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番外編 アルノルトをまた寝かし付けたいリーシェのお話(『このラノ』ルプなな7位お礼小説)

このライトノベルがすごい!2025にて、ルプななが単行本・ノベルス部門7位となりました!

皆さまの投票、応援のお陰です。本当に本当にありがとうございます……!

引き続き、全力で楽しみながら頑張ります!!

 運河の街から皇都へと戻る馬車の中、リーシェはとても心配だった。


(アルノルト殿下はどうしたら、もっと眠ってくださるのかしら?)


 何しろ傷が治りきっていないのに、アルノルトはちっとも休んでくれない。当たり前のような顔で書類を読み、馬車の揺れを意にも介さずにペンを走らせて、淡々と公務をこなしている。


 ベゼトリアの街を出発してから、ほんの僅かに仮眠を取ったときを除き、ずっとこの調子だ。

 アルノルトの従者のオリヴァーは、馬の休憩中に別の馬車から降りてくると、すべてを察したような表情で言い切った。


「もはやリーシェさまだけが頼りです。我が君が無茶をなさるようでしたら、どんな手段を使ってでも止めていただければと」

「オリヴァーさま……! さ、さすがにそのような訳には……!」


 リーシェたちが馬車の外でやりとりをする間も、アルノルトは一向に変わらなかった。


 元より急ぎの旅程であるため、早々に出発の時間になる。

 乗り込んだ馬車が動き出し、随分と時間が経った。摘んだ薬草の下処理が終わる頃、リーシェはアルノルトに話し掛けてみる。


「……アルノルト殿下」

「なんだ」


 一見すれば素っ気ないものの、声音はとても穏やかだ。けれども視線は書類に落ちたまま、リーシェのことを見てはくれない。


(殿下に休息を促すために、また『悪妻』になってみるとしたら……)


 膝の上に広げていたハンカチに薬草を包んで片付けると、思い付いた我が儘を口にしてみる。


「殿下がお喋りしてくださらないと、退屈です。皇都に着くまで、私のことを構ってください」

「――公務をしていても会話は出来る。話したいことがあるなら、お前のしたいように話せばいい」

「お、お仕事の邪魔をしたいのではなく!」


 確かに相手はアルノルトだ。リーシェと政治や経済の話をしながらでも、無関係の書類をこなすことは容易だろう。


(お怪我をさせてしまったあの日から、もう何度も殿下と攻防しているのに。毛布でくるむ作戦も失敗、私に悪戯をしていただくことでお仕事を中断という手段も失敗。昨日は私に凭れて眠って下さったから、安心したけれど)


 リーシェは正攻法として、本来の目的を口にすることにした。


「殿下。どうかそんなにお仕事をなさらないでください、お体の傷に障ります」

「もう治った」

「そんな、小さな子供が駄々を捏ねるみたいに……!」


 いくら『女神の血』が回復を早める可能性があったとしても、完全に治癒されたりはしない。

 そもそもアルノルトの傷が現状どうなっているのかは、リーシェが当人よりもよく知っている。


(こんなに困った患者さんなのに、少し可愛いのはずるいわ。……だったら、私だって……)


 先ほどアルノルトの右腕たるオリヴァーから、『どんな手段を使っても』と許可が出たことを思い出した。


「では……」


 背筋を正して意を決し、リーシェは真っ直ぐアルノルトにねだる。


「私のお膝に寝てください、アルノルト殿下!」

「――――――は?」


 青色の瞳が、ようやくリーシェの方を見た。


「殿下なら、私のおねだりを叶えてくださいますよね?」

「待て。一体何を言っている?」

「どうしても、今すぐ膝枕をしたいのです。アルノルト殿下に」

「……」


 そう告げると、アルノルトが怪訝そうに眉根を寄せる。


(殿下のためにというお願いは、恐らく聞いてはいただけないわ。突破口があるとしたら、『私のために』という口実のはず)


 リーシェはアルノルトのシャツの袖を、促すようにつんっと引いた。


「『あらゆるすべてを叶えると誓う』と、求婚のときに約束して下さいました」

「…………」

(それから、私にくっついて眠れば夢見が悪くないと、ドマナ聖王国で仰っていたわ)


 短い休息を取るのであれば、少しでも効率を良くするべきだ。

 狭い馬車の中、リーシェに触れた状態で横になって休むとなれば、膝枕が最適解である。


「――お願い。殿下」

「………………」


 リーシェが更にシャツを引けば、アルノルトは大きな溜め息をついた。

 何かを諦めたかのように、手にしていた書類の束をまとめる。そして、座席での姿勢を変えた。


「!」


 アルノルトの頭が、ぽすんとリーシェの膝に乗る。


(…………っ)

「……お前は」


 少しだけ呆れた響きを帯びながらも、やはりその声はやさしいものだ。


「俺にねだることの内容を、常々大幅に間違っている」

「そ……そのようなことは、ありません」


 慌ててそんな風に答えながらも、心臓が早鐘を打ち始める。


「お諌めするような形では、殿下が聞いてくださらないから悪いのです」

「は。――それは、俺を叱っているのか」

「そういう、ことではなく」


 リーシェに叱られることに興味を示すアルノルトの、その問い掛けを否定する。受け答えが疎かになってしまうのは、内心の動揺が大きいからだった。


(膝枕なら、以前経験したことがあるから、平気だと思っていたのに……)


 膝に感じるのは、アルノルトの頭の重みだ。

 伝わってくる体温からも、どれほど近くにいるのかを改めて感じ、どんどん頬が火照っていくのを感じた。


(……どうして初めてのあの時より、ずっと恥ずかしくて緊張するの……!?)


 思わず両手で顔を覆いたくなるのを、気付かれないように我慢する。すると、アルノルトがこちらに手を伸ばした。


「ひわ……っ!?」


 彼の指先が、リーシェの頬に柔らかく触れる。


「んん……っ」

「――――……」


 そうされたことに驚くと同時に、くすぐったくて身を竦めた。

 アルノルトはいつかの夜のように、やさしく輪郭へと触れてくるのだ。親指でふにっとくちびるを押されて、リーシェは淡く吐息を零す。


(まるで、口付けをする前のような……)


 そこまで想像しそうになったところで、はっと気が付いて我に返った。


「……っ、もう、これ以上は駄目です……!」

「――――……」


 アルノルトの手首を柔らかく掴んで、抗議と共に離してもらう。


「私に、このような悪戯をなさっている場合ではなく!」

「ほう?」


 アルノルトと片手を繋いだ上で、リーシェは空いている右手の方を、アルノルトの頭にそっと置いた。


「どうか、このままお休み下さい。……殿下の頭を撫でていても、いいですか?」

「…………」


 幼な子のような扱いだと、いつかのように言われるだろうか。

 けれども瞑目したアルノルトは、リーシェのそんな振る舞いに対し、すっかり慣れたという様子でこう答える。


「お前にねだられたことを、断りはしない。――俺の妻になってもらうための、条件だからな」

「……ふふっ」


 今はもう、そんな条件など聞いてもらえないことになったとしても、リーシェはアルノルトの花嫁になりたい。


 そのことを口にはしない代わりに、心の中でそっとねだる。


(――どうか私の旦那さまが、穏やかな夢を見られますように)


 そんな祈りを捧げながら、リーシェはアルノルトの黒髪を、ゆっくりと撫で続けるのだった。


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