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22 かつての上司と対峙します

ここからはアニメの続きの内容となります!


※これ以前の小説の掲載話にも、アニメで泣く泣くカットされたシーンが複数含まれていますが、ストーリーのメイン部分はアニメで全て描かれています!

 風に煽られた花びらが、ガルクハインの皇城に舞い落ちる。

 麻のドレスを纏ったリーシェは、手にした鍬を操り、盛り上がった土をさくさくとならしていた。


 ここは、先日の夜会でアルノルトにねだって借り受けた中庭の一画だ。


(このくらいの広さがあれば、当面は大丈夫よね)


 昨日耕した範囲を見回して、満足する。

 傍らに置いたいくつかの桶には、腐葉土がこんもりと盛られていた。庭にある落葉樹の下から集めてきた、栄養たっぷりの土だ。


 なんとか桶を抱え上げると、耕した地面に腐葉土を撒いてゆく。まんべんなく撒き終わったころには、腕がじんじんと痺れていた。


(……そろそろ真面目に、体を鍛え始めないと……)


 ごく最近までひ弱な令嬢だったこの体は、いかんせん体力や筋力がない。騎士だった人生どころか、薬師として畑仕事をしていた人生に比べたって劣る。

 体の動かし方を頭では理解していても、体の方がついていかないのだ。


 とはいえ、あともうひと踏ん張りしたい。リーシェは気合いを入れ直すと、腐葉土を撒いた土の上を、手にした鍬でさくさくと刻んでゆく。


 丁寧に、それでいてしっかりと。土と腐葉土を混ぜ合わせながら、土に空気を含ませる。

 目に見える雑草の根は取り除きながらも、そんなに綿密にはこだわらない。育てている植物のあいだから、まったく覚えのない草花が芽吹くのも、時には面白いものだ。


 少し離れた場所に立っている騎士たちも、リーシェの作業を興味深そうに見守っている。そこにディアナがやってきて、目をまん丸くした。


「リーシェさま、一体何をしてるんですか!?」

「これ? 畑を作っているの」

「は、畑……皇太子殿下の婚約者さまが……」


 腐葉土を丹念に混ぜ終わると、ふわふわの土による畝が出来上がった。

 すぐに種を蒔きたいところだが、何日かは日光に当てて馴染ませた方がいいだろう。リーシェは額の汗を拭うと、ぽかんとしているディアナに笑いかける。


「待たせてごめんなさい。じゃあ、考えてきたものを見せてもらえる?」

「はっ! はい、お願いします!」


 ディアナは緊張した面持ちで、手にしていた書類を差し出した。

 そこには丁寧な文字と共に、箒や雑巾などの可愛らしい絵が描かれている。


「最初に新人たちに覚えてもらう文字は、掃除用具についてにしたらどうかと思って!」


 エプロンを外した侍女服姿のディアナは、ドレスの裾をもじもじと握り締めた。

 侍女たちの教育係として任命した彼女に、リーシェはひとつの指令を出したのだ。それは、『新人に教える最初の内容を決めてくる』ことだった。


「それなら、毎日の仕事に使うから、覚えたことが役立ってる実感も得やすいんじゃないかと」

「ええ。とても良いと思うわ」


 リーシェが笑って頷くと、ディアナの顔がぱあっと明るくなる。しかし、すぐに自信がなさそうに曇ってしまった。


「……でもあたし、悩んだんです。掃除道具の名前よりも、まず自分の名前を覚えられた方が嬉しいんじゃないかって」

「そうね。そういった関心事項を取り入れるのも、確かに有効だけれど……」


 リーシェが思い出したのは、侍女だった人生で接した屋敷の子息たちだ。

 家庭教師に名前の書き方を習い、懸命に練習して、それをリーシェに見せに来た。懐かしい光景を思い出して微笑ましくなりながらも、ディアナに考えを伝える。


「それだと生徒同士で復習したり、忘れてしまったときに教え合ったりすることが出来ないもの。教える側も一度に説明できないから、時間も掛かるしね」

「あ! なるほど、確かにそうですね!」


 リーシェの言葉に、ディアナはほっと息を吐き出す。どうやらこのことについて、ずっと迷っていたらしい。


「ディアナの考えた通り、『覚えたことがすぐに仕事に使える』というのは素敵なことよ。私が生徒さんだったら、とっても嬉しいと思うわ」

「はい! ありがとうございます……!」


 リーシェが返した紙を抱きしめ、ディアナは目を輝かせた。


「リーシェさま、こういうのって楽しいですね。どんな意地悪を言うか考えているより、どう助けるかを考えている方がずっと楽しいです」

「ふふ。よかった」

「でも。リーシェさまはどうして、私たちにここまでしてくださるんですか?」

「それは――……」


 リーシェが僅かに言い淀んだとき、向こうから侍女のエルゼがやってきた。


「リーシェさま。そろそろ、支度のお時間です」


 表情の乏しい彼女にそう言われて、リーシェは頷く。


「ディアナごめんなさい、もう行かないと。教材の件は、話しておいた通りに進めてくれる?」

「はい! 任せてください!」

「ディアナ先輩。……今日、夜ご飯のあと、また勉強を教えてもらえますか……?」

「ふふ。もちろんいいわ。今日も二ページ分終わるまで眠らせないから、そのつもりでいなさいよ!」


 エルゼとディアナの会話を微笑ましく見守ったあと、リーシェは離宮の自室に向かった。


「お風呂の準備、出来ています」

「ありがとう、まずはこの汗と泥を落とさないとね。お風呂から出たら髪を乾かして、手持ちで一番高いドレスに着替えなきゃ……。エルゼ、髪を結うのを手伝ってくれる?」


 このあと訪れる客人のことを想像しつつ、リーシェは気合いを入れた。後ろをとことこ歩くエルゼは、不思議そうに首をかしげる。


「お客さまは、商人さんとお聞きしました。一番高いドレス、必要なのですか……?」

「……そうね。とりあえずは、材料のひとつになるかもしれないから」

「?」


 数時間後、アリア商会の商会長であるタリーがやってくる。


 アリア商会は、リーシェが一度目の人生で拾われた商人一行の属する商会だ。そして会長のタリーこそ、リーシェに商人のなんたるかを叩き込んでくれた人物だった。


 物の価値、取引相手の判別法。お金の使い方や増やし方、手を出してはいけない儲け話。

 リーシェにとって、タリーは商いの師匠なのだ。


 彼らを味方に付けておけば、この先の選択肢はかなり広がる。


 離婚されガルクハインを追い出されたときや、戦争で物資が不足したときも、きっと商会は力になってくれるだろう。もちろん、そのときにリーシェが相応の対価を支払えればだが。


(とにかく一度でも大口取り引きの実績を作れば、それが彼らとの繋ぎになる。……問題は、あの会長がどう出るかね……)


 風呂で体を清め、上等なドレスに着替えながら、リーシェは色々と算段をした。


(この時代のアリア商会は、発足したばかりでまだそれほど大きくない。ガルクハイン皇族の結婚式絡みなんて、普通の商会なら何が何でも成立させたい商談のはず……はずなんだけど)


 乾かした髪をエルゼに結われながら、溜め息をつきたくなってしまう。やがて支度を終えたリーシェは、自分の姿を鏡で確かめた。


 ふわふわに巻かれた髪と、目に鮮やかな赤色のドレス。耳飾りから指輪まで、装飾品はなるべく多くごてごてと着けて、羽毛付きの扇子を手にする。


(んん……もう少し派手にしたほうが、『買い物好きな良いカモ』に見えるかしら。『見栄っ張りで、結婚式にいくらでもお金を掛けそう』でもいいのだけれど)

「残念です。本当なら今日のリーシェさまは、ドレスに合わせたまとめ髪に後れ毛で、格好良く凛としたお姿になるはずでしたのに……」


 エルゼが少しむくれている。幼い妹たちの髪を結び、毎日の服を選んであげていたという彼女は、衣装支度が抜群に上手いのだ。自分ひとりで身支度ができるリーシェも、今後は彼女に頼もうと思っている。


「ありがとうエルゼ。でも今日は、これが勝負の装いなの」

「……?」


 そうこうしているうち、アリア商会到着の知らせが届いた。


 護衛の騎士をふたり伴い、主城の応接室に向かう。リーシェの住まう離宮には、客人を迎え入れるような部屋がまだないのだ。


 応接室の前に立つと、丁寧に頭を下げた執事が扉を開けてくれた。まずは騎士が先立って中に入り、安全を確かめてからリーシェに一礼する。


 礼を返し、応接室に入室すると、そこにはひとりの男が立っていた。


「お初にお目に掛かります。アリア商会で会長を務めております、ケイン・タリーと申します。この度は、ご結婚おめでとうございます」


 一見すると人好きのする笑みを浮かべたタリーが、リーシェに向けて頭を下げる。


 いつも生やしていた無精髭を剃り、寝癖で跳ねがちな髪を後ろに撫でつけている彼は、リーシェのよく知る彼とは違った。

 今日はどうやら、二日酔いでもないらしい。


「リーシェ・イルムガルド・ヴェルツナーと申します。遠路はるばるお越しいただき、ありがとうございました。どうぞお掛けになってください」

「では失礼して」


 リーシェが先に座るのを待ち、タリーも向かいの椅子に腰を下ろす。彼はあくまでにこやかにしながらも、酒場の女性たちには『色っぽくて素敵』と絶賛されていた垂れ目で、ほんの一秒だけリーシェを探った。


(……さすがだわ。たった一度目が合っただけで、こちらが全部見透かされそう)


 にも拘わらず、最初から値踏みされているつもりで警戒していないと、まったく気づけない程度の視線だ。


「いやあ、それにしても良い季節ですね。リーシェさまの婚姻の儀は、八の月の半ばでしたか? 夏空の花嫁となられるわけですね。実に素晴らしい! このように美しい方が未来の国母とは、ガルクハイン国民の皆さまが羨ましい限りですよ」

「そんな。勿体ないお言葉です」


 社交辞令の賛辞を微笑んでかわしながらも、リーシェの脳裏にかつての光景が過ぎる。


『――ぶはははは!! 案の定、サファイアが偽物だと見抜けなかったな馬鹿め! お前があの仲介人に引っ掛かるかどうか、商会の連中と賭けてたんだよ。おかげで俺の一人勝ちだ、未熟な部下のおかげで大儲けだぜえ』

『よーしリーシェ、卒業試験だ。この先お前が俺の商会でやっていきたいなら、お前の先輩の出した五百万ゴールドの損失を取り戻してこい。あ、言っとくけど一週間以内な』

『頼むリーシェ、頼むよ! ゆうべ俺が連れてた女はただの友人なんだって、アリアにお前から説明してくれ!!』


 ともすれば、うっかり遠い目をしてしまいそうだ。目の前のタリーは当然ながら、リーシェに素顔を見抜かれていることなど知らないだろう。


「リーシェさまの髪色に、白い婚礼衣装はよくお似合いでしょう。たとえば、薄手の絹を幾重にも重ねたものなどいかがですか?」

「!」


 流れるような世間話が、いつのまにか提案に変わっている。

 これは、商談に入ったということだろうか。ひとまず第一段階には到達できたようで、リーシェはほっとした。


「とても素敵ですわ、タリー会長。すでにお聞き及びかとは存じますが、婚姻の儀に使う品々は、いま評判のアリア商会に揃えていただきたいと考えているのです」

「これはこれは! 我々のような弱小の商会に、なんとありがたきお言葉!」

「早速ですが、今日は何か品物をお持ちですか? ぜひ拝見させていただきたいわ」


 伝令には、婚姻の儀にまつわる商談がしたいと伝えてある。恐らく商会は、リーシェに売りつけられそうな品々を山ほど馬車に積んで来ているはずだ。


(一度でも取り引きが成立すれば、それをきっかけになんとでもなる。会長との初回の商談さえ乗り切ったら……)

「リーシェさま」


 タリーは、リーシェを見て笑った。


「あなたにお売りできるものは、何ひとつありません」

「……」


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― 新着の感想 ―
[一言] タリーが楽しすぎるwww南の国の王子やお嬢様の登場も楽しみで仕方ないwww
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