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【7章連載中】ループ7回目の悪役令嬢は、元敵国で自由気ままな花嫁生活を満喫する【アニメ化しました!】  作者: 雨川 透子◆ルプななアニメ化
〜6章〜

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260 強さ

あけましておめでとうございます!


★★ルプななアニメ放送まであと1週間★★


今年もアルリシェをよろしくお願いします!


 リーシェの声が震えたのは、アルノルトの顔を見られた安堵からだけではない。


 助けに来てくれたのだと分かっている。それでも数日前に負わせてしまった怪我のことが心配でたまらず、我が儘のようなことを口にしてしまった。


「殿下はいらっしゃらないで下さいと、お願いしたのに……!」

「承服しないと俺も言った」

「……っ」


 アルノルトはそう言いながら、リーシェを彼の方に抱き寄せる。

 直後に強い揺れに襲われて、なるべくアルノルトに負担を掛けないよう身構えた。すぐさま体勢を立て直したリーシェに、アルノルトが手にしていたものを渡してくれる。


「!」


 それは、リーシェのための弓矢と剣だ。

 剣は二本あり、もう一本はヨエルの分だろう。閉所ではない甲板で戦うならば、舶刀よりも攻撃範囲の広い剣が有利だ。


「ありがとうございます、殿下!」


 リーシェがどんなときに何を欲しがるか、アルノルトは理解してくれている。

 船乗りたちは突然現れたアルノルトを睨み、襲い掛かろうとした。


「くそ! なんだてめえ、は――――……っ!?」


 怒鳴り声が途切れたのは、声の主が倒れたからだ。アルノルトは冷ややかなまなざしを敵に向けたあと、ヨエルを見遣る。


 ふらついて立ち上がったヨエルは、浅い呼吸を繰り返しながらも、重心を低くして強く剣を握り込んだ。敵がヨエルに剣を振りかざすが、ヨエルはすぐさまそれを躱して斬り返す。


(この状況下なのに、ヨエル先輩の剣速が上がっている……!?)


 ヨエルの身のこなしを見たアルノルトが、ほんの僅かに目を眇めた。


「ヨエルさま、こちらを!」

「……っ」


 リーシェが投げ渡した剣を、ふらついたヨエルが頭上で受け止める。朦朧として見えるのは、気の所為ではないだろう。


「殿下! ヨエルさまは、私を助けて下さったのです。恐らくは手当てが必要で、長くは戦えません」

「この船の揺れが止まれば、近衛騎士を投下できる」


 リーシェは頷き、弓に弦を張った。ここからは帆柱に遮られ、舵を取る男たちをそのまま狙うことが出来ないものの、ヨエルやアルノルトの補佐には使える。


「――舵輪を獲るぞ」

「援護いたします。くれぐれも、ご無理はなさらないよう!」


 敵へと向かうアルノルトの傍で、リーシェは矢をつがえた。




***




(……なんで?)


 アルノルトとリーシェの姿を見たヨエルは、信じられない思いでいっぱいだった。


 先ほど強くぶつけた頭が痛み、目の前が眩んで吐き気がする。

 ただでさえ気持ちが悪いのに、船がひどく揺れて掻き回され、最悪の気分だ。


 それでもヨエルの四肢は、迫ってくる怒気や殺気に反応し、意識せずとも自然に動く。

 そんな中で視線が向いてしまうのは、ヨエルを殺そうとしている敵よりも、手を組んでいる相手の方だった。


(『アルノルト殿下』が、あの子を守ってる。……そんなことをすれば、弱くなる、はずなのに)


 だってヨエルは、身に染みて分かっている。


『――ヨエル。お前は本当に、剣の天才だとしか言いようがない』


 ヨエルがまだ幼かった頃、貴族の子供たちが剣を習うための学びの場で、指導者の騎士はそう言った。


 剣術を最初に教えてくれたのは、歳の離れた兄だ。

 子供の頃から様々なことが面倒で、眠っているばかりだったヨエルにとって、初めて『楽しい』と思えることだった。


 起きているときは常に剣のことを考え、兄が家にいるときは付き纏って、相手をしてくれるまで譲らない日々だ。

 兄は辛抱強く付き合ってくれたが、家を継ぐための勉強が本格化してきた頃に、こんなことを教えてくれたのである。


『俺の習っていた剣術指導に通ってみるか? 周りはみんな年上ばかりだけど、ヨエルならきっとついていける』


 ヨエルは姉に送り届けられ、自分より五歳も六歳も年上の『先輩』たちと剣を学んだ。

 けれども指導が始まって三日目で、数十人は居た周りの年長者たち全員に、ひとりで勝ってしまったのだ。


『ヨエル! お前、本当にすごいな!』


 先輩たちは口々に言い、ヨエルの頭を撫でてくれた。

 本当に子供だった当時の自分は、それを純粋に誇らしく感じていたと思う。


『ヨエルがこの国の騎士として、俺たちの後輩になってくれたらいいな』

『お前と一緒に戦えると考えると、いまから心強いよ』

『……せんぱいたちと、一緒に戦う……』


 ヨエルはそれが楽しみで、ますます稽古に夢中になった。


 先輩たちが休んでいるときも、ひたすら木剣を手元で振る。

 身長が伸びるかもしれないと聞いて嫌いな牛乳を飲んだり、体力をつけるために走り回ったりと、今からでは考えられない日々も過ごしたのだ。


『せんぱいたち、一緒にやる……?』


 そう尋ねると、彼らは苦笑しながら首を横に振った。


『その鍛錬は、ヨエルだから出来るのさ』

『そうそう。俺たちにはもっと、自分に合った方法がある』


 そんな言葉を素直に信じたが、手合わせの手応えは変わらない。

 それどころかヨエルが強くなるほどに、周囲は弱くなってゆくように感じた。


 差が開いたからそう感じるのではなく、彼らの動きは明確に、鈍くなりつつあったのだ。

 そして、九歳になったヨエルは理解した。

 それは、この国の騎士になるなら必要な『船上での剣』を学ぶ為に連れ出された、海の上でのことだ。


『た、助けてくれ……!!』


 沖に出た船は、海賊船に襲われた。

 こちらは戦場経験が無いとはいえ、未来の騎士を目指して剣を学んできた子息ばかりだ。けれど、ヨエルの想像していたような光景はなく、ヨエルはその場所で呆然と立ち尽くしていた。


『ヨエル、早く!!』

『………………』


 年長者たちが、泣きながらヨエルに叫んでいる。


『おい、どうしたんだよヨエル……!?』


 指導者であった引退騎士は、真っ先に刺されて意識を失っていた。

『先輩』たちはそれを助け起こすのではなく、一番小さなヨエルに剣を押し付けると、海賊たちの前に突き飛ばして言ったのだ。


『お前は天才だろ!? なあ、海賊なんてひとりで倒せるよな!?』

『…………』


 一緒に戦えるなら心強いと、そう笑ってくれたはずだった。

 けれども彼らはたった今、ヨエルだけを敵の前に押し出すと、怒りすら滲ませて声を張り上げる。


『早くお前が、俺たちのことを助けてくれ……!!』

(…………あーあ……)


 ヨエルは何も、ひとりで戦えと言われたことが悲しかったのではない。


(俺の所為で、弱くなったんだ)


 そのことを、はっきりと学んでしまった。


(強い人間が弱い人間を守ると、弱くなる。――守る方も、守られる方も)


 海賊たちはヨエルがひとりで倒し、指導者の手当てもした。

 陸に戻ってから褒められて、『俺たちのためにありがとう』と抱き締められても、もはや受け入れる気にはなれなかった。


(……俺が、あの人たちを弱くした……)


 ヨエルがここに居合わせなければ、きっと彼らは死んでいた。

 だからヨエルは、決めたのだ。


(戦うときはひとりだ。無闇に他人を気にして頼る人は、いつか本当の戦場に出たときに、あっさり死ぬ)


 誰かと一緒に戦うのは、自分よりも強い人だけにしなくてはならない。

 そうしないと、ヨエルに頼って死んでしまう。


(俺はこれ以上、剣で誰かに褒められなくていい。誰かに見えるところでの訓練も、しない。……こんな奴に命を預けられない、信用できないと思われた方が、マシだ)


 誰かと一緒に戦うことをやめると決めてから、ヨエルの剣はますます精度を増した。

 騎士に求められる連携や、陣形を組んで動く『正しい剣術』が、元々合わなかったのだろう。


(強い人は、弱い人が足手纏いで弱くなる。弱い人も、強い人に依存して弱くなる)


 そのはずだったのだ。

 けれどもいま、船上で戦うアルノルト・ハインとリーシェの姿は、ヨエルの考えとまったく違っていた。


(守りながら戦っているのに、アルノルト殿下はどうして強いの?)


 信じられない思いにぐらぐらと揺れながら、ヨエルも目の前の敵を斬り伏せる。

 アルノルトだけではない。リーシェだって、先ほどまでよりも背筋を伸ばし、安定した振る舞いで矢をつがえて海賊を倒していた。


(あの子も。ひとりで戦っているときの足音よりも、ずっと強い)


 頭を打った吐き気を押し殺しながら、ヨエルは目を眇める。


(それに。……俺と一緒に戦っていた時よりも)


 アルノルトと共にいるリーシェは、ヨエルにもはっきりと分かるほどに、凛とした強さを纏っていた。



ルプなな書籍6巻、発売中です!

6章ラストまでが収録されています。(書籍が先行となりますが、1月10日以降に小説家になろう様でもお読みいただくことができ、規約上問題ないことを事前確認済みです!)



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