298 戦いを辿る
本日2月7日は、ルプなな連載スタート記念日です!
6周年、本当にありがとうございます。物語の最終回まで、引き続き全力で書いて参ります!
それでいてアルノルトは、『訓練』という名目のもと、場の全体を俯瞰することも忘れていない。
ザハドが楽しそうに攻撃を命じれば、アルノルトは静かに半歩退いた。その動きを完璧に読んでいたかのように、入れ違いに前に出た騎士たちが、そのまま敵に斬り掛かる。
(殿下に無理をしていただきたくない。だけど)
木剣同士が激しくぶつかり、再び高い音が鳴る。
火花が散ったかと錯覚させるような、あまりにも凄まじい攻防に、見ているリーシェまで高揚感に震えた。
(……どうしても、目が奪われる)
ひとつひとつの打ち合いに、熟練者同士の駆け引きが滲む。ガルクハインの騎士たちも、ハリル・ラシャの兵たちも、双方が最強級の剣士なのだ。
(ザハドが選び抜いた精鋭と、アルノルト殿下が鍛え上げた達人。それぞれが、こうして剣を交えている光景に……!)
剣術を学んだ経験のある者で、あの場に加わりたい願いを抱かずにいられる人間が、果たして存在するのだろうか。
「…………」
(ヨエル先輩)
そんな打ち合いを見詰めながら、ヨエルが静かに気を研ぎ澄ませていた。
強い集中が伝わるものだ。それを目にし、リーシェも自分自身に言い聞かせる。
(……思考をちゃんと、フロレンツィア陛下に戻すの)
日傘の柄を両手で握り込み、再び椅子に腰を下ろして、凛と背筋を正す。
戦況からは意識を逸らさないまま、正妃から突き付けられた謎掛けに挑むべく、彼女の事情についてを振り返った。
(この国に嫁いで来られる前の皇后陛下は、言わば『軍国の姫君』だったわ)
ザハドが身に付けた宝飾が、太陽に反射してきらきらと瞬く。
(皇后陛下の祖国ゼルディア。数十年前までは、世界最強の武力を誇るとも言われた国)
号令が辺りに響き渡る。それを受けたハリル・ラシャの兵たちは、すぐさま三方向に散った。
リーシェの元に駆ける者と、途中に留まって彼らの背を守る者。一方でガルクハインの騎士に斬り掛かり、武力での足止めを計る者たちだ。
(同じ大陸の大国レンファと同盟を結び、ゼルディアは世界の覇権を握っていた。だけど、十五年前……)
ガルクハインの騎士が、数名ほど斬り負けて膝をつく。
ハリル・ラシャ側が勢い付いた、その直後だ。
(――ゼルディア国の軍事力に、翳りが見え始めていた)
「!!」
ガルクハインの騎士たちが、ハリル・ラシャの兵への反撃に移る。
森から新たに現れた十名ほどの騎士が、ハリル・ラシャの兵の不意をつき、斬り掛かったのだ。
「な……っ!?」
「ガルクハイン、森の中にまだあれほどの戦力を!!」
ハリル・ラシャの兵たちに動揺が見えた。ザハドが笑い、それを煽る。
「面白い! お前たち、騎士殿を歓迎してやれ!!」
(ゼルディア国の弱体化は、領土が広大になってしまった弊害だわ)
訓練場内に広く散らばったハリル・ラシャと、戦力を一箇所に集めつつあるガルクハイン。その光景を見据えながら、リーシェは情報を整理してゆく。
(国の中枢から物理的な距離が開くほど、統治というものは難しくなるもの――王と同じ志を持ち、近しい統治力を持つ協力者を配置しなければ、政治はそこから腐敗していく)
ハリル・ラシャの兵が、ガルクハインの騎士たちに襲い掛かった。
砂漠の砂嵐を思わせる攻撃の大ぶりさは、間違いなく意図的なものだ。
(ゼルディアの同盟相手だった大国レンファも、大きな困難に見舞われていた時期。レンファ国は、クーデターで皇帝の代替わりが行われた混乱が、治まっていなかった)
方々でせめぎ合いが起こり、誰もが目の前に集中するしかない攻防の只中で、最短距離で進もうとした者がある。
突出しようとしたのは、ザハドだった。
ハリル・ラシャの兵のうち十名ほどが、すでにリーシェに接近している。ザハドはそちらに合流し、勝利を得に来るつもりなのだろう。
(一方のガルクハインは、戦勝が続いていた頃)
順調かに思えたザハドの前進は、意外にもすぐに阻まれる。
ある人物が背後から、真っ直ぐに心臓を突こうとしたからだ。
(お義父さまが皇帝となってから、何年もかけて軍政の改革が行われた。戦力の増強、補給の課題解決、指揮系統のすべてが合理化された後で……)
「はは……っ」
木剣が折れるかと思われるほどの、大きく重い打撃音が響いた。
振り返ったザハドは、自らを襲った木剣を防ぎ、楽しそうに笑う。
「いい一撃だな、アルノルト……!」
「…………」
アルノルトの放つ静かな闘気は、リーシェの背をぞくりと痺れさせた。
(――当時はまさに、お義父さまの『最初の』黄金期)
想像上のアンスヴァルトの姿が、この戦場のアルノルトに重なる。
父子が似ているとは思わない。
しかし在りし日のアンスヴァルトの強さは、果たして今のアルノルトと、どちらが上だったのだろうか。




