254 計画
リーシェは胸を張り、アルノルトの妃として彼に告げた。
「果たしてみせます。被害者の方々を救出するだけでなく、シャルガ国とガルクハインの友好のためにも」
「――――……」
アルノルトが、ゆっくりと目を伏せる。
「お前が囮として連れ去られた後のこちらの動きを、近衛騎士たちと徹底的に詰めている最中だ。それでもなお、不測の事態が予想される」
青色の瞳は、窓の外に流れる運河を見遣った。
「奴らは逃亡を図るだろう。最終的な主戦場は、船上となる可能性が高い」
アルノルトの言葉に、オリヴァーが同意する。
「船や海での戦いとなると、厄介ですね。陸上とは勝手が異なりますし、こちらの船の性能も問題となります」
「アルノルト殿下、オリヴァーさま。その件なのですが」
リーシェはふたりを順に見遣り、にこっと笑った。
「現時点で考えうる、最も心強い味方がこちらに」
「…………」
そうしてリーシェが視線を向けた先には、じっとリーシェを眺めるヨエルの姿があるのだ。
リーシェは知っている。
シャルガ国の天才剣士ヨエルがどのような人物で、どんな風に強いかを。
「この世界で最も、船を用いた戦いに強い国の騎士さまです。お力を貸して下さると、約束していただきました」
「リーシェさま……」
オリヴァーが驚いてリーシェを見下ろす。
アルノルトが眉根を寄せたその隣で、リーシェは『囮』として講じる一案を、アルノルトたちにも説くのだった。
***
その日の午後、リーシェは運河の町の船着場で、あちこち忙しく働き回っていた。
「どなたか、お酒がまだ足りないという方はいらっしゃいませんかー!」
大きな声でそう叫ぶと、賑わっている人々の中で手が上がる。よく日焼けした腕の逞しさは、力仕事を生業にしている人のそれだ。
「リーシェさま! お言葉に甘えてもう一本、いただいて帰っても?」
「はい、もちろんです! 皆さま昨晩は消火にご協力いただき、本当にありがとうございました!」
近衛騎士に手伝ってもらいながら、木箱から取り出した瓶を渡す。リーシェが先ほどから酒を配っているのは、この運河から海に出る船乗りたちだ。
彼らは深夜の船火事に対応したあと、そのまま明け方の漁に出て、ようやくいま落ち着いた時間を過ごしている。
朝の会議が終わったあと、リーシェは酒などをさまざまに買い込むと、そのまま船着場へと出向いたのだ。
「ささやかなお礼となってしまいますが、好きなだけお持ちください。お酒は苦手な方がいらっしゃいましたら、果物などもたくさんありますので!」
「おお。もしかすると、こいつは南大陸の酒では?」
リーシェが酒瓶を手渡すと、船乗りたちは目を輝かせた。
「なかなか通な酒をお選びだ、分かっていらっしゃる!」
「ふふ。よろしければ皆さまも、ガルクハインでお勧めのお酒を教えていただけませんか? 特になるべくご家庭で親しまれているような、お値段の張らないものの情報を集めているのです」
「庶民の味ってことですかい? へええ、未来のお妃さまが意外だなあ! こいつが酒には詳しいんですよ。な?」
「おお、任せてくださいよ! 高貴なお方の口に合うかは分かりませんが、この国の定番といえば……」
そんな風に船乗りたちと交流しながら、せめてものお礼を伝えてゆく。
近衛騎士たちに手伝ってもらうのは申し訳なかったものの、『アルノルト殿下からのご命令でもありますので』と伝えられたため、有り難く手を借りることにした。
当然のように酒宴が始まり、リーシェは加われないものの、傍で見ていてとても楽しい。
船乗りたちの歌を聞き、その踊りを見て拍手をしながら、箱の中身をすべて配り終えた頃のことだ。
「お妃さまはほんとーに、人をたらしこむのがお上手で」
「ラウル!」
少し離れた木箱の上に座っていたリーシェは、ラウルが引きずってきたヨエルを見下ろした。
ヨエルはすやすやと、健やかな寝息を立てている。
「ヨエルさま、力尽きてしまったのね……」
「いや、常に割とこんな感じだけどな?」
ラウルはそう言うが、今日のヨエルは会議中もずっと頑張っていただけではない。あくまでヨエルの基準とはいえ、今朝方は驚異的な早起きだったのだ。
「船乗りたちは大満足みたいだが、あんたも殿下も何考えてんだか。これで皇太子妃さまの評判がまた上がったとはいえ、不審者が現れたばっかだってのに」
「あの男性がここで私を狙って出て来てくれるなら、却って有り難いくらいだわ。それに、近衛騎士の皆さまが居てくださったし」
近衛騎士たちは、木箱などの片付けをしてくれている。リーシェも手伝おうとしたのだが、休んでいてほしいと頑なに固辞されてしまった。
「昨日の夜から明け方までの運河や海に、変わったところはなかったみたい」
「……船乗りからの情報収集も兼ねていたとは、恐れ入る」




