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【7章連載中】ループ7回目の悪役令嬢は、元敵国で自由気ままな花嫁生活を満喫する【アニメ化しました!】  作者: 雨川 透子◆ルプななアニメ化
〜5章〜

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191 身代わりと信頼


***





 偽物の『歌姫』に成り代わり、身代わりを演じながら、リーシェは集中力を研ぎ澄ましている。


(ここまではすべて狙い通り。シルヴィアがひとりになったと誤認した敵が、迷わずこちらを狙ってきたわ)


 歌姫としての衣装は重いが、動きやすい工夫が細部に凝らされている。フリルにはいくつものスリットが入っており、裾捌きに苦労はしなさそうだった。


 ヴェールで顔を隠しているが、リーシェからの視界には支障がない。それよりも、明るい舞台から暗い客席を注視することが、想像の通りに難しかった。


 耳を澄まし、殺気に集中する。

 大勢の観客がいる中でも、矢が風を切るときの特徴的な音や、誰かが人を殺そうとしているときの気配は明白だ。


(――右!)


 そう判断すると同時に、リーシェは剣を振った。

 鏃には当たらなかったものの、(シャフト)の部分に刃が当たる。弾き飛ばした矢が舞台の下手に滑り、人工花びらが舞い上がった。


(アルノルト殿下に教わった通り。『刃を振るときに面にすることを意識し、篦を払って矢を落とす』……!)


 ここ数日、アルノルトに特訓してもらった成果は十分だ。リーシェは深呼吸をしつつも、自らの緊張を自覚した。

 一瞬でも気を抜けば、諜報員の矢はリーシェの左胸を射抜くだろう。相手が手練れであることは、狩人という名の諜報員だったリーシェにもよく分かる。


(シルヴィアとの入れ替わりが、上手くいってよかったわ。……この状況で、シルヴィアを囮役にしていたら、間違いなく彼女に怪我をさせていたもの)


 どれほど警備を固めようと、守り切ることは難しい。それが分かっていたからこそ、リーシェはアルノルトとラウルに対し、城壁の上で提案していたのだ。


『囮役を演じるのは、シルヴィアではなく私がやります』


 そう告げると、アルノルトは眉根を寄せた。


『シルヴィアには、彼女自身を囮にすると説明しようかと……そうでなくては、シルヴィアは計画に賛成してくれません。この囮計画には、シルヴィアや他の役者さんの協力も不可欠ですから』

『……リーシェ』


 アルノルトは、苦い表情のままでリーシェを見下ろす。

 けれど、リーシェがじっと見つめると、やがて溜め息をついてからこう言った。


『――分かった。お前の思う通りにすればいい』

『ありがとうございます、アルノルト殿下!』

『いやいや! ちょっと待てっておふたりさん!』


 騎士に扮した姿のラウルが、慌てた様子で割って入る。


『ラウル?』

『当然のような顔でなに言ってんだ。あんたが歌姫シルヴィアの身代わりって、そこまで危険を冒す必要はないだろ』

『だって、他に最善の方法が無いんだもの』

『「無いんだもの」じゃなくて!』


 ラウルはやれやれと肩を落とし、今度はアルノルトの方を見上げた。


『殿下も殿下だ、あっさり甘やかしていいのかよ。身代わり役なんかやらせて、可愛い奥さんに万が一のことがあったらどうするつもり?』

『だから、私はまだアルノルト殿下の奥さんじゃないんだってば……!』


 気にするところはそこじゃない、という顔を向けられた。いつも感情を誤魔化すラウルが、ここまで分かりやすい表情をしているのも珍しい。


 アルノルトは僅かに眉根を寄せたまま、青色の瞳を伏せて言う。


『……危険が伴うことは、当然承知の上だ』


 それは、呆れの混じったような声音なのだった。


『その上で、リーシェがこの状況を譲るはずもない。これは、自分が守ると決めたものは、どんな手段を使ってでも守ろうとするからな』

『アルノルト殿下……』


 アルノルトはリーシェを見て、その渋面を少しだけ和らげた。


『それくらいは、もう十分に分かっている』

『……!』


 向けられたある種の信頼に、リーシェの胸がどきりと高鳴る。

 ラウルが先ほど言ったように、これはリーシェへの甘やかしだ。他の誰かが提案しても、アルノルトは絶対にこの案を飲まない。


 そのことが理解できるからこそ、どうしても嬉しくなった。


(絶対に、守り抜いてみせる)


 そしてリーシェは今、歌姫の姿で舞台に立ちながら、慎重に剣を振るっている。

 飛んできた矢を再び弾き飛ばすと、観客のざわめきが大きくなった。


「一体これは、どういう演目なんだ……!? 歌姫シルヴィアに矢が飛んで、それを彼女が剣で防ぐ。その度に、舞台に落ちた花びらが舞って……」

「ええ、とっても綺麗……!」


 観客たちが音楽に紛れて、隣と密かに感想を交わす。リーシェはそんな会話も耳に入らず、次の攻撃に意識を集中させた。


(客席から矢が飛んでくる度に、近衛騎士の皆さまが射手を見付ける算段。そのために少しでも多く、私に向けて矢を射らせて――)


 アルノルトに学んだことを意識しながら、風を切る音と同時に剣を薙いだ。


「おおお!!」


 二本同時に斬り弾いて、客席から歓声が湧き上がる。

 ドレスの裾を掴み、ふわりと捌けば、それに合わせて花が舞うのだ。


(手荷物検査を行うと周知したことで、持ち込まれているはずの武器は最小限。諜報部隊は遠距離が基本だわ、矢が尽きるまでは観客席から狙ってくる……!)


 リーシェの大きな役割は、観客席にいる弓兵をすべて炙り出すことだ。

 シルヴィアの身代わりとして矢を引きつけ、それをすべてかわして落とす。弓兵の最大の弱点は、攻撃が消耗戦になることだ。


(そして矢が尽きれば、次の動きは――……)


 想定通り、舞台に登ってくる敵の姿があった。


 黒いローブを纏った男が、隠していたらしき短剣を抜く。舞台の演目だと思い込んでいる観客たちも、緊迫感に息を呑んだ。


 真横に払われた一撃を、リーシェは咄嗟に身を屈めてかわす。

 大きな拍手が沸き起こるが、そこを狙って矢が迫った。


「っ」


 太ももの辺りを狙われて、刃を返しながら鏃を弾く。無意識に呼吸を止め掛けて、乱されてはいけないと吐き出した。


 けれども一瞬の隙を突かれる。


 矢を防ぐ動きの瞬間を、舞台上の敵に狙われたのだ。

 剣を持った諜報員が、リーシェにそのまま斬り掛かる。


「……っ」


 その瞬間だ。


 舞台袖から現れた人物が、リーシェと敵の間に飛び込んだ。

 かと思えば、彼はその脚を振り上げると、敵のこめかみに鮮やかな回し蹴りを叩き込む。


「ぐあ……っ!?」


 悲鳴と共に、舞台下まで敵が吹き飛んだ。

 リーシェの眼前で、黒色のマントが翻る。踵が敵に接触したのが不快だったのか、その人物は顔を顰めた。


 事前の打ち合わせと異なる動きに、リーシェは小声で彼を呼ぶ。


「アルノルト殿下……!」

「…………」


 アルノルトはリーシェを振り返ると、小さく息をついてから言った。


「怪我は無いな?」

「あ、ありませんが……! アルノルト殿下が出てきて下さるのは、もう少し後という手筈では?」





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― 新着の感想 ―
[一言] この舞台の観客になりたい…… せめてアニメ化来てくれーー
[良い点] リーシェの危険には素早いですね。さすが殿下。
[一言] なんにせよアルノルト殿下は敵を探すために客席へ目をやることは全くせず、剣舞するリーシェを見つめ続けていたということでよろしいですね。
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