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3 私を殺したひと

 

「うわ……」


 とんでもない美形がそこに立っていた。


 通った鼻筋や、冷酷そうな薄いくちびる。細身だけれど、引き締まり、服の上からでも筋肉の均整が取れていることが分かるその体格。

 漆黒に近い黒髪は、耳やうなじに少しかかる程度の長さであり、毛先が跳ねていて柔らかそうだ。


 どこもかしこも整った外見だが、何より印象的なのは、彼の持つその青い瞳である。


 切れ長で涼しげな彼の目は、刃のように鋭い光を帯びていた。


 透き通っていて綺麗なのに、とても冷たい色合いだ。

 その瞳に影を落とす長い睫毛が、彼の持つ容姿の完璧さを際立たせている。


 まるで一種の芸術品だ。

 見ているだけで眩暈がしそうなほどに、とても美しい男だった。


(……あっ)


 だが、リーシェはふと気が付く。

 一方の黒髪の男は、冷めた目でリーシェを見下ろすと、ふんと鼻を鳴らした。


「随分な勢いで突っ込んできたな。猪でも出たかと思った」


 初対面の人間に失礼な物言いだが、リーシェにとってはそれどころではない。そもそもリーシェとしては、これが彼との初対面でもなかった。


「こんな所で何をしている。ホールでは夜会の……」

「あああああーーーーーーっ!!!」

「!?」


 突然大声をあげたリーシェに、男は身を引いた。

 咄嗟に体が動いたらしく、帯びていた剣の柄に右手を置いている。


「……なんだお前は。ただの令嬢にしか見えない割に、妙な殺気を……」

「皇帝アルノルト・ハイン!!」


 リーシェの叫んだ言葉に、黒髪の男アルノルトは目をみはる。

 妙な殺気も出るというものだ。だってリーシェはつい最近、この男と剣を交えた。


 そしてほかならぬ彼に殺され、六度目の人生を終えたのだ。


(この人も、今夜の夜会に呼ばれていたのね……)


 考えてみれば、納得のいく話だ。

 アルノルトは、ここからそう遠くない軍事国家の皇族である。この国とはかつて戦争をしていたが、いまは表面上の和平を結んでおり、時折交流しているのだ。


 リーシェの元婚約者である王太子は、このあと自分が惚れ込んだマリーを新たな婚約者として発表するはずだ。

 庶民の娘であるマリーのため、周辺諸国にもお披露目しようと、王太子が事前に手を回していたのだろう。


 アルノルトは、興味深そうにリーシェを眺めた。


「俺を、知っているのか。この国に来たのはこれが初めてだが」

(まずいわね……)


 内心で焦り、笑顔でごまかす。


 アルノルトの祖国である皇国・ガルクハインは、『力がなければ皇族にあらず』の風潮で、弱ければ皇位継承権を持っていようと淘汰される。


 そんな軍事大国で、ここにいるアルノルトはいまから五年後、他国を侵略して回るのだ。

 一度目や二度目の人生も、三度目や四度目もそうだった。五度目でもやはりそうなって、六度目はリーシェ自らその戦地に立った。


(でも、出来れば敵に回したくなんてなかったのよね)


 アルノルトは皇帝でありながら、かの国で最も剣の腕が立つ男でもある。

 そして彼の恐ろしいところは、剣術だけでなく軍略にも秀でているところだ。


 こうして対峙してみると、なんだか色々と見透かされているような気がする。そういえば、戦場で剣を交えたときも、刃越しに重なる視線を厄介に感じたものだ。


(なにか、それらしい言い訳をしなくては)


 リーシェはすっと右足を後ろに引き、ドレスをつまんで、ゆっくり腰を落とす礼をした。


「わたくし、リーシェ・イルムガルド・ヴェルツナーと申します。お目に掛かるのは初めてですが、あなたさまのお噂はかねがね」


 すると、アルノルトは何かを楽しむように口の端を上げる。


「まるで、一流の剣士のような足さばきだな。体の軸にまったくブレがない」

「とんでもない。国賓である殿下に失礼がないよう、精いっぱいご挨拶させていただきました」

「俺のことを、『皇帝』と呼んだが」


 その言葉に、リーシェは失態を悟った。


「父は存命であり、俺はまだ皇太子の身の上だ。――なぜ、そんな勘違いをした?」

「えー……っ、と……」


 まずい。

 大変にまずい失敗だ。もしかしてこれは、未来を知っていると感付かれただろうか。いいや、さすがにそれは考えすぎか。


 などと色々考えているうちに、リーシェは自分の過ちに気が付いた。


(……誤魔化す必要なんて、ないんじゃないかしら?)


 別に、今後二度と会うことはないであろうアルノルトからどう思われたっていいではないか。


 殺されたことに対して思うところはあるが、いまここにいるアルノルトに文句を言っても仕方がない。


 皇帝呼ばわりしたのは無礼でも、リーシェは今夜中に国外追放される。この失言が国交に影響することはないだろう。


 一度そう考えてしまえば、いまやるべきことはひとつだ。

 リーシェは深呼吸のあと、改めてアルノルトに頭を下げる。貴族の令嬢の礼ではなく、主人に詫びる時の侍女のお辞儀で。


「申し訳ありません、皇太子殿下。慌てていたとはいえ、大変失礼な言い間違いをいたしました」


 そして顔を上げる。


「ですがわたくし、元婚約者に婚約破棄されて大忙しですので。申し訳ありませんが、これにて!」

「……婚約破棄?」


 リーシェはドレスの裾を翻して、そこから再び走り出した。


 思わぬところで時間を食ってしまったが、急がなくては。リーシェはバルコニーのドアを押し開き、ドレスの裾をまくった。

 脱いだ靴を手に、そのまま近くの木に移ろうとしたものの、ここから地上は案外近い。


(あれ!? これ、いけるんじゃない? 木に飛び移ろうと思ったけれど……この二階の高さなら、ここから庭に飛び降りられる!!)


 そう判断したのと、体が動いたのはほとんど同時だ。

 手すりを越えた瞬間、ずっと黙ってこちらを眺めていたアルノルトが目を見開く。


「っ、おい……」


 リーシェは、月色のドレスをふわりとなびかせて、バルコニーから飛び降りた。


挿絵(By みてみん)

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