表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【7章連載中】ループ7回目の悪役令嬢は、元敵国で自由気ままな花嫁生活を満喫する【アニメ化しました!】  作者: 雨川 透子◆ルプななアニメ化
〜7章2節〜

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

312/319

278 秘密を知る人


 リーシェが不穏当な『試み』をしていると、アルノルトは分かっていたはずだ。


 それでもリーシェを止めるのではなく、願いを叶えると誓ってくれた約束のままに、すべてを許してくれている。


(アルノルト殿下の、仰る通り)


 袖口を握り込んでいた指を、意識してほどく。


(私はこのお方の妻になる。……それは、今世における大きな武器のひとつだわ)


 求婚を受けたあの夜、妃としてアルノルトの傍にいれば、戦争の理由が分かるかもしれないと考えた。


 けれど、あのときの思考は間違いだ。

 ただ傍に居るだけでなく、ここで得られるすべてを利用しなければ、アルノルトを知ることなど出来ない。


(……揺らいだときこそ、深く息を継ぐ)


 目を閉じて、かつての人生の戦いで学んだことを思い浮かべた。


(胸を張り、堂々と、誇りを持って姿勢を正す。敵を真正面から見据えて、そして)


 深呼吸のあと、リーシェは改めて顔を上げる。


(――自分自身を欺くほどに、完璧な笑みを!)

「…………」


 リーシェが挑むように笑ったその瞬間、アンスヴァルトの双眸が、ほんの僅かに眇められた。


(私が知る限り、アルノルト殿下が最も強い感情をお見せになるのは、お父君に関することだわ)


 アルノルトは過去の人生で、父を殺して皇帝になる。


 その父殺しそのものは、恐らくアルノルトの最終目的ではないだろう。それでも大きな転機であり、戦争の未来と結び付いたものであるはずだ。


(全部を思考の材料にするの。アンスヴァルト陛下のもたらす全ては、この人生でなければ得られない情報)


 そしてリーシェの挑発は、間違いなく皇帝の感情を揺らしたのだ。


(余裕のある振る舞いを保ってはいらしても、はっきりと私を牽制なさったわ。やはりこのお方は、アルノルト殿下が自分の血を強く引いている存在と見ることに、固執していらっしゃる)


 リーシェはアルノルトのことを見上げ、最初に、心からの気持ちを告げた。


「嬉しいです。アルノルト殿下」

「…………」


 その上で、改めて強く願うのだ。


(私はどうしても、あなたの未来を美しく、幸福に満ち溢れたものにしたい)


 彼の戦争を止めるためには、過去の人生すべてだけではなく、今世で得たものも武器にしてゆく必要がある。


「……とはいえ。私が、この偉大なるガルクハインの妃として、いまだ至らぬ身であることは間違いございません」


 胸元にそっと右手を当てて、表面だけはしとやかに微笑む。


(先ほどの『揺さぶり』が、アンスヴァルト陛下の本心かは分からないわ。私へのお仕置きに、駆け引きを仕掛けられた可能性だってある)


 この皇帝が、真実だけを口にするとは限らないのだ。


(いま考慮するべき最大は、先ほどの言葉を、アルノルト殿下にお伝えになった意図)


 リーシェは再び、アンスヴァルトを見上げた。


(『アルノルト殿下が幼い頃に出会った誰か』が、この父子にとって何らかの意味を持つんだわ。私と――誰よりも、アルノルト殿下に釘を刺すため)


 だからこそ、さらに一歩玉座へと進み出る。恐れを知らない、無邪気な令嬢の顔をしたままで。


「ですから、お願いしたいことがございます。お義父さま」


 肘掛けに頬杖をついたアンスヴァルトが、何も言葉を発さないまま、面白がるように口の端を上げた。


(私がアンスヴァルト陛下に接触できる機会は、それほど多くない。この謁見で得るべきは、それを増やす足掛かりとしての、このお願いだと思っていたけれど……得られるものは、それだけではなさそうだわ)


 これは、リーシェにとっての好機だ。


(アンスヴァルト陛下にとても近しく、アルノルト殿下の『幼い頃』を知る可能性もあるお方が、この皇城にはいらっしゃる)


 リーシェは微笑みをまた深め、進言した。


「この国の妃としての、薫陶を賜りたく。そうして一日でも早く、皇室の皆さまのお役に立てるよう……是非とも、ご指導いただきたいのです」


 わずかに首を傾げると、珊瑚色の髪がふわりと揺れる。

 そして、自身をまだ皇太子妃として認めていないであろう皇帝に向けて、はっきりと願った。


「――お義父さまの正妃であらせられる、フロレンツィア妃殿下に」

「………………」


 アンスヴァルトが、僅かに皺の刻まれたその目を、ゆっくりと細める。

 ガルクハイン皇妃フロレンツィアは、皇帝アンスヴァルトの、今となってはたったひとりの妃だ。


 ガルクハインでは皇帝のみが、複数の妻を取ることを認められている。かつてのアンスヴァルトは、敗戦国から人質としての花嫁を多く娶り、主城からのみ辿り着ける塔へと閉じ込めた。


 その中でも、正妃であるフロレンツィアだけが、いまも存命であるただひとりの人物なのだ。


(ガルクハインに戦争で渡り合える強国は、世界で三ヶ国。そのうちの一ヶ国の、王女だったお方)


 人生を幾度も繰り返し、未来を知っているリーシェですら、フロレンツィアの情報は数少ない。


(表舞台に出ないよう、息を潜めていらしたはずのテオドール殿下とは違うわ。……クーデターによって殺された皇帝の妃であり、大国の王族の血を引くはずの人物の処遇が、その後の噂にすら聞こえてこなかった)


 この国に来てから知った仔細を、心の中で思い浮かべる。


(アルノルト殿下のご弟妹は、みんなお母さまの違う異母兄弟。フロレンツィア妃殿下は、どなたの母君でもないけれど……いまから十五年ほど前に嫁いでいらして、ご存知のはず)


 リーシェは振り返り、もう一度、自身の夫となる男に微笑む。


(四歳の頃の、『幼い』アルノルト殿下を)


 そうしてそこに、大きな秘密が隠れているかもしれないのだ。


(少なくともアンスヴァルト陛下の視点から見て、アルノルト殿下への警告になり得る事柄。それを知る糸口になるお方と、約束を取り付けられるのであれば……)


 リーシェは、静かにこちらを見据えるアルノルトに向けて、明るくねだった。


「賛成して下さいますか? アルノルト殿下」

「――――……」


 海の色をした瞳が、リーシェのことを確かめる。

 すべてを見透かすようなまなざしは、やがてリーシェの双眸から外れ、玉座の方へと向けられた。そして、赤の他人と変わらない呼称で、実の父を呼ぶ。


「陛下」

「…………ははっ!」


 昏く笑ったアンスヴァルトは、まるでリーシェを試すかのようにこう言った。


「そうだな。あれも、くだんの店で宝石を買う方法を、さぞかし知りたがっていることだろう」

(宝石……ひょっとして)


 その上で、許しを下すのだ。


「フロレンツィアに、良くしてやれと伝えておこう」

「……ありがとうございます、お義父さま!」


 まずは、ひとつめの仕掛けの成立だ。


X(Twitter)で次回更新日や、作品の短編小説、小ネタをツイートしています。

https://twitter.com/ameame_honey


よろしければ、ブックマークへの追加、ページ下部の広告の下にある★クリックなどで応援いただけましたら、とても励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
果たしてアルノルトが父王を殺す日が来るのか?
舅の次は姑と面会、次は義妹かな? ガルクハインと戦争で渡り合える強国の三ヶ国 ハリル・ラシャ以外での一つが出てきた! 残りの一ヶ国も待ちどうしい。
さて義母はまともな人間か壊れた人形か
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ