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【7章連載中】ループ7回目の悪役令嬢は、元敵国で自由気ままな花嫁生活を満喫する【アニメ化しました!】  作者: 雨川 透子◆ルプななアニメ化
〜6章〜

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258 雷



 扉の向こうにはふたりほどの気配があった。ちょうど、船乗りたちが様子を見に来たのだろう。

 こうした違法な船の船乗りは、戦闘を前提にした海賊たちで構成されていることが多い。腰には舶刀を下げていて、通常の船員たちとは違っていた。


 彼らはヨエルの姿を見て、不思議そうに立ち止まる。一体何が起きているのか認識出来ないほどに、ヨエルの動きは素早かったのだ。


「……っ!?」


 彼らの手にしたランプの灯りが、短剣の刃に反射した。

 一気に懐へと踏み込んだヨエルは、その柄頭を相手のみぞおちに叩き込む。身を低くし、体重を掛けて捩じ込むようにする、重心移動がとても上手い。


「ぐっ!!」

「なんだ、てめえは……!!」


 船乗りのひとりが倒れると共に、動転したもうひとりが剣を抜いた。けれどもその瞬間にはもう既に、呆気ない悲鳴を上げて倒れる。


「……ん」


 ヨエルはぺろりと自分のくちびるを舐め、好物を前にした子供のように目を輝かせた。


「あんまり強くなかったけど、久々の、剣だ……」

(……相変わらず、迸る雷のような剣術……)


 ヨエルの為にランプを高く掲げていたリーシェは、こくりと喉を鳴らす。

 空に走った稲妻が、一瞬で敵を蹴散らす様子を見た心境だ。一撃に重さを感じるアルノルトの剣術とはまったく違う、それでいてやはり『天才』の剣だった。


 だが、見入ってばかりもいられない。


「ヨエルさま、こちらの舶刀を!」

「!」


 ふたりの船乗りから借りた剣は、刃が三日月のように曲がったものだ。そのうちの一本をヨエルに投げて、リーシェはもう一本を自ら取る。


 短剣よりも長く、剣よりも船内の戦いに適した作りの剣は、騎士人生の訓練で使ったこともあった。

 リーシェはその柄を握り込むと、ヨエルの後ろに現れた、三人目の剣を受け止める。


「――――……」


 以前に止めたアルノルトの剣に比べれば、こんな衝撃はなんでもない。

 リーシェはそのまま刃の向きを変え、力を受け流すように相手の剣を滑らせた。


「な……っ?」


 三人目の船乗りが目を見開く。バランスを崩した男を前に、リーシェはすかさず身を屈めた。


「ヨエルさま!」

「…………」


 リーシェが合図をするまでもなく、ヨエルがとんっと床を蹴る。

 身軽に跳躍したヨエルは、鞘を抜かない舶刀を、相手の額に振り下ろした。


「があ……っ」



 ヨエルが着地するのと共に、船乗りが倒れる。リーシェは立ち上がりつつ、間近で目の当たりにした戦いに息を吐いた。


(鮮やかな動き……! さすがはヨエル先輩だわ。こうして傍で見ているだけでも、新たな学びが沢山ある)


 身のこなしの軽さと筋力が両立する体だからこその戦いだと、分かっていても憧れを抱く。けれどもそんなヨエルこそ、リーシェのことを訝しそうに眺めていた。


「……変な子」

「ヨエルさま?」

「誰かと一緒にやって、戦いやすいなんて思ったこと、ないのに」

「!」


 その言葉に、彼の『後輩』だったリーシェは嬉しくなってしまう。

 とはいえ、その感情に浸る余裕はない。


「……参りましょう。上にある気配が遠いので、甲板まではまだ何層も…………あ! お待ちくださいヨエルさま!」


 再び駆け出すヨエルを追いながら、リーシェは彼をひたすらに補佐した。

 ランプと剣を手に駆け上がり、途中で対峙した相手を失神させる。なるべく仲間を呼ばれないようにと心を砕いたものの、騒ぎが大きくなるにつれて、船乗りや船員たちが集まり始めた。


 敵が多勢になるほどに、ヨエルは瞳を輝かせる。熟練度が高い相手を見付けては、真っ先にそちらへと勝負を挑むのだ。

 ヨエルが見向きもしなかった敵は、リーシェが対処することを繰り返した。


 ヨエルの剣術には独特の拍があり、まるで舞踏のようでもあるが、リーシェならそれを把握出来ている。


「あちらの敵は私が引き付けます! ヨエルさまはどうぞ、お好きなように!」

「ケーキの苺。他よりちょっと、美味しそう……」


 明らかな手練れを前にしても、ヨエルは独特の感想を述べるばかりだ。そんな彼らしさに苦笑しつつ、リーシェは船室の扉を押し開けて、そちらに多勢を誘い出す。


「この女……!!」


 彼らはそんな風に蔑むが、狭い場所ではこちらが有利だ。

 ランプを素早くテーブルに置き、代わりに両手へ一本ずつの舶刀を握る。二本の刃を使った戦いでも、船室を荒らさないように気を付けた。


「ぐあっ!!」


 最後のひとりが倒れ込んだあと、リーシェは浅い息を吐きつつも気が付く。


「……この海図……」


 ここは日頃、航海士が船のための資料を保管する部屋なのだろう。

 壁面に張り出された一枚の海図に、リーシェは顔を顰めた。


(印の付けられた箇所。これは)


 近付いて、指で触れる。

 示されているのはコヨル国に最も近い、ガルクハイン北の港町だ。


「……シウテナ……?」


 それは、未来でアルノルトに処刑される『忠臣』ローヴァインが治める街だった。

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