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【7章連載中】ループ7回目の悪役令嬢は、元敵国で自由気ままな花嫁生活を満喫する【アニメ化しました!】  作者: 雨川 透子◆ルプななアニメ化
〜7章2節〜

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283 砂漠の光景


(もしも私たちが、幼い頃に出会っていたとして)


 思考を一度、その前提へと切り替えた。それでもやはり、分からない。


(私にはどうして、その記憶がないの……?) 


 薄衣を重ねたハリル・ラシャのドレスを、ぎゅっと小さく握り込む。

 アルノルトが、静かな所作で杯を置いた。その理由は、部屋の外にひとりの気配が近付いてきたことにあるのだろう。


 アルノルトが立ち上がるのと同時に、ノックの音が四度聞こえる。


「ご歓談中のところを失礼いたします。――我が君」

(オリヴァーさま)


 新しい酒や、料理が運ばれてきたという訳ではなさそうだ。

 アルノルトは、扉の方に向かう途中で、長椅子に座ったリーシェの方に手を伸ばす。


「続けていろ」

「!」


 そう言って、ごく自然に頭を撫でられた。


 心臓がどきりと跳ねてしまう。だって、リーシェがその位置に居たのなら、撫でるのは当然と言わんばかりの触れ方だ。


 やさしく言い聞かせるように見下ろされ、お利口な子犬のように背筋を正す。


「……はい」


 耳が火照ってしまったのを、いまさら酒精の所為に出来るだろうか。

 アルノルトはふっと目を細め、それから扉を開けに行った。退室する訳ではなく、このままリーシェたちとは少し離れた部屋の入り口で、オリヴァーと何かを話し始める。


(お父君のことでは、ないかしら)


 リーシェが会わせてもらった所為で、よくない動きがあるかもしれない。

 そんな想像に心が沈むも、アルノルトがこちらに背を向けている以上、情報の収集は難しいだろう。


(限られた機会の使い道は、常に選ばなくてはいけないわ)


 そう決めて、リーシェは目を閉じる。


(今のうちに、少しでもザハドとお話をしておくの。ザハドからしか得られない情報があるのに、今世ではまだ何の関係値も築けていない。だからこそ、まずは私という人間を信用してもらうため、に……)

「――――……」


 ザハドから視線を注がれて、リーシェは顔を上げる。

 そうしてひとつ、瞬きをした。


「ザハド陛下?」

「……うむ」


 太陽を思わせる赤の瞳が、興味深いものを見る光を帯びて、リーシェを見据えていたからだ。


「奥方は、実に不思議な女性だな」

「!」


 その形容は、信頼から遠い言葉と言えるだろう。


(……商人だった人生で、ザハドにそう言われたことはないわ)


 内心に、僅かな緊張が走る。


(何か、失敗した……?)


 ザハドは人心掌握に長け、民心に寄り添う気質の王だ。リーシェの僅かな感情の動きも、ザハドに見透かされている可能性は高い。


 そのためか、ザハドはリーシェを安心させるかのように、猫のような美しい双眸を眇めて笑う。


「ああ、すまないな! 讃えたつもりであったのだが、些か不躾な言葉であったか」

「いいえ。滅相もないことです、ザハド陛下」


 酒杯を干したザハドは、ゆっくりとテーブルにそれを置き、改めてリーシェと向き合った。


「改めて、今日の演練は驚いた。当然ながら、俺は勝つ気でいたのだが」

(……こんな発言を、確かな勝算と根拠の上で出来るのは、この世界でもザハドだけだわ)


 軍国ガルクハイン、その皇太子が率いる近衛隊を相手にして、引けを取らない部隊は少ない。アルノルトもそう考えているからこそ、ザハドの隊との模擬戦に応じているのだろう。

 ふたりの幼馴染は、幼少の砌からこうした研鑽を重ねている。


「貴女が俺の前に現れて、文字通りに息を呑んだ。貴女の鮮やかな剣術は、精霊の舞にも値する」

「ふふ。ハリル・ラシャの偉大なる王、ザハド陛下にそのようにお褒めいただくなど、この身に余る光栄です」


 社交辞令に伴う言葉選びも、本当にザハドらしいと微笑んだ。煌びやかで華やかなものが好きな親友に、懐かしい気持ちで酒を注ぐ。


「あの時の所作も、実に見事だったな。ハリル・ラシャ式の礼の動きを完璧に取れる者は、国外にそう居ないはずだ」

「貴国の文化が素晴らしいからこそ、とても楽しく学べたのです。長く続く伝統に彩られた歴史は、知るほどに胸が躍りました」

「おお! そう言ってくださるか?」


 ザハドは嬉しそうに笑い、まなじりを赤く彩った目を眇める。


「であればいずれ貴女のことを、ハリル・ラシャにご招待したいものだ。アルノルトは、興味が無いと切り捨てるだろうが」

「あのお方は、すべての国に対してそう仰るかもしれませんね。……ですが」


 リーシェは少し振り返り、オリヴァーと話しているアルノルトの背中を見詰める。


「私もアルノルト殿下と一緒に、貴国へと訪れてみたいです」

「……ほう」

「書物の内容や、旅人のお話から想像したことしか、ありませんが……」


 そんな嘘をひとつ前置いて、懐かしい景色を思い浮かべた。


「広大な砂漠。滑らかな砂が地平線の彼方まで広がって、黄金の波を描き出す光景や、澄み渡る空……過酷な試練を突き付けながらも、何もかもを受け入れてくれるような雄大さを持つ、そんな大地」


 再び見据えたザハドの瞳に、かつて旅をしたあの場所を重ねる。


「そこで生きる人々の朗らかな眩さも、市場に溢れる活気も。灼熱の太陽や、冷たい夜の透き通った空気も……そうした全てを、アルノルト殿下にお見せしたいのです」

「…………」


 アルノルトが海色の瞳で見るものを、戦火に照らされた世界ではなく、豊かな文化と景色に彩られたものにしたい。


(だからこそ、私は……)


 心の中で誓いを新たにした、そのときだった。


「……アルノルトが好きか?」

「…………っ!?」


 思わぬことを尋ねられ、再び頬が熱くなる。


「それ、は……!」

「ははっ!」


 取り繕うことが出来ず、狼狽えてしまったリーシェの赤面を見て、ザハドはどうしてか微笑むのだ。

 その上に、何処か真摯な低い声音で、リーシェを見据えて口にした。



「――――美しいな」



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― 新着の感想 ―
ザハドに好きか尋ねられて赤面するリーシェが可愛くてしょうがない!何が美しいのか気になる!
ロックオンされちゃったのでしょうか。。 ドキドキします
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