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【7章連載中】ループ7回目の悪役令嬢は、元敵国で自由気ままな花嫁生活を満喫する【アニメ化しました!】  作者: 雨川 透子◆ルプななアニメ化
〜5章〜

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193 舞を交わす

 いまごろ客席では、近衛騎士たちが敵を捕らえてくれているはずだ。けれども大多数は、『歌姫シルヴィア』の口を封じるため、この舞台を狙ってくるだろう。


 少しでも敵を引き付けるため、リーシェは敢えて前に出る。敵にとっては、『ここが唯一の好機』だと、誤認させ続けなければならないのだ。


 シルヴィアが諜報だったことを知る人間を、この劇場からひとりでも逃がせば、シルヴィアの今後に安寧は無い。


(本物のシルヴィアは、グートハイルさまが匿って下さっているはず。ディートリヒ殿下のお陰で、賓客警備を名目に配置された近衛騎士の皆さまが、中にいる敵をひとりも逃さない……)


 近衛騎士はみんな、アルノルトが直々に鍛えた面々だ。普段はやさしく穏やかな彼らも、戦闘となれば雰囲気が全く違う。


 けれども何より心強いのは、傍にアルノルトがいることだった。


 リーシェはドレスを翻し、飛び掛かってきた敵の剣を躱す。ヴェールを靡かせて身を屈めれば、リーシェの頭上をアルノルトの剣が掠めた。


 リーシェの前にいた敵が倒れ、アルノルトが剣先を返す。舞台の上に手をついたリーシェは、そのままひらりと体を回し、アルノルトの間合いに入ろうとした敵の足を払った。


 ぴっと小さな切り傷を走らせれば、刃に塗った痺れ薬が作用する。一連の動作を手早く行い、リーシェが体勢を直そうとすれば、アルノルトが手を取って引いてくれた。


 裾を直しつつ立ち上がり、ぱっと互いに手を離す。左右から襲って来た敵を、それぞれひとりずつ斬り払った。


「が……っ!」


 敵の悲鳴が響く間もなく、アルノルトと立ち位置を入れ替える。互いに背を向け合うような恰好で、ふわりと回った。


(まるで、アルノルト殿下とダンスを踊っているかのよう)


 劇場には音楽が鳴り続けている。いつかの夜会で、初めてアルノルトと踊ったときのことを思い出した。


 そうこうしているうちに、互いの背中同士がとんっと触れる。リーシェはアルノルトに背中を預けたまま、小さな声で告げた。


「客席に留まっている敵がいますね。数は二名、恐らくは弓兵」

「こちらを狙っている。敵を盾にしながら動け」


 そう言いながらも、互いに一致したタイミングで、再び襲って来た敵を斬る。

 ドレスの裾をたくし、とんっと前に踏み込んで、剣を翳しながら考えた。


(アルノルト殿下の動きは、ひとりの剣士として完璧なだけじゃないわ)


 リーシェがしたいと思うことを、アルノルトは自然に助けるのだ。

 彼が多くの敵を斬り、リーシェの視界を開いてくれるからこそ、リーシェは自由に動くことが出来た。


(一緒に戦う味方の士気を上げ、能力を最大限に引き出す指揮官。……戦場で殿下と共にいた騎士は、どれほど心強かったのかしら……)


 そしていま、リーシェ自身もその力を感じていた。


 アルノルトは圧倒的な強さを持ちながら、リーシェのことを常に尊重してくれる。

 どのように動きたいのかを汲み取って、理解しようと努めてくれた。そのことで、こんなにも力が湧いてくる。


『――女の子が、剣術を習うだけならまだしも』


 不意に過ぎったのは、子供のころに聞いた母の声だ。


『それで殿方より強くなるのは、非常にはしたない振る舞いなのですよ。手習いはもう終わりにして、これからは勉学にだけ励みなさい』


 リーシェは母にそう言い聞かされて、大好きだった剣術の稽古を辞めることになった。


『あなたは王太子妃になるのだから、常に旦那さまのことを支えなければ。自分は前に出ず、旦那さまをお助けするために、後ろで控えているのが望ましいのです』


 リーシェ自身のやりたいことよりも、将来やるべきことのため、王太子妃になるために生きなくてはいけない。


 そんな生き方しか与えられず、誕生日にもひとりきりで、ずっと『王太子妃にふさわしく』あるために頑張らなくてはいけなかった。


 けれど、リーシェを妃にと望んだアルノルトは、リーシェに別の生き方を約束してくれた。


『お前が何か行動を起こそうとし、俺に叶えられることをねだるのであれば、俺がそれに背くことは決して無い』


 アルノルトの隣で剣を振るいながら、リーシェは彼の横顔を見上げる。


『祝うべきものなのであれば、お前が望むだけの祝賀を。………何が欲しい?』

(誕生日に欲しいものを、とても丁寧に尋ねて下さった)


 アルノルトがリーシェに贈ってくれたものは、誕生日でなくともたくさんある。


 離宮での暮らしも、薬草を育てるための畑も、自分の望む侍女も。アルノルトにもらった指輪は宝物で、片時も離さず傍にあった。


 これ以上、欲しいものなど無いと思っていたのだ。

 けれど、上手く思いつかなかったリーシェの心で、アルノルトにねだりたいものがひとつ生まれた。


(私からアルノルト殿下に、もうひとつ望んでも良いのなら……)


 人工の花びらが、剣戟の舞台で美しく舞う。

 足元には倒れた敵が増え、劇場内の殺気が減りつつあった。


(お伝えするのは後だわ。敵は残り僅か……気がかりなのは、客席のどこかにいる弓兵だけれど)


 リーシェが客席に視線を巡らせたとき、特別席(ロイヤル・ボックス)に立ち上がる人影が見えた。


(ディートリヒ殿下?)


 この場でのディートリヒの役割は、『他国の王太子が来ている』ということを目立たせ、近衛騎士の多さに説得力を出させることだった。


 アルノルトはそれ以外に命じておらず、ディートリヒは座っているだけで良いとされていたはずだ。


 けれどディートリヒは、慌てながら大声で叫ぶのである。


「気を付けろ!! 客席だ、まだ弓兵がふたりいるぞ!!」

(駄目……!! あんな風に叫んでは、見つかることを嫌った弓兵が、ディートリヒ殿下に標的を変えてしまう!!)


 案の定、客席の片隅で何かが光る。

 弓兵が体の向きを変える際に、弓の側面が照明に反射したのだ。その弓兵が真っ直ぐに、特別席(ロイヤル・ボックス)のディートリヒを狙っている。


「ひ……っ!?」


 ディートリヒも弓兵に気が付いたようで、怯えた仕草を見せる。


(どうして!? ディートリヒ殿下、すぐに隠れないと危険なのに……!!)

「何をしているんだ、あの男は……」


 アルノルトも苛立ったように声を漏らす。けれどもディートリヒは、近衛騎士に抑えつけられながらも、身を捩ってから大声を上げた。


「――弓兵のひとりは、矢を二本つがえているぞ!!」

「!!」


 その瞬間、矢が風を切る音がする。

 ディートリヒの言葉を聞いたリーシェとアルノルトは、まったく同時に踏み出した。


 二本まとめて放たれた矢は、一本のときよりも変則的だ。途中で軌道が綺麗に分かれ、アルノルトとリーシェのそれぞれに襲い掛かる。


(二本だと最初から分かっていれば、対処はどうにでもなる……!!)


 そして、迷わずにふたりで矢を落とした。


 リーシェはすぐさま顔を上げるが、敵の射手は姿を消している。

 見れば、彼らは客席の片隅で昏倒しており、手摺には的を外した矢が突き刺さっていた。


 射手の肩や足にも、矢が刺さって揺れている。四階席の片隅に、弓を携えた人影を見付けて、リーシェは息をついた。


(ありがとうございました、ディートリヒ殿下。……それと、ラウル……)


 客席に隠れた弓兵たちの殺気も、これですっかりなくなった。近衛騎士に引き倒されたディートリヒが、何やら抗議の声を上げているようだ。




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― 新着の感想 ―
[一言] ディートリヒ…いい仕事したなぁ! そしてラウル…さすが!
[一言] 最後はディートリッヒの御手柄ですね しかしあのディートリッヒが 本当に根は悪い人じゃ無いですよね す最初の時のおバカなお花畑の印象だったのですがが今では愛すべきお馬鹿さんになっています
[良い点] リーシェとアルノルトの独壇場かと思いきや、ディートリヒにも見せ場が…!危険もかえりみず、勇敢でした! 陰からちゃんとサポートしてくれたラウルも流石でした♪
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