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20 彼女への審判

 ***




(よかった、シーツの洗濯が間に合って……!)


 侍女たちの前に立ったリーシェは、アルノルトの従者であるオリヴァーに紹介をされながらも、内心では肝を冷やしていた。


 今日は朝からやることが多くて、洗濯を後回しにしてしまったのだ。なんとか身支度を整えて来たことに気づかれないよう、そっと息を整える。


 そんなリーシェの思いには気付かず、オリヴァーは集められた少女たちに説明をしていた。


「あなた方が侍女候補となったのも、いずれ皇太子妃となられるリーシェさまの支えとなれるよう、リーシェさまに年齢の近い者を皇太子殿下が集められたからです。選ばれた者は、その点を肝に銘じるように」


 しれっと初耳の話が出て来たが、ひとまずそのことは置いておく。リーシェは、この場に集められた少女たちの顔を見た。


 エルゼは驚いているようで、ぽかんと口を開けている。感情の起伏があまりなさそうな彼女だが、今回ばかりは分かりやすい。


(ごめんね。あなたたちの状況を正しく知るには、同じ侍女として話すのが一番だと思ったの)


 他にいる新入りの侍女たちは、エルゼと同じく呆然としていたり、リーシェを見て目を輝かせたりしている。


 一方でひどく青ざめているのは、ディアナをはじめとした先輩侍女たちだ。

 がくがくと震えていたり、絶句して口をぱくぱく開閉していたり。放心して立ち尽くす者や、泣きそうになっている者もいる。


 みんな、侍女として潜り込んでいたリーシェに、辛辣な言葉を投げつけてきた少女たちだ。

 その筆頭であるディアナは、口元を両手で押さえ、いまにも悲鳴を上げそうだった。


「では、リーシェさま。どうぞお言葉を掛けてやってください」

「……はい」


 オリヴァーの紹介が終わり、リーシェはすっと前に歩み出た。


「まずは、これまでのことを謝罪させていただきます。騙すような真似をしてしまってごめんなさい。――ですがお陰で、皆さまのお仕事をじっくり拝見することが出来ました」


 隣のオリヴァーは、不思議そうな顔をしている。その一方で一気に狼狽え始めたのは、新入りの侍女たちだ。


「……どうしよう。そういえば私たち、リーシェさまに洗濯を手伝ってもらっちゃった!」

「こんなのクビになるに決まってるわ! 私のお給金がないと、弟が学校に行けなくなる……」


 不安を抑えきれなくなったのか、新人たちは小さな声でそれを吐露しはじめた。そのざわめきを見たオリヴァーが、困った顔で囁く。


「リーシェさま。先ほど仕事ぶりのお話をされましたが……実はここにいる三分の二は、城下から集めてきたばかりの素人です」

「ええ。存じております」

「というのも、この城には全部で数百名の侍女がいるのですが、大半が年嵩の者でして。本来はその中から仕事が確かな者を選ぶべきなのですが……アルノルト殿下が、リーシェさまが打ち解けやすい年頃の侍女で揃えるようにと仰るものですから」

「……その件については後で詳しくお聞きします」


 確かに、リーシェの侍女候補として新たに城下から人を雇うのはおかしいと思っていたのだ。だが、いまはアルノルトの意図について考えている場合ではない。


「侍女についてはリーシェさまに一任とのことでしたが。いくらなんでも、皇太子妃となられる方に新人の侍女をつける訳には参りません」


 オリヴァーは、懐から一枚の紙を取り出す。


「ここに、新人の名を控えた紙があります。その者たちには不採用だとお伝えいただき、少しでも経験の長い者でリーシェさまの侍女を固めましょう」

「オリヴァーさま」

「ではお伝えします。エルゼ……」

「――エルゼさん。ニコルさん。ヒルデさん、マルグリッドさん、ローザさん」

「な……」


 リーシェは紙を見ることなく、ましてやオリヴァーの話を聞くまでもなく、自分から彼女らの名前を呼んだ。


 リーシェに名を呼ばれた新人たちは、目を丸くする。彼女たちはみんな、洗濯場で一度は見かけたことがある顔だ。


「エルケさん、アメリアさん。それから……」

「ま、まさか、全員分覚えていらっしゃるのですか!? ご自身の元に配属されたわけでもない、たかが使用人の名前を……」

「覚えています。使用人の方たちがいなければ、我々の生活は立ち行きませんから」


 オリヴァーにそう言ったあと、残る名前を呼んでから侍女たちに向き直る。


「――以上、二十名の方に申し上げます」


 新人たちは、びくりと体を強張らせた。

 中には縮こまり、震えてしまっている者もいる。名を呼ばれていないディアナや周囲の侍女たちは、勝ち誇ったような顔だ。


 彼女らに向けて、リーシェは告げた。


「いま名前を呼んだ二十名の方には、私の侍女となっていただきます」

「――え……」


 その場の空気が凍りつき、オリヴァーが驚愕の声をあげた。


「り、リーシェさま!? いまのは、新人たちの名前で……」

「はい。是非、この離城で働いていただきたいですわ」


 採用を伝えたはずの新人たちも、何が何だか分からないといった様子で絶句している。


「これからよろしくね。エルゼ」

「え……!? えっと、はい、あの、でも」


 エルゼはかちこちに固まったままだ。彼女より先に声を上げたのは、声の震えているディアナだった。


「どうしてですか、リーシェさま! リーシェさまは実際にご覧になったはずです。この新人たちがどれだけ使えないか、不慣れなのかを! そして私たちが、短時間でたくさんの仕事をこなしてきたことを……!!」

「おい君。リーシェさまに対して不敬だぞ」


 オリヴァーに咎められても、ディアナは必死に言い縋ってくる。


「私はリーシェさまの役に立ちます! どんな仕事もこなしてみせます!! だから、どうか……!」

「君。下がりなさい。それ以上リーシェさまに近づいてはならない」

「確かに私、リーシェさまに失礼なことを言いました! けど、それは知らなくて!! 絶対に挽回してみせます、ちゃんとしますから……! だからどうか、侍女としての実力を見てください!!」

「……」


 リーシェは彼女を見据えた。


「ディアナ。あなたには、お願いしなくてはいけないことがあるわ」

「あ……ありがとうございます、リーシェさま! 『お願い』ということは、つまりそれは、私を……!」


 安堵しきった表情で、ディアナがほっと息をついた。

 しかしリーシェは、彼女の目を見たまま続ける。


「あなたには、今日限りで侍女を辞めていただきます」

「――え……」


 ディアナの顔が、さあっと青白くなった。


「ど……どうしてですか!? こんな仕事の遅い新人たちより、私の方が優秀なのに!! どんな仕事だって完璧にこなしてみせます、そうお約束します……! だから、だから私を!」

「――ねえ、ディアナ」


 これまで彼女たちに使っていた丁寧な口調をやめ、リーシェは静かに告げた。


「あなたは気づいていたかしら? 新しく入った彼女たちが、仕事の手際は悪くないことに」

「……どういう、意味で……」

「では、思い出すことは出来る? かつてこのお城に来たばかりの自分が、いったい何に困っていたかを」


 困惑しきったディアナの目が、助けを求めるように彷徨った。

 けれどもやがて、何かに思い至ったかのようにリーシェを見て、ゆっくりと口を開く。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 侍女、しかも皇室に関わるレベルの者ならば、 貴族の子女ばかりが集められそうな気がしますが、敢えて平民のみを選んでるって事でしょうか? この物語の貴族の子女は結婚するまで実家で家事手伝い…
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