295 ご提案します、お二方!
(ヨエル先輩……)
ふわふわと跳ねた赤髪に、舞い落ちてきた葉が一枚絡まっている。
ヨエルの瞼はとろりと落ちていて、やはり眠いのだろう。それでも、普段は茶色に見えるその瞳は、今日ははっきりと金色に輝いていた。
訓練場に整列した騎士や兵たちは、統率が取れた待機の姿勢を崩さないまま、ひそひそと小声で話し合っている。
「あのヨエル殿が、何故リーシェ妃殿下のお傍に――――……というか、足元に?」
「見ろ、俺たちの方を指差しているぞ! きっと剣術の指導者としてお越し下さったのだ。何か、助言をしていただいているに違いない」
そしてリーシェとヨエルの方も、彼らには決して届かない声量で、密かな攻防を繰り広げていた。
「斬りたい。戦いたい……。あの辺の人たちは面白そう、あっちの剣技も……」
「もう少し我慢なさってください、ヨエルさま……! 人を指差しては駄目です、宣戦布告もやめましょう!」
するとヨエルは、リーシェのことを上目遣いに見上げる。
その上で、むうっと不満げな表情を見せた。
「……俺、ずっと良い子にしてたよね」
「も、もちろんです!」
ヨエルは本来、リーシェよりもひとつ歳上だ。しかし今のヨエルは、惜しむことなく『末っ子』らしさを発揮している。
(いま思えば、私がヨエル先輩の『後輩』だった人生では、あれでも年下扱いをされていたのだわ……)
シャルガ国騎士団の最年少であるヨエルは、生家でも三人兄弟の末子だった。
その所為か、ガルクハイン皇太子妃としてのリーシェには、他国の騎士とは思えないほどの素直さで要望を口にしてくるのだ。
「ガルクハイン皇都に着いたのに、ちゃんと、我慢してる……。近衛騎士に勝負を仕掛けてないし、城の床で寝ないよう、頑張ってるし……」
「ご立派です、ヨエルさま。あなたの上官の皆さまも、さぞかし……さぞかし、お喜びになるかと……!!」
心からの賛辞を告げたリーシェに、ヨエルはこうしてねだってくる。
「……本当にこの後、やくそく、守ってくれる?」
「ええ。今日こそは!」
リーシェはにこっと微笑んで、大きく頷いた。
そうして、騎士たちの視線が一点に向いたのに合わせ、白いレースの日傘を傾ける。
「――ザハド陛下、ならびにアルノルト殿下のご来臨!!」
その瞬間、広大な訓練場の空気が、糸が張るように引き締まった。
ガルクハインの騎士とハリル・ラシャの兵が、それぞれに緊張感を持って臨んでいる。ヨエルも立ち上がり、リーシェの後ろへと静かに控えて、彼の言う『良い子』を徹底していた。
ドレスの裾を丁寧にたくし、リーシェも立ち上がる。
一方で、そうして迎えられた当のふたりは、まったく意に介す様子もない。
「まったく、改めて退屈な食事だったな!」
明るく言い放ったザハドは、自らの兵に軽く手で合図をしつつ、傍らのアルノルトに投げ掛ける。
「あの軍務伯殿にも、『さまざまな考え』があると見える。野盗が増えている状況下ならば、武力を惜しみなく投下して叩くのが定石だろうに」
「どうでもいい。あの男がどう動こうと、こちらのやり方で対処するまでだ。――いちいち相手にするな」
「ははっ、つれない奴だ!」
これほどの緊迫の中にあっても、アルノルトとザハドは悠然とした雰囲気を纏っており、少しも身構えていないのが分かる。
(アルノルト殿下が、誰かと対等な言い合いをしているなんて。やっぱり新鮮だわ)
内心でそんなことを考えつつ、リーシェは駆け足に近い速さで歩き、アルノルトの方へと向かった。
「アルノルト殿下!」
「――リーシェ」
呼び掛けに答えてもらったのが嬉しくて、リーシェは笑う。お忍びから戻ったことは伝言してあったものの、無事であることを示すため、さり気なく両手を広げて示す。
そうして次に、ザハドを見上げた。
「ザハド陛下、本日もご機嫌麗しく。見学をご快諾いただき、ありがとうございます」
「うむ、余すことなくご覧になるといい。今日は参加はなさらないのか?」
「まあ。ふふ」
冗談に笑顔で返しつつ、アルノルトたちの邪魔にならないよう、リーシェは日傘を畳もうとする。
けれど、そのときだった。
「!」
アルノルトが、リーシェの手から日傘を取る。
かと思えば、自然な様子で差し向けてくれたのだ。ただ『荷物』を持った訳ではなく、遠回しに、傘を畳まなくてもいいと示してくれているのだ。
「ありがとうございます。殿下」
「……ああ」
気遣いへの喜びを、微笑んで告げる。アルノルトは柔らかな声で返したあと、ザハドを見遣った。
「始めるぞ。宣告していた通り、あまり長く時間は割かない」
「分かっているとも。効率よく互いの戦力を比べ合うのであれば、単純な白兵戦としたいところだが……」
ザハドは、木製の訓練刀で肩を叩きつつ、にっと笑う。
「結局、最後は俺たちの一騎打ちになる。今回も素晴らしい幕引きとなりそうだな?」
「知らん。興味がない」
「ははっ、本当につれない奴だ!」
アルノルトの作ってくれた影の中で、リーシェはそっと口を開く。
「おふたりとも。よろしければ、ご提案したい方法が」
「?」
アルノルトの青色とザハドの赤、ふたりの瞳が向けられた。
リーシェはにこりと微笑んで、木の下でそわそわしているヨエルを示した。
「あちらには、シャルガ国のヨエルさまがいらっしゃいます。ザハド陛下も、すでに面識がおありだそうですね?」
「うむ。シャルガ国とも、共に軍事演習を行なう仲だからな」
そのことはもちろん知っている。騎士の人生においては、リーシェも演練に参加したのだ。
(ハリル・ラシャとシャルガは、アルノルト殿下が戦争を起こした未来において、ガルクハインに立ち向かえる数少ない国。……その二カ国が同盟を組んで、ガルクハインと敵対するのが、これまでの人生の流れだったけれど……)
内心の思考を表に出さないようにしながら、リーシェはにこやかに告げる。
「珍しい趣向として、こうした演練はいかがでしょう? アルノルト殿下の率いる近衛騎士隊と、ザハド陛下の率いる精鋭兵。両勢力には……」
リーシェは、ドレスの裾にある隠しポケットから、ひとつの首飾りを取り出した。
「ヨエルさまが守護する『宝石』を、奪い合っていただくのです」
「――――……」
アルノルトが僅かに目を眇め、反対にザハドが双眸を見開く。




