205 もちろん対応開始です!
アルノルトがだんっと着地すると、甲板にいた船乗りが驚いて声を上げる。
「うわあ!? な、なんだあんたは!!」
「船を止めろ」
「何を……ひいっ!?」
船乗りが悲鳴を上げたのは、アルノルトが剣の切っ先を男に向けたからだろう。
「くそ!!」
血相を変えた船乗りが、船倉に続く階段を駆け降りてゆく。アルノルトは小さく舌打ちをして、『荷物』の方を振り返った。
彼が足を止めたのは、そこに、アルノルトを追って来たリーシェの姿があったからだろう。
「大丈夫ですか!? しっかりして下さい、いまお助けしますから!」
「……」
アルノルトは、硬く結ばれた麻袋の紐を解こうとしているリーシェに溜め息をつく。
「リーシェ」
「アルノルト殿下、こちらは私が対処します! 殿下はどうぞ、お心のままに」
「――護身用の短剣しか持っていないのに、賊の乗っている船へ当たり前のように飛び移るんじゃない」
「!」
アルノルトは自身の腰にある鞘を外し、納めた剣ごとリーシェに放る。
それをぱしっと受け止めたリーシェはアルノルトに尋ねた。
「この剣をお借りしてしまっては、殿下がお困りになるのでは……」
「中で適当に調達する」
「っ、お気を付けて!」
心配ではあるが、船内に向かったアルノルトのことを信じてもいる。
(いまはまず、何よりも)
リーシェはアルノルトの剣を抜くと、その黒い刃でざくざくと紐を切った。
急いで開けた袋の中からは、涙で顔を濡らした女性が出てくる。猿轡を嵌められ、手足を縛られていた彼女は、リーシェの姿を見てくしゃりと顔を歪めた。
「んんー……っ!!」
「安心してください、もう大丈夫です!」
彼女の手足を縛めていた縄を切り、猿轡を解く。すると女性はほっとしたような顔をして、そのまま気を失ってしまった。
(脱水は起こしていない。健康状態にも致命的な問題はなさそうだけれど、この失神……精神的なものではなく、眠り薬のようなものを飲まされている?)
麻袋は他にも数個ある。急いでそちらの紐を切ると、中にはやはり女性たちが眠っていた。
(この様子だと、下の船倉にも……)
リーシェは、呼吸の妨げにならない姿勢で女性たちを寝かせると、アルノルトの剣を手に下へと駆け出すのだった。
***
リーシェが船倉に飛び込んだのは、アルノルトの蹴りを腹部に食らった船乗りが、積まれた樽に激突するその瞬間だった。
「ぐあ……っ!!」
「くそ!!」
がらがらと樽が崩れ落ちる。船乗りたちは動揺し、そのままアルノルトに斬り掛かろうとした。
船乗りが手にしているのは、普通の剣よりも短くて湾曲した刃を持ち、狭い船内でも扱いやすい舶刀だ。
「アルノルト殿下!」
「……」
丸腰のアルノルトは表情ひとつ変えず、敵の攻撃を容易くかわすと、ひとりの胸倉を掴んだ。
アルノルトの膝が敵の鳩尾にめりこんで、敵が濁った呻き声を上げる。アルノルトは男から舶刀を奪うと、その柄を手の中でひゅっと回し、扱いやすいように持ち替えた。
「この男、なめやがって……!」
船乗りたちの剣が、一斉にアルノルトへと襲いかかる。
けれどもアルノルトは、たった一振りの舶刀でまとめて受け止めると、驚いている男たちに向かって淡々と脚を振り上げた。
敵のひとりに、見るからに重い蹴りの一撃を叩き込む。
「が……っ」
(す、すごい……!)
体術と剣術を組み合わせた、的確な立ち回りだ。借りている剣を返したかったのだが、こうなればむしろ邪魔だろう。
ちょうどそのとき、アルノルトから声が投げられる。
「リーシェ。奥を頼む」
「はい!」
場を任せてくれる言葉が嬉しかった。アルノルトが船乗りの相手をしてくれているうちに、彼らの間を駆け抜ける。
船室への扉を開くと、そこには五人ほどの女性たちが囚われていた。
「きゃあ!!」
「安心してください。助けに参りました、もう大丈夫です!」
女性たちは怯えて身を竦めるが、同性であるリーシェの言葉に泣きそうな顔をする。少しでも安心してもらえたことが分かり、急いで状況を確かめた。
(甲板にいた女性たちと違って、意識がはっきりしているわ。薬を飲まされる前か、飲んだ直後か切れた後……だから甲板ではなく、船室に閉じ込められているのね)
五人のうち、四人は体調に問題が無さそうだ。
しかし手前にいる赤髪の女性は、手首を後ろ手に縛られたまま、身を丸めるようにして横たわっている。
「皆さま、こちらに横たわった女性はいつからこの様子でしたか!?」
尋ねるも、彼女たちは答える余裕がなさそうだ。
「お、お願い、早くここから出して……!!」
「逃げないと、またあいつらに捕まるわ!!」
(当然だけれど、女性たちの動揺が激しいわね。縄はまだ解かないようにしないと、船内でばらばらに動かれては却って危険が及んでしまう……)
心の底から申し訳なく思いつつ、リーシェは四人の縄を解く前に、蹲ったひとりの介抱に移る。
「失礼します。私の声が聞こえたらお返事を!」
「……んう……」
「仰向けにさせていただきますね、息は苦しくないですか?」
その女性は長身で、赤いドレスを纏っていた。
リーシェは処置のために、彼女だけは手足の縄を切る。
楽な体勢になってもらうため、女性を仰向けに寝かせると、長い髪が船室の床に広がった。
(……? 呼吸は落ち着いていて、健康そう)
ぱちりと瞬きをしたリーシェは、顔色を確かめるために彼女を見下ろした。
そして、女性の美しい顔を改めて見詰め、ぎくりと身を強張らせる。
(――――えっ)
その顔が、とある人生でよく見知ったものだったからだ。
(……間違いないわ。この人……)
そこに居たのは、リーシェがとある過去人生で関わってきた、非常に馴染み深い人物なのだった。




