表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【7章連載中】ループ7回目の悪役令嬢は、元敵国で自由気ままな花嫁生活を満喫する【アニメ化しました!】  作者: 雨川 透子◆ルプななアニメ化
〜7章2節〜

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

314/319

280 殿下はなんでも当てられます!

***




『いいか。リーシェ』


 かつて、リーシェが商人だった頃、上司であるタリーはこう言った。


『客に選ばれる商人になれ。俺たちを介してしか得られない商品や、価値を提供しろ』


 リーシェははっきりと覚えている。


『――そうなれば、今度は俺たちが客を選ぶ側だ』


 商人として見習いだった頃からずっと、自分の商いを懸命に模索しながらも、その言葉について考えていた。

 あれから何度も新しい人生を迎え、『客を選ぶのではなく育てる』という結論を得た今となっても、タリーの持論が間違っていたと思う訳ではない。


 それに、自身の客を見極める方針の商人には、今世でだって出会っているのだ。


『お気に入りの宝石を身に着けて、胸を張る。女の子は、それだけで勇気が湧いてくるのですよ』


 アルノルトに連れられた宝石店で、老婦人ミヒャエラはそう微笑んだ。


『こちらの店はわたくしの道楽。世界中から集めた珠玉の石たちは、お売りするお客さまを選ばせていただいております』


 リーシェの左手の薬指には、あのとき望んだ美しいサファイアが輝いている。


(私が、大切な『宝石』を託す相手を、たったひとり選ぶとするのなら……)




***




 夜もすっかり更けた頃、離宮の応接室にあるテーブルには、数々の瓶が並べられていた。

 ここにある瓶はそれぞれに、異なる酒が入っていたものだ。リーシェはガルクハインに来てからというもの、騎士や民たちに聞き込みをして、この日の為に収集を続けてきた。


「それではアルノルト殿下、久し振りに問題です!」

「…………」


 硝子で出来た盃をテーブルに置いて、隣のアルノルトに向き直る。

 リーシェが現在着ているのは、謁見で身に付けた黒のドレスではない。着替えを終えて、この人生では初めての衣装に袖を通している。


「私は今、このようにハリル・ラシャの伝統衣装を纏っていますが……」


 それは、リーシェがアリア商会から仕入れていた、美しい砂漠の国のドレスだった。


 ドレスの全体に使われているのは、透明な印象を受ける青いシフォンだ。

 首筋から鎖骨までが露わになる代わりに、この季節でも肩下から手首までを覆う袖は、リーシェの肌を僅かに透けさせている。


 リーシェはそんな両腕を広げ、アルノルトに尋ねた。


「身に着けている宝飾のうち、これまでにアルノルト殿下の前で、一度でも身に付けたことがあるものはどれでしょう?」


 装飾に使われるのはレースではなく、縫い付けられたビーズや金の飾りだ。

 砂漠では腹部を出すこともあるのだが、リーシェが纏っているドレスの意匠は、胸元から足首までが露出せずに覆われている。


 足首のアンクレットが見やすいように、リーシェは少しだけ体を動かした。

 右腰には装飾帯を巻いているのだが、その下のスカート部分は薄布を幾重にも重ねていて、アルノルトに不利かもしれないと思ったのだ。


「さあ。お分かりでしょうか、殿下!」

「…………」


 悪戯をするような気持ちで笑ったリーシェを、アルノルトが静かにじっと見遣る。

 その上で、ひとつ溜め息をついた後に、手袋を嵌めた右手をこちらに伸ばしてきた。


「――これと」

「びゃ……っ!?」


 雫型の耳飾りに触れられて、くすぐったさに息を呑む。

 すぐ傍にある髪飾りに対しては、迷う素振りを見せることもない。アルノルトはそのまま、リーシェの喉元で輝くチョーカーにも、とんっと示すように触れた。


「せ、正解です。あとは……?」


 最後のひとつに関しては、答えるまでもないというまなざしだ。

 それでもアルノルトは、リーシェの出した謎解きに付き合い、左手を掬い上げるように触れてくる。


 そして、薬指の指輪を示すのだ。


「これだろう」

「…………っ」


 現在は、リーシェの我が儘に巻き込まれたアルノルトも、ハリル・ラシャの衣装を身に纏っている。


 リーシェが商会から仕入れたのは、アルノルトの首筋の傷跡を隠すため、詰襟のような構造があるものだ。

 この近辺の軍服に近い作りをしており、普段の装いとシルエットは近しいものの、やはり雰囲気は大きく異なっていた。


 同じ黒基調の衣装でも、ガルクハインの正装が全てを塗り潰す漆黒なのに対し、ハリル・ラシャの黒は銀に似た艶を放つ。

 肩口から袖に掛けての飾り布など、アルノルトがいつも選ばないような装飾が、上品さを保ちながらも華やかだ。


(……改めてこのお姿の殿下を見ると、心臓に悪いわ……!!)


 リーシェが思わず絶句した、そのときだった。


「はははっ!!」

「!」


 テーブル越しの向かいの席から、快活な笑い声がする。


「本当に、今日は驚くものばかり見せられているな!」

「お……お分かりいただけましたか、ザハド陛下!」


 リーシェが尋ねると、ザハドは酒の入った盃を手にし、それを愉快そうに少し掲げた。


「ああ、奥方の仰る通りだった。まさかアルノルトに、宝飾品を見分ける程の関心があったとは」

「以前もこうして、私の問い掛けに正解して下さったのです。ね? アルノルト殿下」

「…………」


 ザハドとリーシェがアルノルトについて論する光景を、当のアルノルトは無関心に聞いていた。それでリーシェは婚約者に対し、先ほどの問い掛けを向けたのだ。


「もっとも、驚いたのはそれだけではないのだが……」

(? どういうことかしら)


 不思議なことを言われ、リーシェは首を傾げた。とはいえ酒宴が始まってからも時間が経ち、ザハドはとても機嫌が良い。


(お酒がそれなりに進んでいるものね。ザハドは強いし、私もそうそう酔わない自負はあるけれど……アルノルト殿下は本当に少しも変わらないわ。お水を飲んでいらっしゃるかのよう)


 アルノルトはいつも、心底からつまらなさそうな顔で酒を飲む。

 それでも、時折ある夜会などの場に比べると、今日の方が寛いではいるようだ。淡々とした横顔を見上げていると、何処となくそんな風に感じられた。


(やっぱりザハドが相手だと、アルノルト殿下もほんの少しだけ、年相応の十九歳らしくなられる気がする)

「アルノルトよ。お前もとうとう人並みに、宝飾への興味を向けるようになったのだな!」

「引き続き、まったく興味はないが」

「ほう」


 脚を組み直したザハドが、にやりと笑う。


「耳飾りに、それほど上等なエメラルドを選んでおいてか?」

「…………」


 ザハドの言う通り、いまのアルノルトはその耳に、淡い色をしたエメラルドの宝飾を着けていた。


 円型にカットされた大粒の石の下に、細長い銀の飾りが下がった形だ。

 アルノルトの顔立ちの美しさに劣らず、それでいて主張しすぎない耳飾りは、婚礼で彼がつける予定のものだった。


「アルノルト殿下が、婚姻の儀の前にこれを使って下さる気になられてよかったです。お嫌いであれば尚のこと、長く着けて慣れていただいた方が良いでしょうし」

「おお、なるほど! 婚礼の準備の一環だからこそ、こうして手袋も大人しく嵌めているということか」

「さあな」


 ザハドが面白がっているのは、アルノルトが手袋も嫌うと知っているからなのだろう。

 リーシェはずっと知らなかった。アルノルトから求婚を受けたばかりの頃は、『指一本触れない』という約束をしてもらっていたのだ。


 アルノルトはその約束を守るため、リーシェに直接触れることが絶対に無いよう、常に手袋を着用してくれていた。


「まさか、数ヶ月前に出会ったばかりの女性のために、アルノルトがここまでするとはな」

(それについては、私も理由が知りたいけれど……!)


 質問をしたい気持ちを堪えて、にこりと笑顔を浮かべて言う。


「私に比べておふたりは、幼い頃からの仲ですものね」

「――――……」


 ザハドはきっと、アルノルトの『何か』を知っているのだ。


X(Twitter)で次回更新日や、作品の短編小説、小ネタをツイートしています。

https://twitter.com/ameame_honey


よろしければ、ブックマークへの追加、ページ下部の広告の下にある★クリックなどで応援いただけましたら、とても励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
上司の商人は名言を残したな。
何か仕掛けてはあっさり"返り討ち"にあうリーシェいつも通りですねw
更新有難うございます。 いつも楽しく拝見させていただいてます。 今回は砂糖増々のイチャラブ回でしたね~ リ―シェが気付いた時のイチャラブの糖度がヤバそうwww 寧ろ本人溶けるレベルかなw
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ