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【コミック8巻12/25発売】ループ7回目の悪役令嬢は、元敵国で自由気ままな花嫁生活を満喫する【アニメ化しました!】  作者: 雨川 透子◆ルプななアニメ化
〜6章〜

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241 おねがい



 アルノルトはその腕の中に、リーシェをぐっと強く抱き込んだ。

 膝に横向きで座らされ、上半身で向かい合うような体勢だ。傷のことが頭から離れないリーシェは、慌ててそこから逃げ出そうとした。


「い、いけません殿下! お怪我に障ります……!」

「そう思うのなら、大人しくしていろ」

「う……」


 そう言われてしまっては、無理にここから動けるはずもない。


 せめて傷口に負担が掛からないようにしつつ、リーシェは少しだけ力を抜く。

 するとアルノルトは、まるでリーシェをあやすかのように、大きな手でとんとんと背中を撫でてくれた。


(この、触れ方……)


 出会って一ヶ月ほどの頃、リーシェがテオドールに誘拐された翌日に、初めてアルノルトと同じ寝台へ入ったときのことを思い出す。


 あのときのリーシェは、アルノルトを眠らせるために傍にいた。

 彼に触れ、心臓の鼓動と同じ間隔でとん、とん……と撫でながら、これは心を落ち着かせる触れ方だと告げたのだ。


 いまのアルノルトは、それと同じ触れ方をしてくれている。

 自分の命が危うかった状況で、痛みもまだある中にもかかわらず、何よりもリーシェのことを優先しているのだ。


 そのことが、泣きたくなるほどによく分かった。


「お前に、あれほど怯えた顔をさせるつもりはなかった」

「……っ」


 燃え盛る船上で、恐れをアルノルトに見せてしまったのだろう。

 何か言いたいのに、形にすると泣きじゃくってしまいそうだ。それを必死に堪えていると、アルノルトはやさしい声でこう尋ねる。


「……俺のことを、叱ってみるか?」

「……!」


 リーシェが慌ててふるふると頭を振ると、アルノルトは吐息だけで小さく笑った。それがリーシェの耳殻に触れて、ほんの少しだけくすぐったさを感じる。


「お前の身が守られたという事実に対して、お前が俺に謝罪することなどは、ひとつもない」


 その言葉に、リーシェはやっぱり泣きたくなってしまう。


「……アルノルト殿下がお怪我をされたという、大きな事実が、抜けています……」


 それだけ必死に伝えながら、ぐちゃぐちゃになっている感情を懸命に抑えようとした。

 けれども上手く出来なくて、上半身を晒しているアルノルトの背中に腕を回す。直接触れる肌は滑らかで、温かく、血が通っていることがよく分かった。


「……私は」


 決して顔が見られないよう、アルノルトの左の首筋に額を押し当てる。


「アルノルト殿下が傍に居てくださる限り、なんでも出来る気がするのです」

「…………」


 リーシェが顔を擦り寄せたのは、アルノルトの古い傷跡が残る場所だ。甘えたふりをしてみても、声が震えているのは気付かれているだろう。


「人は誰かと手を取り合った分だけ、強い力を発揮すると信じていました。――けれどヨエル先輩が、アルノルト殿下は、ひとりきりで戦った方が強いお人だと」


 ヨエルに告げられたその言葉を、はっきりと思い出すことが出来る。


『本当は君なんて、アルノルト殿下には不要なはずなんだよね』

『だっていらないでしょ? あのひと俺より強いもの。それなのにわざわざ君の『作戦ごっこ』に協力して、君を守って、君のために手間をかけてあげているなんて』


 ひとりで戦った方が強い人を、リーシェは確かに知っている。


(ヨエル先輩……)


 天才剣士であるヨエルは、リーシェを庇って死んでしまった。


(ヨエル先輩がどれほど強かったのか、私が誰よりも知っている)


 あの戦場において、確かにアルノルトの方が格上だった。

 けれどもリーシェを庇う必要がなければ、ヨエルひとりで戦っていたのであれば、王子たちが逃げ切るまでのあいだ生き延びることは出来ただろう。


 そうすればヨエルが城に残る理由はなくなり、殺されずに済んでいたかもしれない。


「……アルノルト、殿下」


 アルノルトの膝の上で抱き締められたまま、リーシェは問い掛けを押し殺した。


(私が死んだあとの、それぞれの未来で。――あなたはどのような人生を、辿りましたか)


 リーシェに知ることが出来たのは、自分が死ぬまでのことだけに過ぎない。


(やさしいあなたが戦争をしてまで得たかったものは、手に入りましたか?)


 皇帝アルノルト・ハインは戦争を起こし、各国を侵略していった。

 それが完遂されたのか、凶行は途中で止められたのか、それすらリーシェには分からないのだ。これほど人生を繰り返していても、なにひとつとして。


(あなたは)


 リーシェは震える指を伸ばし、アルノルトの側腹部で熱を持つ、傷口の傍にそうっと触れる。


(……死なないで、生きて、いられましたか……)

「…………」


 アルノルトが死ぬことを、これまでに想像したことはなかった。


 皇帝アルノルト・ハインの力は圧倒的で、誰も敵うことがないのだと、ある意味で信じていたからだ。

 けれどもいまのリーシェの中には、その恐怖がはっきりと刻まれている。


「私がお傍にいると、アルノルト殿下の強さに翳りが出てしまいます」


 リーシェは再びアルノルトの背に腕を回し、ぎゅうっと縋り付く。


「……リーシェ」

「そうではないと、仰ってくださるのなら」


 ほとんど泣きそうな声でねだるのが、ずるいことだと理解していた。

 このやさしい婚約者に向けて、リーシェはこんな我が儘を紡ぐ。ぐずった幼子のようなものだと自覚しつつも、駄々を捏ねた。


「お願いですから。……どうか、もう二度と」


 首筋の傷跡にくちびるを寄せ、小さな声で懇願した。


「……絶対に、怪我なんてしないで……」

「――――……」


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― 新着の感想 ―
[良い点] アルノルト殿下がリーシェに甘々なところ。 [気になる点] リーシェ今どんな格好?夜着?(笑) [一言] 『もう二度と、絶対に、怪我なんてしないで』 その台詞はそのまま返そう と、アルノルト…
[良い点] リーシェがここまで取り乱すなんて。 今まで感情豊かではありましたが、動揺している姿はあまり他人に見せようとしない。見せられるのはアルノルトだけ。 [気になる点] 今世では気を付けて「ヨエル…
[良い点] リーシェのアルノルト殿下への思いが切なすぎて泣ける… ・゜・(つД`)・゜・ [一言] リーシェの思いが殿下に届きますように…
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