234 変わる景色
本作ルプななのアニメ化が決定しました!
あとがきて、改めてお礼を申し上げさせていただきます。本当に本当に、ありがとうございます!
アルノルトの言葉に、息を呑んでしまう。
海の色をした双眸に、ランタンの灯りが映り込んでいた。アルノルトのまなざしと、睫毛をくすぐるように辿る指に、とてもやさしく甘やかされる。
「それ、は……」
どう答えたらいいのか困ってしまい、リーシェは慌てて俯いた。心臓が早鐘を刻んでいて、頬が熱を帯びる。
(何よりも美しいのは、アルノルト殿下の方なのに)
けれどもせっかくアルノルトが、美しいと評するものを見付けたのだ。
それをリーシェに教えてくれた。そのことを喜びたい気持ちと、とても気恥ずかしい感情がぐちゃぐちゃに混ざってしまう。
「リーシェ」
「……っ」
顔を上げられなくなったリーシェのことを、アルノルトは不思議に思っているらしい。リーシェを恥ずかしがらせるつもりではなく、恐らくは何気ない言葉だったのだ。
耳まで熱くなっているのを隠すため、アルノルトと繋いでいない方の手で、片耳だけでも緩く押さえる。彼の所為でこうなっていることを伝えるため、リーシェはなんとか口にした。
「……顔が赤いので、見たら駄目です……」
「…………」
必死の思いでそう告げると、アルノルトにじっと観察されている気配がする。続いてあろうことか、アルノルトの指先でふにっと頬を押された。
「ひゃ!」
思わず肩が跳ねてしまう。顔が赤いのを見ては駄目なのだから、そうやって頬の温度を確かめるのも駄目に決まっていた。
「もう、アルノルト殿下……!」
抗議の意を込めて見上げたものの、リーシェはそこで再び目を丸くすることになる。
「っ、は」
「!」
リーシェの熱を確かめたアルノルトが、楽しそうに笑ったのだ。
いつもより少しだけ幼く見える、機嫌が良さそうな表情だった。それから何処か意地悪な声で、再びリーシェの頬に触れる。
「――……確かに赤い」
「〜〜〜〜……っ」
きゅうっと胸が苦しくなる。アルノルトがこんな笑い方をするのは珍しくて、今度こそ直視できず俯いた。
心臓が跳ねるのと同時に言葉を失い、思考が熱くてぐずぐずに溶ける。アルノルトの手に触れられると上手に息が出来ないのに、離れてほしくなくて困った。
いっそのこと背を向けたいくらいだが、指同士を絡めるように手を繋がれているので、リーシェからは逃れようがない。
もちろんのこと、自分から解くことだって選べないのだ。
(……好きな人がいるって、大変……!)
途方に暮れて、ぎゅうっと目を瞑る。するとアルノルトが、俯いたリーシェの頭をぽんぽんと撫でてくれた。
(けれど)
アルノルトに与えられるものを前に、きちんと分かっていることがある。
(この感情を、いまは押し殺さないと駄目)
自分に言い聞かせ、リーシェはひとつ吐息を零した。
(アルノルト殿下をお止めするために。それから、あのときに立てた誓いのために……)
自身の左胸にそうっと指を置く。かつてアルノルトの剣に貫かれた心臓は、この人が恋しいと疼いていた。
(きっと少しずつ世界は変わっている。アルノルト殿下に生まれた変化が、必ず新しい未来を形づくる……)
ゆっくりと目を開き、アルノルトの手を繋ぎ返した。
「……これからも少しずつ、教えていただけますか?」
とても恥ずかしかったけれど、勇気を出しておずおずと顔を上げる。
「アルノルト殿下が、私に見せたいと思って下さったものを」
そう願うと、アルノルトは世界で一番美しい色の双眸でリーシェを見据え、約束をしてくれた。
「――ああ」
「……っ」
リーシェがどれほど嬉しいのかを、形にするための言葉が見付からない。震えそうになる声を誤魔化して、泣きたくなるほどの喜びの中で微笑む。
そして、確かな希望に胸を弾ませた。
(いまのアルノルト殿下であれば、戦争以外の方法も選んでくださるかもしれない)
アルノルトと婚約したばかりの頃は、途方もなく難しい方法に思えていた。けれどもいまは、あの頃とは変わっているはずだ。
(このお方にどんな目的があろうとも。お父君を殺すことなく、戦争を起こさずに世界を変える方法があるのだと、そんな考えをきっと分かっていただける……)
リーシェはアルノルトと指を繋いだまま、再び運河のランタンを眺めて目を細める。
「この美しい祈りが、ずっと絶えずに続いてほしいです」
「…………」
それこそ祈るような感情で、リーシェは呟いた。
けれどもそのとき、ふとした違和感を覚えてしまう。リーシェがアルノルトを見上げると、彼の美しい横顔が目に入った。
アルノルトは運河のおもてを眺め、静かな声で紡ぐ。
「――そうか」
「……………………」
その瞬間、リーシェの心臓が凍り付いた。
(冷たい、まなざし)
何気ないただの言葉であると、そう判断することが出来ていればよかった。
リーシェの願いに対して、アルノルトが相槌を打っただけ。
一見すればそれだけの出来事なのに、決してリーシェに同意することのないその返事と、彼の双眸に宿る微かな殺気で察してしまう。
『皇帝アルノルト・ハインは、国で最も大きな運河を、戦争に特化した構造に作り変えていたそうだ』
アルノルトが未来で起こすことを、リーシェは確かに知っていた。
『父殺しの直前に。――世界中に、侵略戦争を仕掛けるために』
(アルノルト殿下の意志は)
リーシェの中で、生まれた希望を掻き消すほどの強い確信が生まれる。
(父殺しと、その果てにある戦争の目的は。いまもまだ、なにひとつ変わってなどいないんだわ――……)
本作ルプななのアニメ化が決定しました!
夢のようで、今でもまだ信じられない気持ちでいっぱいです。応援してくださった皆さま、本当にありがとうございます!!
以下の公式X(Twitter)にて、リーシェとアルノルトの声優さんや、お声が聞けるPV、キービジュアルなどの最新情報が公開されています。
https://x.com/7th_timeloop
リーシェとアルノルトが動いて喋るPVです! 夢のよう……本当に本当に、ありがとうございます!
原作小説も、少しでもお楽しみいただけるようにもっともっと頑張ります。
これからも、よろしくお願いいたします!




