表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【7章連載中】ループ7回目の悪役令嬢は、元敵国で自由気ままな花嫁生活を満喫する【アニメ化しました!】  作者: 雨川 透子◆ルプななアニメ化
〜6章〜

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

283/320

257 自由に

※本日2回目の更新となります。前話をお読みでない方は、ひとつ前のお話からご覧ください。




 ここが船内であることは、ヨエルも分かっていただろう。

 彼は「ふうん」と小さな声で呟き、まるで遊ぶかのように、鉄格子へぐりぐりと額を押し付ける。


「海や船って、そんなに戦い難いんだ」

「特殊な動きを求められますから、是非ともヨエルさまのお力を貸していただきたいのです。……とはいえ」


 鍵穴に差し込んだピンが、金属をがちゃんと弾くような感触がある。開いた檻の扉を開けたリーシェは、改めて周囲を見回した。


 女性たちが眠らされているのは、監禁中に騒がないようにするためだろうか。体力は温存出来ているかもしれないが、やはり心身の健康面が不安だった。


「まずは何よりも、この方々の救出を最優先に」

「…………」

「ヨエルさま。戦いの前に、女性たちの安全確保に少しだけご協力をいただけないでしょうか?」


 そんな風に願いながらも、聞き入れてもらえる可能性は低いと分かっている。


 後輩ではないリーシェの言葉は、きっとヨエルには届かないのだ。彼はすぐにでもこの船倉を出て、剣を抜こうとするだろう。


 ヨエルが『生きている』ように瞳を輝かせるのは、剣を扱っているときだけだ。


(私を置いて行くと、そう仰るかしら。……騎士人生の、あの頃のように)


 けれどもそのとき、ヨエルが緩やかな瞬きをして言う。


「……いいよ」

「え」


 思わず目を丸くすると、ヨエルは柱に掛けられたランプを手に取り、近くの檻の前にしゃがみ込んだ。


「俺に剣以外のことを頼む人、初めて会った」

(……そうだったかもしれないわ。だけど私には『後輩』として、ヨエル先輩に抜け道を教わったり、軽食を作っていただいた経験があるから……)


 戦場で組んでもらえることは珍しくとも、それ以外で助けてもらったことは何度もある。

 この人生のヨエルが知らなくとも、リーシェにとっては大切な記憶であり、ヨエルを心から先輩と慕える所以だ。


(もしかして、頼られて喜んでいらっしゃる?)


 これから檻を開けるリーシェのために、手元をランプで照らしてくれているのだろうか。

 一見するだけでは茶色に見えるヨエルの瞳は、光が当たると金色であるのがよく分かる。その瞳でじっとリーシェを見つめ、ヨエルは首を傾げた。


「俺、ちゃんと『待て』出来るよ。えらい?」

「……ええ」


 リーシェは微笑み、ヨエルの傍に膝をついて、よく見える鍵穴にピンを差し込んだ。


「ありがとうございます。ヨエルさま」

「……ん」


 ヨエルは貴族家の生まれで、歳の離れた兄と姉がいる。この人生では後輩として出会わなかったから、年下のリーシェに対しても、末の子の気質を全面に出してくるのかもしれない。


(……いえ。後輩としての私にも、ごく自然に甘えていらっしゃったわね)


 そんなことを懐かしく感じながら、リーシェは檻を開けた。

 女性の健康状態を確かめると、足首の縄だけ切る。それから女性の負担にならないような縛り方で、手首の縄と繋いで鉄格子に結び付けた。


「ねえ。どうして君、この人たちの縄を完全に解かずに、檻に結び直してるの?」

「これから戦闘が始まったあと、奴隷商人が女性たちを連れて逃げようとしたり、海に落としたりするのを防ぐためです」


 この街に来て最初に遭遇した奴隷船でも、彼らはアルノルトに敵わないと見た途端、女性を連れて逃げようとしていた。


「この眠りの深さからしても、起こして一緒に逃げていただくことは難しそうですし。ヨエルさま、私は残りの檻を開けて参りますので、縄の方をお願い出来ますか?」


 ヨエルの協力もあり、全員の健康確認はすぐに終えることが出来た。すぐに手当が必要な人は居ないようだが、髪や爪が荒れていて、貧血気味の傾向が見られるのが気掛かりだった。


「……お待たせしました、ヨエルさま」


 リーシェは立ち上がり、ドレスの裾に隠し持っていた短剣を手にする。


「上に参りましょう。まずは私たちでこの船の操舵を奪い、ガルクハインの船が来るまで留めます」

「――待って」


 ヨエルははっきりとした声で、リーシェを引き留めた。


「俺はこの先、ひとりで行くよ」


 そう言って、扉に向かおうとしたリーシェよりも前に出る。ヨエルは振り返り、リーシェからランプを受け取りながら言った。


「君は俺よりも弱いけど、俺は君のことを守りながら戦わない」

「……ヨエルさま」

「だから」


 扉に手を掛けたヨエルが、リーシェを一度だけ振り返る。


「君はここで、女の子たちを守るために残ってたら?」

「…………私は」


 リーシェが答えようとしたのを、ヨエルが遮った。


「分かってるよ。お互いに協力して、手を取り合って進むべきだって言うんでしょ」


 恐らくヨエルは、何度もそう言われてきたのだろう。

 戦場で連携を取って戦うことも、騎士が作戦通りに動くことも、勝利のためには必要だ。騎士の人生でのリーシェだって、ヨエルにそう説いたことがある。


 それでもいつだって置いて行かれて、ようやく本当に一緒に戦えたと思ったときには、リーシェのために死なせてしまった。


「そんなことをしたら、弱くなる」

「ヨエルさま」

「絶対に。俺は、ひとりで……」


 リーシェはそんなヨエルを見上げ、迷わずに告げる。


「ここでの私の役割は、あなたの自由を守ることです」

「!」


 その瞬間、ヨエルが息を呑んだ。


「ヨエルさまはヨエルさまの道を、おひとりで突き進んでください。私はその道を邪魔するものを、排除する役割に回ります」

「……君」

「どうか私を振り返らず。それでいて、不要なものはすべてお任せを」


 ヨエルの戦い方がどんなものであるか、リーシェは知っている。


 剣術の天才で、縦横無尽に駆け回って、戦場で誰よりも瞳を輝かせる。リーシェにとっての『先輩』であるヨエルは、そんな剣士だ。


「私を守る必要も、一緒に戦っていただく必要もありません。あなたがおひとりで戦うことを、お手伝いします」

「俺のこと、怒らないの」

「もちろんです。だって」


 アルノルトのことを思い出しながら、リーシェは微笑む。


「『自由にやれ。それを後押しする』と言っていただけることの心強さを、よく知っていますから」

「……!」


 こうすることが、死なせてしまった罪滅ぼしだとは考えない。

 けれどもヨエルから貰ったものを、リーシェだって返したかった。


 たとえ、あの人生で一緒に過ごした『先輩』には、もう二度と届かないとしてもだ。


「さあ。ヨエルさま」


 ヨエルの代わりに扉を開き、リーシェは告げる。


「ここは、あなたの戦場です」

「――――……」


 ヨエルはリーシェを見つめたあと、手を伸ばす。


「!」


 どうしてか、くしゃりと頭を撫でられた。

 そのやり方に少しだけ騎士の人生を思い出して、リーシェは目を丸くする。


 そしてヨエルは、窓から羽ばたく鳥のように、薄暗い船室から飛び出した。


本日ルプなな6巻発売です!6章ラストまでが収録されています。(書籍が先行となりますが、1月10日以降に小説家になろう様でもお読みいただくことができ、規約上問題ないことを事前確認済みです!)


紙の書籍には書き下ろし特典がつく書店さまがあります。また、電子書店さまでも配信がスタートしています!


★シーモアさま

https://www.cmoa.jp/title/1101288951/


★bookwalkerさま(限定の書き下ろし小説つき)

https://bookwalker.jp/de9ac8b466-7456-4976-9669-60b867db9915/


★Kindleさま

https://amzn.asia/d/6KN4Q8C


★ピッコマさま

https://piccoma.com/web/product/54131?etype=episode

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] いつも眠そうにしていなければ、ヨエルが一番好みだな。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ