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226 わざと騙されたふりをします!


(見付かってはまずいものを、こんな所に隠すはずはないものね。それでいてあからさま過ぎもしない、絶妙な場所だわ)


 内心の考えが見抜かれないよう、手袋を嵌めた手で物色する。そんなリーシェを眺めながら、騎士隊長は苦笑いをしたようだ。


「見習い騎士殿は、実に初々しいですなあ。それにしても、地位だけはある高位貴族が、跡取りにならないご子息を殿下に献上するとは。いやはや、アルノルト殿下もさぞかし苦労なさっていることでしょう」

「…………」


 リーシェには聞こえていないつもりなのだろうが、あからさまにアルノルトへ取り入ろうとするような声音だった。

 アルノルトは隊長の言葉に対し、まったく反応を示さない。


(殿下はいつも通り。この上なく最適な振る舞いをなさっているわね)


 リーシェはくすっと笑いつつ、中身の見分を続ける。埃っぽい木箱の中には、押収の必要も感じられない品々が並んでいるばかりだ。


(ハリル・ラシャで輸出の禁じられている、貝のランプ――……に、見せ掛けた偽物だわ。陽を当てると七色に光るはずの表面で、黄色と橙の境目が曖昧だもの)


 手に取って片目を瞑り、継ぎ目をよくよく鑑定する。商人人生でも扱ったことのある品で、注意するべき点はよく知っていた。


(わざわざ禁輸品の偽物を作って、押収品の中に置いている理由は……)


 箱の中から顔を上げると、鼻の頭を手の甲で拭った。リーシェは振り返ると、騎士隊長にランプを見せる。


「隊長さん! さてはこの品、ハリル・ラシャのランプですね?」


 本物だと信じている演技をし、毅然とした表情で声を張る。


「あまり知られていない品ですが、この貝は確か輸出を禁じられているもの! まさか、この運河に入ってきた船の積荷だったのでしょうか!?」

「おや、よく知っているねルーシャス君」


 騎士隊長は両手を広げ、リーシェの言葉に頷いた。


「そうとも。この品は、流通させてしまえばハリル・ラシャとの外交問題にも繋がりかねない。私自らが改めた積荷に隠されており、現在その船の荷物はすべて確認させているところだ」

(やっぱり。この偽物のランプは、隊長さんと部下たちがきちんと仕事をしている証拠の偽造なんだわ)


 とはいえこの偽物は、とても精巧な品だ。


(鑑定のための商人を呼んでこない限り、これほど巧妙な模造品を見抜くのは難しいはず)


 砂漠の国ハリル・ラシャの品に関する知識がある人間は、ガルクハインにそれほど多くない。


(たまたま人生を何度も繰り返して、商人の経験をしていてよかったわ)


 リーシェはしみじみ思いつつも、木箱の中にランプを戻しつつ騎士隊長を観察した。


(騎士隊長さんの背筋にも、さっきよりも緩みが感じられるわね。まばたきの回数も、アルノルト殿下のお姿を見るときは増えるけれど、それ以外では正常に戻りつつあるし)


 リーシェが観察したように、アルノルトも感じ取ったらしい。ちょうど視線が重なったので、リーシェはアルノルトにこう言った。


「アルノルト殿下、次はあちらの倉庫内を確認したいのですが!」

「施錠はどうなっている?」

「はっ。いますぐ部下を呼んで参りますので、少々お時間をば」


 するとアルノルトは、騎士隊長に視線を向ける。


「よもや隊の長が、鍵の場所を把握していないとは言わないだろうな?」

「!!」


 アルノルトが何か命令をする前に、騎士隊長は慌てて背筋を伸ばした。


「も、もちろんでございます! 直ちに私自身が取って参りますので、少々お待ち下さい!!」


 騎士隊長は迷いのある足取りで、足早に何処かへ向かった。煉瓦造りの路地に残ったのは、リーシェとアルノルトのふたりだけだ。


「あの慌てようですと、鍵を届けてくださるまでは少し時間が掛かりそうですね」


 アルノルトの元に、とととっと駆けてゆく。リーシェを見下ろしたアルノルトは、溜め息をつきながらリーシェに手を伸ばした。


「頬に汚れがついているぞ」

「!」


 手袋を嵌めた指で、ほっぺたをやさしく拭われる。


「婚礼衣装の試着をする予定の前に、わざわざ文字通りの汚れ仕事をするとはな」

「し、試着の前にもう一度お風呂には入りますし……!」


 以前も頬を拭われたことがあるのを思い出すものの、あのときよりも緊張しながら彼の手を受け入れた。

 ぎゅっと目を瞑ったリーシェに対し、アルノルトは何かに気が付いたようだ。頬を拭ってくれながらも身を屈め、リーシェの首筋に鼻先を近付ける。


「で、殿下……?」

「…………」


 周りに誰の気配も無いとはいえ、主君と騎士を名乗るには不適切な距離感だ。

 こんな言葉を呟いたアルノルトの吐息が、リーシェの肌に触れる。


「――――甘い香りがする」

(びゃ……っ)


 淡々とした何気ない声音なのに、それが却って気恥ずかしかった。

 恐らくは先ほど、婚儀の支度のために肌を磨いてもらったときの美容液たちだ。リーシェは慌てて後退り、火照った両手で自分の口を塞ぐ。


「だ、男装には支障無いと判断したのですが……!!」

「そうだろうな。この程度であれば、よほどお前に近付かなければ分からない」

「〜〜〜〜……っ!!」


 その言葉はつまり、アルノルトがそれほどリーシェに近かったことを意味するものだ。それを改めて意識してはいけないような気がして、騎士らしく背筋を正した。


「と、ともかく。いま何よりも優先すべきことは、攫われた女性たちの救助と、これ以上の犠牲者を防ぐことです!」


 リーシェは慌てて歩き始める。あくまで周辺を見回るていを崩さないまま、ふたりで細い路地へと入った。




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― 新着の感想 ―
[一言] 皆が皆、自分の最善を尽くそうとしてこんがらがってる感じ
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