294 嫌いなもの
ルプななコラボカフェ、予約スタートです!
※先着順となります!
また、グッズやメニューも解禁となりました!詳しくは公式サイトへ!
【カフェ公式ページ】
https://emocafe.jp/collaboration/rupunana/
「申し訳ございません、店主さま。テオドール殿下は、私がフロレンツィア皇后陛下から賜った謎掛けに協力しようと、心を砕いて下さっていて……」
「あなたは昔、フロレンツィア妃に宝石を売るのを断ったんだよね? それであの人の怒りに触れて、ひどく暴力的な『罰』を受けた」
テオドールが、真っ直ぐな瞳で老婦人を見据える。
「あなたが皇城に二度と来なくなって、今も杖をついてる理由だ。……フロレンツィア妃は、一体どんな宝石を欲しがったの?」
「……皇后陛下が、ご所望されたのは」
老婦人は穏やかな微笑みを浮かべたまま、柔らかく目を伏せた。
「私の亡き夫が遺した、形見の石です」
「!」
その返答に、テオドールがあからさまに狼狽えた。
「……っ、そんなの、どう考えたって売れる訳ないじゃないか! 義姉上が用意することも出来ないし、どうしたら……」
「て、テオドール殿下……! ありがとうございます、ですがどうかご心配なく……!」
「何言ってるの、これ以上の情報源なんて他にないだろ! 僕が代わりに聞きにくいこと聞いてあげるから、義姉上は――」
「けれど」
そんな応酬を、老婦人の言葉が遮る。
「――本当に、宝石を欲していらしたのかしら」
「え……」
老婦人は、何処か遠くを見詰めるように、ぽつりと呟いた。
その後に、困ったような微笑みを浮かべる。
「今になって、無性にそんな疑問が湧くのです」
「……店主さま」
「皇后陛下の瞳に、強い怒りの色は、おありだったかどうか」
老婦人が傍らの杖に触れ、そっと撫でる。
「あのとき私を助けてくださった、まだ十一歳だったアルノルト殿下は、どのようにお考えなのでしょうね」
そこでリーシェは、ひとつの想像に思いを馳せる。
(……アルノルト殿下は、私の身が脅かされることだけは、ひとりでの実行をお許しにならない)
俯いて、静かに思考を巡らせた。
(お忍びも、変装して調査をするときも、必ずアルノルト殿下が同行してくださるわ。けれど、皇后陛下へのお目通りに対しては、そうではなかった)
それは、皇帝アンスヴァルトとの謁見とは、大きく違っている点だ。
(アルノルト殿下の中で、フロレンツィア皇后陛下は、私に危害を加える人ではないというご判断だということ)
何かあれば呼ぶようにと言われていたものの、その前提に緊急性は感じない。
「店主さま。失礼でなければ、お教えください」
リーシェは顔を上げて、老婦人に尋ねる。
「皇后陛下がご所望の品が、ご夫君の遺された宝石でなく、このお店で取り扱う石だったとしたら。……店主さまは、その商いに応じられていましたか?」
すると彼女は微笑んで、迷いのない答えを返すのだ。
「同じように、お断りしておりましたよ」
「…………」
その理由を尋ねても、仔細は明かしてもらえないだろう。
かつて商人だった者として、リーシェにはそれがよく分かった。商人と顧客のやりとりに関して、既に踏み込みすぎているのだ。
「ありがとうございます、店主さま。それに、テオドール殿下も」
「……義姉上がいいなら、いいけどさ」
拗ねた顔をした未来の義弟も、リーシェのために協力しようとしてくれている。その事実が嬉しくて、リーシェは微笑んだ。
(皇城に戻らないと。アルノルト殿下とザハド陛下の会食が終わったあとは、『あのお方』が……)
「リーシェさま」
老婦人に呼び掛けられて、首を傾げる。
「もうひとつだけ、お伝えします」
そうして告げられたのは、思わぬ言葉だ。
「――フロレンツィア皇后陛下は、ダイヤモンドがお嫌いだと仰っていました」
「……え……」
正妃の胸元に輝いていた、美しい首飾りの光景が過ぎる。
眩い光を受けたその石は、世界で最も希少な石とされる、紛うことないダイヤモンドだったはずだ。
***
城下から皇城へと戻り、ワンピース様のシンプルなドレスに着替えたリーシェは、黙々と考え込んでいた。
(一体、どういうことかしら)
広大な訓練場には、夏の陽射しが降り注いでいる。
リーシェは木陰に出してもらった椅子に掛け、ドレスと同じ白いレースの日傘を差していた。珊瑚色の髪は、低い位置で馬の尻尾のように結い、周囲には緩やかな編み込みを施している。
涼しくて、いかようにも動ける格好だ。
(ダイヤモンドがお嫌いなら、皇后陛下はどうしてあのような首飾りを?)
目の前に広がる訓練場は、アルノルトが普段使っているものではなく、騎士団全体が使用する広大な敷地だった。
運動場となる平面だけではない。遥か向こうには、森を模して木々を植え込んだ区画もあれば、そこに岩場のような高低差が設けられているのも見える。
そんな訓練場に、合わせて百名ほどの騎士や兵が整列していた。彼らの半数はアルノルトの近衛騎士で、もう半数がザハドの精鋭兵だ。
「あちらにおわせられるのは、リーシェ妃殿下か? なんとお美しい……」
(例えばあれが、アンスヴァルト陛下に贈られたものならば、身に着けざるを得ないのかもしれない。けれど、違和感があるわ)
「昨日の演練で、よく似たお姿を見た気がするのだが。ま、まさかな……」
ハリル・ラシャの面々は、女性であるリーシェの見学が珍しいらしく、何処か驚いた様子で見ている。
「というか、数日後に婚儀を控えていらっしゃる皇太子妃殿下が、武術訓練の見学などなさっていて大丈夫なのか……?」
「それほどまでに、二カ国の関係性を重視していらっしゃるのだ」
「な、なるほど……!」
(フロレンツィア陛下が、あれほど目立つ首飾りをお持ちでありながら、嫌いだと語られる理由。あるいは、お嫌いなはずのダイヤモンドを、あのように掛けていらっしゃる理由……)
とはいえ、ここで驚嘆のまなざしを向けられているのは、リーシェひとりだけではない。
ガルクハインの近衛騎士も含め、何人かはリーシェの隣にある木を気にしていた。
「ふわあ……。ねえ、リーシェさま……」
「なあ。もしや、あの青年」
正しくは、その根元に直接腰を下ろし、とろとろに眠そうな人物を見ているのだ。
「シャルガの若き天才騎士と名高い、ヨエル殿では……!?」
「……俺もあの人たち、斬っていい……?」
騎士人生で『先輩』だった剣士ヨエルは、リーシェのすぐ傍らに、『ヨエルの基準で』お行儀よく待機していた。




