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【コミック8巻12/25発売】ループ7回目の悪役令嬢は、元敵国で自由気ままな花嫁生活を満喫する【アニメ化しました!】  作者: 雨川 透子◆ルプなな&あくまなアニメ化
〜7章2節〜

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282 小さな殿下

 リーシェが心から零した言葉に、アルノルトが呆れたような目をする。


「子供がその程度の背丈である事実に、特筆するべき感想などないだろう」

「何を仰るのです、アルノルト殿下……! 幼くてお小さい殿下なんて、可愛らしいに決まっています!」


 譲れるはずもない主張を口にして、リーシェはくちびるを尖らせる。アルノルトは、空になったリーシェの杯に酒を注いでくれながらもこう言った。


「大体が、この男も同じように子供だったんだ。さほど身長が違った訳ではない中で、客観的な記憶が残っているとも思えない」

「何を言う、昨日のことのように覚えているさ。初めて俺に会ったときのお前は、今よりもっと退屈そうな目で俺を見ていた」

(…………)


 幼かったアルノルトを、リーシェは心のうちに浮かべる。


(アンスヴァルト陛下の妃が住まう『塔』において、テオドール殿下がお生まれになるまでの約五年間、唯一生きることを許された小さな子)


 ハリル・ラシャの伝統模様が刺繍されたドレスの裾を、きゅうっと小さく握り込んだ。


(きっとその頃のアルノルト殿下はすでに、赤子殺しへと連れられていた。女性たちや、お母さまからの憎悪を浴びながら……)


 その日々を、正しく想像することなど出来はしない。

 それでもリーシェは、幼かったアルノルトに思いを馳せるだけで、泣きたい気持ちになるのだった。


「お前の記憶にも残っているか? アルノルト」


 笑って尋ねたザハドの言葉に、アルノルトはあっさりとこう答える。


「覚えていないな」

(…………)


 母を殺したときのことも、アルノルトはそう言った。


「……私も」


 手の中にあった盃をテーブルに置きながら、リーシェは思わずこう紡ぐ。


「小さな頃のアルノルト殿下に、お会いしてみたかったです」

「……リーシェ?」

「殿下と同じくらいの年齢で、一緒に遊べるお友達として。そうして……」


 何度も人生を繰り返す中で、たくさんの憧れを叶えてきた。

 けれどどれだけ望んでも、叶えられないこともあるのだ。それを今更知ったような気がして、リーシェはさびしさを微笑みに変える。


「幼いアルノルト殿下のことを、私が撫でて差し上げたかった」

「――――……」


 皇帝アンスヴァルトの問い掛けのように、幼い頃に出会えていたのなら、そうすることが出来ていただろうか。

 アルノルトは何かを言い掛けたあと、やがてリーシェを静かに見据え、言い聞かせる。


「――そのようなことは、起き得ない」

「…………っ」


 穏やかで、とてもやさしい声音だった。

 恐らくは、リーシェのことをあやすための言葉だ。けれどもそのやさしさが、殊更にリーシェの心を揺らす。


(当たり前だわ。……本来なら、過ぎ去った時間は繰り返せないもの)


 その重さを、改めて自分に言い聞かせる。

 行動することで変えられるのは未来のみだ。どれほどの繰り返しを経験しても、そのことだけは忘れてはいけない。


(私は決して、幼い殿下に触れることは出来ない。だからこそ……)


 一度だけ俯いて瞑目し、リーシェは顔を上げた。その上で、にこっとアルノルトに微笑みを向ける。


「……それでは、未来で!」

「!」


 そう告げると、アルノルトが僅かに目をみはった。


「これから先の人生で、たくさんアルノルト殿下を大切にいたします。幼いあなたに出来ない分を、いまのあなたに」


 難しい顔をしたアルノルトに、なんだか可笑しくなってしまう。


「そうすることは、許して下さいますか?」

「…………」

「ふふ」


 アルノルトはきっと、頷いてくれないと分かっている。

 だからこそ敢えて尋ねたのだ。リーシェはザハドに両手で酒瓶を差し出し、杯に注ぎながらこう願った。


「ザハド陛下、もっともっとアルノルト殿下のことを教えてください! 小さな頃のお話は、すぐに『覚えていない』などと仰るのです」

「……ああ、もちろんだ!」


 ザハドは快諾の笑みを浮かべ、盃を少し上に掲げた。


「それにしても、素晴らしい妃を見付けたものだな。奥方は確か、エルミティ国の王太子の婚約者であらせられたのを、アルノルトが見初めて奪ったのだったか?」

(そう。……今の所、そういうとんでもない話になってるのよね……)


 リーシェが噂で聞いたところによれば、現在は『リーシェがディートリヒに婚約破棄された』という事実より、アルノルトたちが流した嘘の方が信じられている。


「これまで妻を迎える気がなかった男が、随分と強引な嫁選びをしたものだ。もしもエルミティ国が抗ったときは、一体どうするつもりだった?」

(!?)


 思わぬ矛先を向けられて、リーシェの背筋に緊張が走る。


(どうしてそんなことを聞くのザハド……!! いいえ、確かに知りたい気持ちはあるけれど、それでも!!)


 とはいえアルノルトはいつもの通り、質問に答えることはないだろう。


(きっと、教えて下さらないわ)


 リーシェへの求婚にまつわる問い掛けで、真実を答えてもらったことはない。

 そう考えていたリーシェの隣で、アルノルトがぽつりと言葉を落とす。


「――――そうだな」

「……殿下……?」


 アルノルトが杯を傾けるさまは、それだけで絵になるほど美しい。

 くちびるをつける仕草も、尖った喉仏が動く様子も、一連の所作が芸術のようだ。


 アルノルトは僅かに目を伏せ、青色の瞳に睫毛の影を落として、こう紡いだ。


「あの国を焼き払ってでも、手に入れた」

「…………!」


 これが戯曲の言葉であれば、情熱的な愛としても描かれただろうか。

 けれどもリーシェの心臓は、恋ではなく不穏に早鐘を打つ。アルノルトが平然と言い放った事実に、どうしても混乱してしまうのだ。


(どうして?)


 口に出せない問い掛けが、思考の濁流となって渦を巻く。


(それほど私を欲する理由なんて、少なくともあのときの殿下には存在しない。……するはずがない、それなのに)

『ご令嬢は、どの国から嫁いで来るのだったか』


 アンスヴァルトに投げられた問い掛けが、再び耳の奥で反響した。


『幼き折、一度でもアルノルトに会ったことがあるか?』

(…………)


 先ほどアルノルトはリーシェに告げた。

 幼いリーシェがアルノルトに出会い、互いの年齢が近かったとしても、リーシェがアルノルトを撫でることは『起こり得ない』と。


(私たちが出会うことが、起こらないのではなくて。……実際は、小さな頃に一度出会っていても、私が殿下に手を伸ばすようなことが起こらないと仰っていた……?)


 そんなことは、こじつけでしかない想像だ。

 自分に言い聞かせようとして、リーシェは口を閉ざす。

いつも応援ありがとうございます!

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著者名:雨川 透子


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― 新着の感想 ―
幼い殿下の頭を撫でることなど、ほんの一握りの人間にしかできない芸当。
Very interesting! I love the atmosphere between them they are very lovely Can’t wait to see what ha…
3人でラブコメ回してたと思ったら最後急に不穏な雰囲気何かあるのかミスリードなのか…
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