしなやかさで体勢を直した。
(先輩が、狙うのは)
ヨエルが狩りで地を蹴る獣のように、低い位置から間合いへと飛び込む。
その先に立ちはだかるのは、アルノルトだ。
「遊んでよ、『アルノルト殿下』……!」
アルノルトが僅かに双眸をすがめた。ヨエルの剣が真っ直ぐに、アルノルトの左胸を突こうとする。
「――――……」
かん! と短い音がした。
アルノルトが木剣を振り上げて、ヨエルの剣先を逸らしたのだ。ヨエルを捉えるのは容易ではない、しかしアルノルトは的確に一撃を加えることで、その突撃の軌道を逸らした。
その上で涼しい顔をして、騎士たちに告げる。
「ザハドを留めろ。――動きも学べ」
「はっ!」
騎士たちがザハドを包囲するが、その動きを砂漠の兵たちが阻んだ。けれどもザハドを筆頭に、その場の剣士たちの注目は、ふたりの手合わせに注がれる。
(アルノルト殿下と、ヨエル先輩の一騎打ち!)
アルノルトが半歩だけ身を退いて、ヨエルの一撃を淡々と躱した。
ヨエルもすぐさま対応する。凄まじい体幹と瞬発力により、くるんと演舞のように身体を回した。かと思えば軽やかに動きを変えて、今度は頭上から振り下ろす。
再び木剣がぶつかりあった。
「……これも防ぐ、なら……」
「…………」
ひゅっと風を切る音と共に、ヨエルが後ろに飛び退いた。そのまままた踏み込んで、アルノルトに斬り掛かり、弾かれることを繰り返す。
木剣同士が互いを弾き合うさまは、土砂降りの雨垂れを思わせた。アルノルトとの手合わせが始まって、ヨエルの剣技は一層研ぎ澄まされているようだ。
アルノルトから、決して視線を外さない。
「あの少年騎士、ヨエル殿と言ったか?」
「アルノルト殿下と、ああして何度も剣を交えるお力があるとは……!」
騎士たちが感嘆の声を上げる中、リーシェの脳裏に騎士人生の戦いが重なる。
(凄まじい攻防。アルノルト殿下も本気では無いとはいえ、決してヨエル先輩を軽んじていらっしゃらない。けれど)
アルノルトと切り結んでいたヨエルが、体勢を立て直そうとしたときだ。
鮮やかな軍服の装飾が、太陽のように美しく翻る。ヨエルがはっと息を呑んで、アルノルトから視線を外した。
「ヨエルさま!!」
「!」
表情を変えないアルノルトが、ヨエルの剣を弾き飛ばす。
「あ…………」
(集中が切れたんだわ! 私を守ろうとすると、意識が全てこちらに剥がれる。ヨエル先輩はやっぱりまだ、守りながらの戦いが……)
ザハドの位置は、リーシェの数メートル前まで近付いている。ガルクハインの騎士が迫るも、ザハドは豪胆な太刀筋でそれを払い、楽しそうに笑った。
「失礼する、リーシェ殿!」
「!!」
反射的に日傘を構えそうになる。けれど、ここでリーシェが抵抗することは出来ない。
(獲られ…………っ)
ザハドに手首を掴まれると覚悟した、そのときだ。
「…………!!」
風を切る、短い音がした。
それと同時、誰かに腰を強く抱き寄せられる。顔を上げれば、右腕の中にリーシェを抱き留めたアルノルトが、左手に木剣を構えていた。
「…………ははっ」
アルノルトの剣尖は、ザハドの眼前に突き付けられている。
「まさか、あの距離を一気に詰めてくるとはな」
リーシェが落としてしまった日傘が、風に煽られて転がった。
アルノルトは、そこでぐっと一層強くリーシェを引き寄せて、ザハドを見据える。
「――――……」
「見事だ。アルノルト」
その敗北を受けたザハドが、心から楽しそうに目を眇める。
リーシェという『戦果』は、文字通り、アルノルトの手中に入ったのだ。
(まったく、動きが読めなかった……)
目の前で起きたことを呑み込んで、リーシェは短く息を吐いた。
(アルノルト殿下は、本気を出された訳ではないわ。それでもたった一瞬、攻勢に転じられただけで……)
ザハドよりも先んじて、リーシェに触れたのだ。
「アルノルト殿下……」
「…………」
傷の痛みは、大丈夫だっただろうか。
そんな想いを込めて名前を呼べば、木剣を放ったアルノルトが、想像もしていない行動に出る。
「え……」
リーシェの首元に揺れるエメラルドの首飾りを、指で掬った。
そうして手繰り、中央にあるエメラルドの飾りを、アルノルト自身の口元へと寄せる。
「!?」
そうして、小さくキスを落としたのだ。
「…………ちゃんと触れたぞ」
「あ、あの、アルノルト殿下……っ」
アルノルトの腕の中に隠されている所為で、他の誰にも見られていない。
リーシェの瞳にだけ映る光景の中、リーシェの首飾りにくちびるを淡く触れさせたまま、アルノルトが上目遣いで宣言してくる。
「――――俺の勝ちだな?」
「〜〜〜〜〜〜……っ!?」
ようやく事態を飲み込んで、耳まで熱くなるのを感じた。
アルノルトは、そのままリーシェのうなじへと両手を回すと、ザハドの着けた首飾りの留め具に触れる。何をしようとしているのか察して、慌ててアルノルトを間近に見上げた。
「首飾りへのキスも、外していただく必要も無いのですが!?」
「そうか」
「ひわ……っ」
アルノルトの指が、首筋に触れるのがくすぐったい。
リーシェが身を竦めている間に、アルノルトは細い鎖を外してしまった。そうして、今度は手の中に握らせてくる。
(勝利条件の説明が、伝わりにくかったのかしら……!!)
「……それで?」
アルノルトが、当然のように尋ねてきた。
「今度は、何を企んでいた」
「!」




