281 ぜったい秘密にしたいです!
(昼間の謁見で、アンスヴァルト陛下がお尋ねになったこと。私とアルノルト殿下が、幼い頃に出会ったことがあるかという問い掛け……)
その意味が、リーシェにはやはり気に掛かる。
(あのとき私が疑問に思ったことを、アルノルト殿下も察していらっしゃるはずだわ。どんな探り方をしたとしても誤魔化しきれるはずもない、それでも)
リーシェは両手で小さな酒杯を持ったまま、アルノルトを見上げた。
「ザハド陛下と、たくさん一緒に遊びましたか?」
「なぜ」
「……小さな子供とは、同じくらいの年齢の子供と会えば、連れ立ってお出掛けをしたりするものなのです」
アルノルトにそうした説明が必要なことを、リーシェはとてもさびしく思う。
一方でザハドは笑い、アルノルトのことを親しげに親指で指した。
「夜に皇城を抜け出したときは、面白かったな。アルノルト」
「関わるなと言ったのに、お前が無理矢理についてきただけだろう」
「?」
リーシェが首を傾げると、ザハドはくつくつと喉を鳴らし、悪戯を告白した。
「少年の時分、こいつが城下で身分を隠し、ならず者の中に出入りしていたのをご存知か?」
「以前、少しだけお聞きしたことがあります。十歳の頃のアルノルト殿下は、かなり大規模な大捕物を仕掛けられたとか……随分とやんちゃをなさいましたね?」
「あれは俺の判断ではない。オリヴァーが悪い」
アルノルトはさほど関心がなさそうでありながらも、従者への抗議を口にする。これもザハドに対する振る舞いと同様に、ある程度の近しさを感じるものだ。
「奥方。アルノルトが子供の頃、市井の者のふりをして逮捕劇を繰り広げたのは、決して一度や二度ではないぞ」
「え!!」
「いや待てよ? 俺と盗賊狩りを行ったときは、立場を伏せていた訳ではなかったな」
「とうぞくがり」
リーシェがぱちぱちと瞬きをすれば、ザハドは揶揄うようにアルノルトを見る。
「無言で俺のもとに馬を引いてきて、珍しく早駆けにでも誘われたのかと思ったが。森についてみれば、こいつは真顔で隊商に扮した賊を指差して、『十分で終わらせる。生け捕りにしろ』とだけ言い捨ててなあ」
「それは少なくとも、他国の王子さまをお連れして行う遊びではありませんね!?」
「他国の王子を無駄に滞在させているよりは、よほど有意義な活用方法だろう。騎士の兵力を割かずに済む」
「うむうむ。森での戦闘は新鮮で、実に楽しかった」
ザハドは気品のある仕草で酒を煽りつつ、懐かしそうに頷いた。
(光景が目に浮かぶかのよう。アルノルト殿下は小さな男の子というよりも、その頃から『皇太子』で……ザハドだって、子供らしく無邪気に楽しみながら、統治者としての振る舞いを果たしている)
子供らしく過ごすことの出来た時間など、ふたりには存在しなかったのだろう。
「愉快だった話といえば、ガルクハインで開かれた剣術大会だな。俺とアルノルトがそれぞれ勝ち残り、偶然にも決勝で戦うことになったのだが、直前でオリヴァー殿に見付かってしまい……」
「お待ちください、ひょっとしてそれもお立場を隠しての参加ですか!? しかもアルノルト殿下だけでなく、ザハド陛下まで!」
「なあアルノルト。あのときは結局、大会を采配する貴族の不正を暴くついでに、『今後もお前に剣術の師範は必要ない』という証明をしたのだったな」
「さあな」
アルノルトは恐らく、自分の話をすることに一切の興味がない。
それでも続けてくれるのは、リーシェが知りたがっているからだ。
(どのお話も詳しく聞いてみたいけれど、オリヴァーさまがお傍にいらしてからの出来事……。せっかく九歳より幼いアルノルト殿下のことを知るザハドが、ここに居るのだから)
語らいの場を利用して、もっと踏み込んでみるべきだろう。
「ところでザハド陛下。お小さい頃の、アルノルト殿下は……」
リーシェが探りたがっていることを、アルノルトに見抜かれているのは分かっている。
「ええと、その」
それでも、純粋に知りたい気持ちも嘘ではないと伝えたくて、リーシェは素直に口にした。
「――――今と同じくらい、お可愛らしかったですか?」
「………………」
「は?」
眉を顰めて尋ね返したアルノルトと、目を丸くして沈黙したザハドが、同時にリーシェのことを見る。隣に座ったアルノルトを見上げて、リーシェはきょとんと瞬きをした。
(……おふたりとも、どうしてそんなお顔で私を……)
「………………」
物凄く物言いたげなアルノルトに、はっとする。
(……今も可愛いと思っているのが、ついつい口に出てしまったのでは!?)
自覚して、一気に頬へと熱がのぼる。
「ご……ごめんなさい!! お嫌だったかもしれないですが、違うのです!! 決して生意気な意味で申し上げたのではなく、本心で……!! 人として、お可愛らしいと、そう思っていて……!!」
「リーシェ。分かったから、焦らなくていい」
「十九歳のアルノルト殿下も時々あんなに可愛いのですから、お小さい頃はどうだったのかが、気になってしまい……!! それだけで、本当に深い意味は無く!!」
「………………」
「ふっ、くく…………はははははは!! いいではないか、もっと聞きたい! 奥方こそ実に愛らしいお方だ、なあアルノルト!」
「お前は当分黙っていろ」
アルノルトとザハドの会話を聞きながらも、自分自身に言い聞かせる。
(上手に振る舞わないと、私がアルノルト殿下を好きだってバレちゃう……!! 『あの約束』を果たすまでは、恋を表に出しては駄目だって誓ったのに)
リーシェに救いの手を差し伸べてくれたのは、やさしく背中を撫でてくれるアルノルトではなく、大笑いしていたザハドだった。
「可愛かったぞ、アルノルトは。背丈などこのくらいの大きさでな」
「…………!!」
床から一メートルくらいの高さを手で示されて、リーシェの左胸がきゅうっと締め付けられた。
「……かわいい……」
「…………あのな」
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