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【7章連載中】ループ7回目の悪役令嬢は、元敵国で自由気ままな花嫁生活を満喫する【アニメ化しました!】  作者: 雨川 透子◆ルプななアニメ化
〜7章1節〜

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267 妙な気配に満ちています!


 黒色の軍服姿に着替えたアルノルトが、石造りの階段を降りてくる。しかし、リーシェが感じ取ったのは、アルノルトのものではない。

 急いで彼に駆け寄って、テオドールを心配させないように囁く。


「殿下。こちらの妙な気配……」


 リーシェにすら察知できるような気配を、アルノルトが読んでいないはずもない。

 だというのに、青い瞳はこちらを見下ろして、静かに告げるのだ。


「すぐに終わる」

「……?」


 アルノルトはそのまま何も答えず、庭園の奥にある展望台へと歩を進めた。

 リーシェは口を噤み、太ももに隠した短剣をいつでも抜けるように覚悟しながら、ぱたぱたとアルノルトの背中を追う。


 そして、アルノルトに並んで見下ろした城内の光景に、息を呑んだ。


「――あれは」


 ガルクハインの皇城は、主城が最も高い位置にある階段状の造りをしている。

 この庭園は皇城の中腹に据えられているため、展望台からは皇都だけではなく、皇城の最下層である訓練場なども一望することが出来るのだ。


 その外周の一画に、数十人の見慣れない影がある。

 彼らは明らかに兵だった。だが、白を基調とした煌びやかな布の衣服は、ガルクハインの騎士が纏うものではない。


「砂漠の国、ハリル・ラシャの軍隊」


 かつての人生で親しんだ国の、王宮兵だ。

 そんな彼らが、各々に湾刀を武器として携え、木々や城壁などの死角に散っている。これが意味することは、明白だ。


「どうしてガルクハイン皇城で、戦の陣立を……!?」


 戦場で見た炎の光景が、脳裏を過ぎった。


(戦争。いいえ、だとしたら)


 アルノルトが前線に出ることなく、リーシェの傍にいることは有り得ない。答えを求めて彼を見上げれば、落ち着いた声音が返ってくる。


「――本来なら、こんな『訓練』など意味も無い」

「!」


 アルノルトの言葉に、リーシェはすぐさま理解した。


(これは、ハリル・ラシャの兵と行う演練なのだわ。だから、軍隊が動いているのに殺気はない、妙な空気が……)

「近衛騎士に、他国の兵と剣を交える機会を与える程度のものだ。だが」


 青い瞳を僅かに眇め、アルノルトが一点を真っ直ぐに見据えた。


「あの男にとっては、そうではないらしい」

「…………」


 心の底から面倒に感じているような、そんな冷たい声音が紡ぐ。

 そしてリーシェも、数十人の兵たちを率いてその先頭に立つ、ひとりの男性に目を向けるのだ。


『――私ね。商人になってから、生まれて初めて「将来の夢」が出来たの』


 男が身に着けたハリル・ラシャの伝統衣装は、白い絹糸で織られた生地がふんだんに使われた、華やかな造りだ。


『へえ。そいつはなんだ?』


 詰襟の軍服にも似た形を基調にしながらも、その上衣の裾はマントのように長く、砂丘のなだらかなラインを思わせる。


 肩口から流れ落ちる飾り布は、見た目にも優雅で洗練された印象を与えるが、砂や陽射しを遮る防護にも使えるものだった。


 裏地には特別な染色技術が用いられ、表の眩い白とは裏腹に、鮮やかな赤の紋様を描き出している。


『世界中にある、すべての国に行ってみたい』


 美しい褐色の肌を彩るのは、黄金を用いた装身具と、彼が好んでいる宝石の数々だ。


 リーシェは商人だった人生で、たくさんの宝石を彼に届けた。

 一番の取引先とも言えたこの客は、いつしかリーシェの親しい友人となって、たくさんの言葉を交わすまでになったのである。


『自分の足で街を回って、市場を見て、そこで生きてる人の笑っている顔を見てみたいわ!』

『…………』


 かつてのリーシェは、砂漠に沈む夕陽を前にそう告げた。

 そのとき、男は人好きのする笑みを浮かべたまま、こう言ったのだ。


『……ならば俺は、お前から見たこの国を、世界中の何処よりも価値のある国にしよう』

『?』


 かの国では太陽とたとえられる赤い瞳に、強い意志の光が宿っていたことを、リーシェは今でも覚えている。


『何処に行かなくとも、全てがこのハリル・ラシャにあると。……他の世界など必要ない、そう思わせるほどの大国に育て上げ、お前の心をこの地へと惹き付ける』

『ふふっ。なあに、それ!』


 眩いほど鮮やかな銀糸の髪。

 前髪を中央で分け、はっきりと顕になった形の良い眉は、好戦的な印象を他者に与える。


 それでいて気品を損なわないのは、彼の所作が豪胆かつ優美であることや、放たれる品格ゆえだろうか。


 瞼のラインが上向きに跳ねた目は、まなじりにほんの少し赤色の化粧が施されていて、彼の持つ神秘的な精悍さを強調している。


『待っていろ。リーシェ』


 その光景を思い出しながら、それを決してアルノルトに悟られないよう、リーシェは眼下の王を見下ろした。



『それこそ、俺がお前に贈る、世界で最も大きな宝石だ』



 過去の人生と変わらない彼の双眸が、真っ直ぐにアルノルトを見据えているのが、よく分かる。



(――――ザハド)



 リーシェが彼のことをそう呼び捨てると、ザハドはいつも、嬉しそうに笑った。



 かつての親友とも呼べた王は、その口元に不敵な笑みを浮かべ、湾刀をゆっくりと鞘から抜くのだ。

 そうして宣戦布告のように、剣先をアルノルトへと突き付ける。


「……アルノルト殿下」

「一度、テオドールを連れて下がっていろ。こちらの騎士と奴の兵は、大半が相討ちになるだろうが――」


 凪いだ海のようなアルノルトの双眸に、ほんの僅かな殺気が混じる。


「あの男だけは、俺の居るこの庭園に辿り着く」

「…………」





***




「待ち侘びたぞ。アルノルト」


 ハリル・ラシャの王ザハドは、上方の庭園から見下ろす『宿敵』を見据え、くっと笑って目を細めた。


(あれが、アルノルトの選んだという……)


 八の月の日差しが逆光となり、女性の姿ははっきりと見えない。

 けれども『彼女』はアルノルトに対し、何かを告げたようだ。かと思えば、ぱっと何処かに駆け出して、ザハドからは姿が見えなくなってしまう。


(無理もない。演練といえど、こうした戦いを眺めることなど、ご令嬢にとっては恐ろしく映るものだろうからな)


 あまり長引かせるつもりはない。訓練場に配置された近衛騎士たちの数から見て、アルノルトも同じ考えだろう。


「……どれ」


 ザハドは朗々と声を張り、自らの兵に告げる。


「婚儀の前の景気付けだ。――盛大に、打ち合ってやろうではないか!」


 ハリル・ラシャの王宮兵たちが、ガルクハインの騎士へと斬り掛かる。


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― 新着の感想 ―
早速投票してきました。 父帝もお名前と共についに本格登場でしょうか。楽しみにしています。
ザハドはこの時点で既に王なんやなあ・・・若いな
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