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【7章連載中】ループ7回目の悪役令嬢は、元敵国で自由気ままな花嫁生活を満喫する【アニメ化しました!】  作者: 雨川 透子◆ルプななアニメ化
〜7章2節〜

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285 サファイアとエメラルド


(……会話が、聞こえて、いたのかも)


 北の果てにある国で、雪が止んだ日の晴れた夜に、恐ろしいほどの静寂に包まれたことを思い出す。


 この場の空気は、それほどまでに張り詰めていた。殺気を向けられたザハドが、僅かに目を細める。

 リーシェがこくりと息を呑んだ、その直後だった。


「――――怖がらせているのはお前だ、アルノルト!」

(!!)


 明るい声音が響くことで、冷たさが一気に払拭される。

 ザハドは悠然と笑みを浮かべ、酒の入った杯を傾けながら、平気な顔をしてこう告げた。


「そもそもお前が席を外した所為だぞ? 妃を放っておいた身で何を言う」

「…………」


 アルノルトが眉根を寄せた顔を見て、ザハドはやたらと上機嫌だ。


「はは! 悪事の自覚はあるらしい」

「あ、アルノルト殿下はご多忙なのですから、どうかお気になさらず……!」


 そもそもリーシェはアルノルトと一緒に、ザハドをもてなす立場である。本来ならアルノルトが気に掛けるべきは、リーシェのことではない。

 それでもザハドは、アルノルトを挑発するかのように言った。


「このように稀有な宝石から、目を離すものではない。……危なっかしくて見ていられん」

(…………?)


 冗談めかしたその口調に、リーシェは内心で困惑する。

 どうしてアルノルトにそんな忠告を向けるのか、やはりザハドの意図が分からない。それでもザハドは、楽しむように投げかける。


「なあ? アルノルト」

「黙っていろ」


 アルノルトは機嫌が悪そうに言葉を放つと、長椅子の傍らに立ったまま、リーシェの方へと手を伸ばした。


「……退屈したか?」

「い、いえ……!」


 そのまま頬に指を添えられて、驚きながらも受け入れる。

 リーシェの輪郭をくるむような触れ方は、とても優しい。ザハドに見せた鋭さなど、まるで最初から存在しなかったかのようだ。


「もう遅い。酒宴は終わりだ、部屋に戻るぞ」

「なんだ、つれないことを言う! 奥方が知りたいであろう昔話は、まだまだ山と積もっているんだが」


 少し目を伏せたアルノルトが、当たり前のような顔で言った。


「――もうじき、俺たちの婚儀だからな」

「!」


 事実でしかないはずの言葉に、どうしても心臓が跳ねてしまう。


「花嫁の方が、支度の負担は高くなる。……少しでも長く、寝かせてやりたい」

「……アルノルト殿下……」


 リーシェがおざなりにしてしまうものを、アルノルトはいつも大切にしてくれる。

 その気遣いが嬉しくて、左胸がきゅうっと苦しくなった。アルノルトはリーシェの手を取って、席を立つよう自然に促す。


 それに応えるリーシェを見て、ザハドは長椅子の肘掛けに頬杖をつく。


「つくづくあのアルノルトが、これほどまでに細君を愛でる男だとは」

「繰り言はそれで最後か? お前のことは、後でオリヴァーが賓客室へ送り届ける」

「む。それは大人しく休まねばならんな」


 ザハドは言い、杯を目線の高さに掲げた。

 恐らくは窓向こうに浮かぶ細い月を、酒杯に重ねて眺めたのだ。


「良い時間だった。……今宵の俺は、この酒宴を夢に眠るだろう」


 そうして太陽のような赤の瞳が、何処か悪戯っぽくリーシェを見遣る。


「貴女の夢も、素晴らしいものであらんことを」

「……ありがとうございます。おやすみなさいませ、ザハド陛下」


 友人でないリーシェのことも、これほど気に掛けてくれるのだ。

 それを嬉しく思うのと同じくらい、さびしくも感じる。リーシェは微笑みの後、再びアルノルトの手を取る。


「参りましょう。アルノルト殿下」

「……ああ」


 そうしてザハドに一礼し、部屋を後にした。




***




「…………」


 アルノルトとその婚約者を見送ったザハドは、ひとり残されたその部屋で、杯を眺めていた。

 その中に映り込んだ細い月を肴に、瑞々しく甘い酒を呑む。荒々しくも力強い、それでいて芳醇なその酒は、ガルクハインの庶民に親しまれているものだそうだ。


 ザハドにとって、とても好ましい味だった。


「……リーシェ殿、か」


 アルノルトを見る彼女の瞳は、淡いエメラルドのようだった。

 それと同時に、薬指に輝く指輪を思い出す。彼女は、アルノルトの瞳とまったく同じ宝石へ、大切そうに触れていた。


「――――……」


 鮮烈なまでに美しい宝石が、ザハドの目の奥に焼き付いている。




***




(先ほどの、ザハドの問い掛け……)


 アルノルトにエスコートをしてもらい、離宮の廊下を歩きながら、リーシェは思考を続けていた。


『――貴女は、幼いアルノルトが母君を殺した直後に、あの塔から連れ出した人物ではないのか』

(あの離宮から、殿下を連れ出した人。……そうした存在が、アルノルト殿下にとって重要な人物であることを、ザハドは知っている)


 かつての出来事を想像して、その痛ましさに眉根を寄せる。


(アルノルト殿下の母君は、九歳だった殿下の首を何度も刺したあと、最後にご自身で命を絶とうとなさった)


 それは、アルノルトがつい先日、初めて話してくれたことだ。


(苦しむ母君を目の前にした殿下は、ご自身も傷だらけの中で、もう助からない母君を楽にして差し上げるために……)


 アルノルトと繋いだ指先に、思わず僅かな力が籠る。

 そのことは当然気付かれてしまった。立ち止まったアルノルトがこちらを見たので、リーシェも同じく足を止める。


「リーシェ」

「?」


 アルノルトはリーシェを見下ろして、当然のような顔で言った。


「――あの男を、二度とお前に近付けないようにも出来る」

「???」


 思わぬ言葉に、瞬きをする。


「……ひょっとして、ザハド陛下のことを仰っていますか?」

「他にも、お前を翳らせた男がいるのか」

(私のすべての悩みごとは、アルノルト殿下に起因しているようなものなのですが……!!)


 あらぬ方向から軌道修正を図るべく、リーシェは慌ててかぶりを振った。


「誤解をなさっているかもしれませんが、ザハド陛下は本当にとてもお優しかったです! アルノルト殿下がご退席中も、私にお酒を勧めてくださったり、場を和ませようとたくさん褒めてくださいましたし!」

「………………へえ」

「ハリル・ラシャにも招待したいと、勿体無いお言葉をいただきました。私も楽しかったので、なんら問題はなく……」

「……………………」

(ど、どうしてますます眉間に皺が!?)




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― 新着の感想 ―
アルノルトがザハドに嫉妬しているのが可愛い!謎がちょっとずつ解けていきそうで楽しみです。ザハドとアルノルトの絡みが好き(^^)また次回更新待ってます♪最近インフル流行ってるのでお体に気をつけてください…
この間からボコボコにザハド陛下に言い負かされている殿下に笑う 普段からこうなのか、はたまた合理的な殿下がリーシェ関係でこうなるだけで普段はそうでもないのか……私、気になります! リーシェが思ったより好…
There are so many hints that Rishe might have known Arnold when they were kids. First, the anime’s o…
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