260 強さ
あけましておめでとうございます!
★★ルプななアニメ放送まであと1週間★★
今年もアルリシェをよろしくお願いします!
リーシェの声が震えたのは、アルノルトの顔を見られた安堵からだけではない。
助けに来てくれたのだと分かっている。それでも数日前に負わせてしまった怪我のことが心配でたまらず、我が儘のようなことを口にしてしまった。
「殿下はいらっしゃらないで下さいと、お願いしたのに……!」
「承服しないと俺も言った」
「……っ」
アルノルトはそう言いながら、リーシェを彼の方に抱き寄せる。
直後に強い揺れに襲われて、なるべくアルノルトに負担を掛けないよう身構えた。すぐさま体勢を立て直したリーシェに、アルノルトが手にしていたものを渡してくれる。
「!」
それは、リーシェのための弓矢と剣だ。
剣は二本あり、もう一本はヨエルの分だろう。閉所ではない甲板で戦うならば、舶刀よりも攻撃範囲の広い剣が有利だ。
「ありがとうございます、殿下!」
リーシェがどんなときに何を欲しがるか、アルノルトは理解してくれている。
船乗りたちは突然現れたアルノルトを睨み、襲い掛かろうとした。
「くそ! なんだてめえ、は――――……っ!?」
怒鳴り声が途切れたのは、声の主が倒れたからだ。アルノルトは冷ややかなまなざしを敵に向けたあと、ヨエルを見遣る。
ふらついて立ち上がったヨエルは、浅い呼吸を繰り返しながらも、重心を低くして強く剣を握り込んだ。敵がヨエルに剣を振りかざすが、ヨエルはすぐさまそれを躱して斬り返す。
(この状況下なのに、ヨエル先輩の剣速が上がっている……!?)
ヨエルの身のこなしを見たアルノルトが、ほんの僅かに目を眇めた。
「ヨエルさま、こちらを!」
「……っ」
リーシェが投げ渡した剣を、ふらついたヨエルが頭上で受け止める。朦朧として見えるのは、気の所為ではないだろう。
「殿下! ヨエルさまは、私を助けて下さったのです。恐らくは手当てが必要で、長くは戦えません」
「この船の揺れが止まれば、近衛騎士を投下できる」
リーシェは頷き、弓に弦を張った。ここからは帆柱に遮られ、舵を取る男たちをそのまま狙うことが出来ないものの、ヨエルやアルノルトの補佐には使える。
「――舵輪を獲るぞ」
「援護いたします。くれぐれも、ご無理はなさらないよう!」
敵へと向かうアルノルトの傍で、リーシェは矢をつがえた。
***
(……なんで?)
アルノルトとリーシェの姿を見たヨエルは、信じられない思いでいっぱいだった。
先ほど強くぶつけた頭が痛み、目の前が眩んで吐き気がする。
ただでさえ気持ちが悪いのに、船がひどく揺れて掻き回され、最悪の気分だ。
それでもヨエルの四肢は、迫ってくる怒気や殺気に反応し、意識せずとも自然に動く。
そんな中で視線が向いてしまうのは、ヨエルを殺そうとしている敵よりも、手を組んでいる相手の方だった。
(『アルノルト殿下』が、あの子を守ってる。……そんなことをすれば、弱くなる、はずなのに)
だってヨエルは、身に染みて分かっている。
『――ヨエル。お前は本当に、剣の天才だとしか言いようがない』
ヨエルがまだ幼かった頃、貴族の子供たちが剣を習うための学びの場で、指導者の騎士はそう言った。
剣術を最初に教えてくれたのは、歳の離れた兄だ。
子供の頃から様々なことが面倒で、眠っているばかりだったヨエルにとって、初めて『楽しい』と思えることだった。
起きているときは常に剣のことを考え、兄が家にいるときは付き纏って、相手をしてくれるまで譲らない日々だ。
兄は辛抱強く付き合ってくれたが、家を継ぐための勉強が本格化してきた頃に、こんなことを教えてくれたのである。
『俺の習っていた剣術指導に通ってみるか? 周りはみんな年上ばかりだけど、ヨエルならきっとついていける』
ヨエルは姉に送り届けられ、自分より五歳も六歳も年上の『先輩』たちと剣を学んだ。
けれども指導が始まって三日目で、数十人は居た周りの年長者たち全員に、ひとりで勝ってしまったのだ。
『ヨエル! お前、本当にすごいな!』
先輩たちは口々に言い、ヨエルの頭を撫でてくれた。
本当に子供だった当時の自分は、それを純粋に誇らしく感じていたと思う。
『ヨエルがこの国の騎士として、俺たちの後輩になってくれたらいいな』
『お前と一緒に戦えると考えると、いまから心強いよ』
『……せんぱいたちと、一緒に戦う……』
ヨエルはそれが楽しみで、ますます稽古に夢中になった。
先輩たちが休んでいるときも、ひたすら木剣を手元で振る。
身長が伸びるかもしれないと聞いて嫌いな牛乳を飲んだり、体力をつけるために走り回ったりと、今からでは考えられない日々も過ごしたのだ。
『せんぱいたち、一緒にやる……?』
そう尋ねると、彼らは苦笑しながら首を横に振った。
『その鍛錬は、ヨエルだから出来るのさ』
『そうそう。俺たちにはもっと、自分に合った方法がある』
そんな言葉を素直に信じたが、手合わせの手応えは変わらない。
それどころかヨエルが強くなるほどに、周囲は弱くなってゆくように感じた。
差が開いたからそう感じるのではなく、彼らの動きは明確に、鈍くなりつつあったのだ。
そして、九歳になったヨエルは理解した。
それは、この国の騎士になるなら必要な『船上での剣』を学ぶ為に連れ出された、海の上でのことだ。
『た、助けてくれ……!!』
沖に出た船は、海賊船に襲われた。
こちらは戦場経験が無いとはいえ、未来の騎士を目指して剣を学んできた子息ばかりだ。けれど、ヨエルの想像していたような光景はなく、ヨエルはその場所で呆然と立ち尽くしていた。
『ヨエル、早く!!』
『………………』
年長者たちが、泣きながらヨエルに叫んでいる。
『おい、どうしたんだよヨエル……!?』
指導者であった引退騎士は、真っ先に刺されて意識を失っていた。
『先輩』たちはそれを助け起こすのではなく、一番小さなヨエルに剣を押し付けると、海賊たちの前に突き飛ばして言ったのだ。
『お前は天才だろ!? なあ、海賊なんてひとりで倒せるよな!?』
『…………』
一緒に戦えるなら心強いと、そう笑ってくれたはずだった。
けれども彼らはたった今、ヨエルだけを敵の前に押し出すと、怒りすら滲ませて声を張り上げる。
『早くお前が、俺たちのことを助けてくれ……!!』
(…………あーあ……)
ヨエルは何も、ひとりで戦えと言われたことが悲しかったのではない。
(俺の所為で、弱くなったんだ)
そのことを、はっきりと学んでしまった。
(強い人間が弱い人間を守ると、弱くなる。――守る方も、守られる方も)
海賊たちはヨエルがひとりで倒し、指導者の手当てもした。
陸に戻ってから褒められて、『俺たちのためにありがとう』と抱き締められても、もはや受け入れる気にはなれなかった。
(……俺が、あの人たちを弱くした……)
ヨエルがここに居合わせなければ、きっと彼らは死んでいた。
だからヨエルは、決めたのだ。
(戦うときはひとりだ。無闇に他人を気にして頼る人は、いつか本当の戦場に出たときに、あっさり死ぬ)
誰かと一緒に戦うのは、自分よりも強い人だけにしなくてはならない。
そうしないと、ヨエルに頼って死んでしまう。
(俺はこれ以上、剣で誰かに褒められなくていい。誰かに見えるところでの訓練も、しない。……こんな奴に命を預けられない、信用できないと思われた方が、マシだ)
誰かと一緒に戦うことをやめると決めてから、ヨエルの剣はますます精度を増した。
騎士に求められる連携や、陣形を組んで動く『正しい剣術』が、元々合わなかったのだろう。
(強い人は、弱い人が足手纏いで弱くなる。弱い人も、強い人に依存して弱くなる)
そのはずだったのだ。
けれどもいま、船上で戦うアルノルト・ハインとリーシェの姿は、ヨエルの考えとまったく違っていた。
(守りながら戦っているのに、アルノルト殿下はどうして強いの?)
信じられない思いにぐらぐらと揺れながら、ヨエルも目の前の敵を斬り伏せる。
アルノルトだけではない。リーシェだって、先ほどまでよりも背筋を伸ばし、安定した振る舞いで矢をつがえて海賊を倒していた。
(あの子も。ひとりで戦っているときの足音よりも、ずっと強い)
頭を打った吐き気を押し殺しながら、ヨエルは目を眇める。
(それに。……俺と一緒に戦っていた時よりも)
アルノルトと共にいるリーシェは、ヨエルにもはっきりと分かるほどに、凛とした強さを纏っていた。
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