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【7章連載中】ループ7回目の悪役令嬢は、元敵国で自由気ままな花嫁生活を満喫する【アニメ化しました!】  作者: 雨川 透子◆ルプななアニメ化
〜7章2節〜

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279 立ち上がり、前へ!

 そしてリーシェは、隣の婚約者を見上げると、ほんの少しだけさびしい気持ちで微笑んだ。


「アルノルト殿下のお陰です。……いつも、私の願いを聞いてくださる」

「…………」


 もしもリーシェが、アルノルトの目的を阻止するために動いているのだと知ったとき。


 アルノルトからは、どんなまなざしを向けられるのだろうか。

 そのことを恐ろしく思っても、恐怖を糧にしてでも進むのだと、もう決めている。


「リーシェ」

「!」


 アルノルトの手が、リーシェの背へと添えられた。

 夜会において、いつもエスコートをしてくれるときのように。それでも促されたのは、共に前へと歩み出ることではない。


「お前は先に、離宮へ戻っていろ」

「アルノルト殿下……?」


 リーシェが尋ねようとする前に、アンスヴァルトが小さく喉を鳴らす。


「すまないが私と息子には、ふたりだけで『話し合う』べきことがある」

「…………」


 アルノルトとは決して似ていない、しかし同じくらいに整ったアンスヴァルトの涼しい目元に、皇帝としての威厳を感じさせる皺が僅かに寄った。


「なかなかに楽しかったよ。――お嬢さん」

「……光栄ですわ。お義父さま」


 リーシェは真っ向から微笑みを返す。

 ドレスの裾を柔らかく摘んで、腰を少し落とす挨拶をした。


(もしも)


 そうして姿勢を正し、アルノルトを見上げる。


(私がしたことで、殿下が叱られてしまうのだとしたら……)


 心配な気持ちを顔に出したつもりはなかったのに、アルノルトはリーシェの瞳を見下ろして、そのまなざしを和らげた。


「婚儀の支度の、続きを頼めるか?」

「……もちろんです。殿下」


 笑みを作り、アルノルトの願いに頷く。


「お待ちしておりますね」

「ああ」


 リーシェはもう一度、アンスヴァルトに深く礼をする形を取ったあとで、ゆっくりと振り返った。


 先程はアルノルトと歩いた絨毯の上を、ひとりで歩む。背筋を正し、足音を立てず、あくまで優美に。


 背中の向こうに、冷たくて暗い空間が広がっていることを、嫌というほどに感じながら。




***




「さて。……アルノルトよ」


 花嫁が退室した謁見の間で、皇帝アンスヴァルトの声音が重く響いた。

 その顔に、先ほど浮かべていたような笑みは存在しない。不機嫌そうに頬杖をついたまま、冷たい双眸で後継者を見下ろしている。


 皇太子アルノルトが幼い頃から、何度も繰り返してきたのと同じように、静かな命令を放つのだ。


「お前が成すべきことは、理解しているな」


 凍り付くような重圧感の中で、アルノルトは表情のひとつも変えることはない。

 そうして父に向け、口を開くのだ。


「――――陛下」



***




「……っ、は……」


 謁見の間を出た扉の前で、リーシェはずるずるとしゃがみ込んだ。


 見張りの騎士さえ払われた廊下に、浅い呼吸音が漏れてしまう。

 床に膝を突くことは堪えるも、胸の前でぎゅっと握り締めた手が、小さく震えているのが自覚できた。


(――本当に、凄まじい重圧)


 自身の身体が示す反応を、いっそ冷静な気持ちで観察する。


(頭では『まだ安全』だと分かっていても、反射的に死を覚悟してしまうわ。アンスヴァルト陛下が、こちらに視線を向けるだけで……)


 リーシェは緩やかに目を眇め、どうにか開いた手のひらを見下ろした。


(私の知っているアルノルト殿下は、決してお父君と同じではない。……けれど、戦場で見た未来の『皇帝』アルノルト・ハインは、あのお方と同等の気を纏っていた)


 俯いて、小さな声で彼を呼ぶ。


「……だんなさま」


 リーシェの願いを叶えるにあたり、どれほどの負担を掛けたのだろうか。

 アルノルトの戦争を止めるため、彼に幸せな未来を迎えてほしいからと願っても、それが免罪符になることは絶対に無いのだ。


(ごめんなさい)


 いますぐ扉をもう一度開き、アルノルトの手を引きたい衝動を押し殺す。

 左手の指輪に右手を重ね、祈るように握ったそのときだった。


「――扉越しでも、とんでもない殺気だったよなあ」

「!」


 場違いなほどに飄々とした声が、上から聞こえる。

 リーシェが顔を上げた先には、アルノルトの近衛騎士の軍服に身を包んだ、かつての人生における頭首が居る。


「あの中で、父子の殺し合いでもしてんの?」

「……ラウル」

「なーんて」


 完璧に気配が消されていて、気が付かなかった。へらっと笑った狩人は、悪戯っぽく目を眇める。


「あんたの愛しい旦那さまが。謁見のあと、奥方を部屋まで護衛しろってさ」

「アルノルト殿下が……?」


 恐らくは、あらかじめラウルに告げていたのだろう。

 アルノルトはやはり、常にリーシェの行動や心情を見通した上で、あらゆる配慮を注いでくれている。だから本物の近衛騎士ではなく、皇帝に気圧されないラウルを、この役割に選んだのだ。


「とはいえ、どうやらお加減が優れないようで。おいたわしい、これは一大事だ!」

「……ふふ」


 冗談めかした言い方も、ラウルなりの気遣いである。


(私がラウルの配下だったときと、変わらない)


 過去の人生で見ていた身として、これが遠回しの配慮であることを知っていた。


「椅子でも持ってきてやろうか、奥方さま。――俺があんたの手を取ったら、殿下のお怒りを受けそうだし?」

「アルノルト殿下は、そんなことで怒ったりしないと思うけれど……」


 リーシェは首を傾げたあとに、一度ゆっくりと目を伏せる。


(そうね。……こんな所で、立ち止まっている暇はないわ)


 意識して深く呼吸をし、分かりきっていることを胸中で唱えた。


(だってもうすぐ、私たちの結婚式なのだもの!)

「――お」


 ぱっと優雅に立ち上がり、漆黒のドレスの裾を摘む。漆黒の花びらのようなドレープラインを整えると、リーシェはラウルに向けて笑った。


「ありがとう、もう平気! 離宮に戻ったら婚儀の最終確認と、夜に行なうザハド陛下の歓待の酒宴を準備しなくちゃ!」

「あーあれ。アルノルト殿下と奥方さま、ハリル・ラシャの国王の三人だけっていう会なんだろ? ……奥方を挟んで幼馴染ふたりか、どうなることやらだな」

「? 小さな男の子の頃のお話がたくさん聞けそうで、楽しみだわ」


 ラウルの懸念を不思議に思いつつ、次の行動を見据える。


(フロレンツィア妃殿下)


 そして、アンスヴァルトが先ほど口にした言葉を思い出すのだ。


『あれも、くだんの店で宝石を買う方法を、さぞかし知りたがっていることだろう』

(……宝石……)


 左手の薬指を見下ろし、世界で一番美しい青色に目を眇めた。

 リーシェは思考を巡らせながらも、ラウルと共に離宮へ向かうのである。




***

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― 新着の感想 ―
ドイツから帰国後 早い更新とても嬉しいです ありがとうございます 「お前が成すべきことは、理解しているな」 皇帝と同じ瞳の色、髪の色の良継ぎか他国へ侵略か。。。。。。? 次回の展開が楽しみ。
今回も本当にやばかった。リーシェの事をラウルに任せるのってラウルの事信用してるからなんだね!皇帝がアルノルトに言ったやらなければいけない事ってもしかしてだけど、考えたくもないけど、・・・リーシェ殺し・…
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