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【7章連載中】ループ7回目の悪役令嬢は、元敵国で自由気ままな花嫁生活を満喫する【アニメ化しました!】  作者: 雨川 透子◆ルプななアニメ化
〜5章〜

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170 踏み込む覚悟を

「……怖いか?」


 アルノルトの腕の中で、柔らかく尋ねられる。


「怯えなくていい。……大丈夫だから」


 リーシェの髪に口元を埋めたまま、彼は囁くようにそう言った。


(私を、庇って下さっている……)


 リーシェはアルノルトに包まれて、守られるような体勢だ。


 けれど、ただそれに甘んじる訳にはいかない。


 どれほど怖くとも、息が出来ないほどの威圧感に潰されそうでも、リーシェだってアルノルトのために動きたいのだ。


「……っ」


 だから、手を伸ばした。

 アルノルトが、彼の父に向けているその背中に、懸命に腕を回す。


 そうして、ぎゅうっとアルノルトを抱き締めた。


 愛おしい恋人へ、甘えるように。

 いつかの歌劇で見た、歌姫シルヴィアの仕草を思い出しながら真似てみる。


「――――……」


 抱き締めた体越しに、アルノルトの驚いた気配が伝わってきて、彼の胸に額を擦り付けた。


(ううー……っ)


 心臓がばくばくと跳ね上がり、耳の下まで熱くなる。色んな意味で、いまは顔を上げられそうにない。


 こんな風に抱き締めてしまって、アルノルトの邪魔にはならないだろうか。


 けれど、見た目の印象よりももっと大きく感じるその体に縋っていると、随分安心できるのも確かだった。


「……リーシェ」

「ひゃ……っ」


 アルノルトが、リーシェの耳に口付けるふりをする。

 実際は触れられていないのに、その気配だけでくすぐったくて体が跳ねた。


 アルノルトは、そんなリーシェを宥めるようにもう一度抱き込んだあと、驚いたことに彼の父を振り返るのだ。


 恐らくは、父親を静かに見据えたのだろう。


(――っ!!)


 その場の空気が痺れを帯びて、リーシェは再び息を詰めた。ぶわりと冷や汗が滲むようで、くちびるを必死に結ぶ。


 その対峙は、わずか一秒にも満たなかったはずだ。

 けれど、リーシェにとっては随分と長い時間に感じた。自分の心臓が早鐘を打つのが、妙に大きな音に聞こえる。


 先に殺気を解いたのは、意外にもアルノルトの父親の方だ。


(……消えた……?)


 呆気なく、唐突な幕切れである。


『戯れに飽きた』とでも言うかのように、重圧感がぶつりと遮断された。

 現皇帝は、恐らくあの回廊を去ったのだろう。そのことは気配で察せられるものの、リーシェはそれでも動けなかった。


「リーシェ。大丈夫か」

「…………っ」


 名前を呼ばれ、短く息を吐く。

 アルノルトの胸に、自身の額を押し付けたまま、リーシェはゆっくりと口を開いた。


「申し訳、ございません。アルノルト殿下」


 なんとか絞り出した声は、我ながら酷く掠れていた。


「反射的に、剣を抜こうとしてしまいました」


 あんなことをしなければ、アルノルトにとって不本意であろう行いをさせずに済んだはずだ。

 心臓がまだうるさい。それでもリーシェは、大きく深呼吸をしたあとに、アルノルトに改めて謝罪をした。


「私の浅慮で、殿下にまでご迷惑を」

「迷惑などは掛けられていない。……あの男がここを訪れたのは、あまりにもタイミングが悪かった。詫びるべきは、説明をしていなかった俺の方だ」


 そう言われ、アルノルトにしがみついたまま、ふるふると小さく首を横に振る。

 アルノルトは、リーシェをあやすように、ぽんぽんと後ろ頭を撫でてくれた。


(うう……)


 本当に、小さな子供にでもなった気分だ。

 だが、体の強張りが確実に解けていく。アルノルトは、額を押し付けているリーシェを見下ろして、こう尋ねてきた。


「お前が剣を抜こうとした際に、何をしようとした?」

「……?」


 問い掛けの理由が分からず、ちょっとだけ顔を上げて、視線だけでアルノルトを見上げる。


「『ただ剣を抜いて構える』という、そのような動きとは違っただろう。――だから、お前を止めるのが一瞬遅れた」

(『遅れた』……。私の感覚では、一瞬で止められた上に、殿下のお陰で剣を抜かずに済んだのだという認識なのだけれど)


 アルノルトの手が、リーシェの前髪を梳くように触れる。


「……それは」

「うん」


 彼の声音が、いつもより殊更に穏やかなのは、きっとリーシェを落ち着かせるためなのだろう。

 アルノルトの思惑通りだ。頭を撫でられ、やさしい声で促されたお陰で、随分と呼吸も緩やかになる。


(あのとき、殿下の剣を抜いて、私がしようとしたことは)


 けれど、今度は別の緊張が大きくなってきた。

 リーシェはぎゅっと眉根を寄せたあと、アルノルトの片腕に抱き寄せられたままで、おずおずと口を開く。


「……アルノルト殿下を、お守りしたかったのです……」

「…………」


 アルノルトが、僅かに目をみはった。


「恐れ多い、ですよね。殿下の方が、私よりずうっとお強いのですから」

「……リーシェ」

「頭では分かっているはずなのに。……あのときはどうしても、我を忘れてしまいました」


 リーシェは、アルノルトの胸元に再び額を押し付ける。

 それから、ぎゅうっと縋り付いて口にした。


「……殿下の御身に何事もなくて、本当によかった――……」

「――――……」


 そう思うと、体の力が抜けてしまった。

 リーシェがしゃがみ込みそうになったのを、アルノルトが支えてくれる。両腕で、先ほどよりも強く抱き締めるように。


「ごめんなさい。私の行動で、却ってお手間を」

「構わないと言っている」


 リーシェの耳元に、身を屈めたアルノルトの声が触れた。


「あの男から俺を守ろうと動くのは、世界中の何処を探しても、お前くらいのものだろうな」

「……殿下」

「だが」


 紡がれたアルノルトの声音は、ほとんど吐息に近いものだった。


「……頼むから、俺を守るために危険を冒すような振る舞いは、もう二度としないでくれ」

「……っ」


 アルノルトが、懇願のような言葉を紡ぐのは珍しい。


 本来なら、彼の願いは出来るだけ叶えてあげたかった。

 けれど、どうしても約束できそうにない祈りに、リーシェはきゅうっと口を噤む。


「……」


 リーシェが頷こうとしないことに、アルノルトだって気が付いているはずだ。

 その証拠に、彼は大きな溜め息をついた。


「……歩けないんだろう。抱えるぞ」

「え? ……あわわっ!!」


 いくらか慣れてきた様子のアルノルトが、リーシェを横抱きに抱え上げる。ふわりと体が浮く感覚に、リーシェは慌ててしがみついた。


(ま、またお姫さま抱っこを……!!)


 この体勢は恥ずかしい上、体が密着してしまうのだ。リーシェは困り、美しい横顔を間近から見上げる。


「アルノルト殿下……!」

「すぐに降ろしてやるから我慢しろ。――この先に、小さな東屋がある」


 驚くけれど、アルノルトの言った通りだった。


 塔の裏手から回り込んでいくと、そこは小規模な庭園になっている。

 その中央には屋根が造られ、品の良い造りのテーブルと木製椅子が置かれていた。アルノルトはそこまで歩いてゆくと、その椅子にやさしくリーシェを下ろす。


「ここで少し、時間を潰すぞ」

「は、はい……。ですが、すぐに立ち去らなくても良いのですか?」

「あの男に見られている以上、しばらく留まった方がいい」


 アルノルトの青い瞳が、リーシェのことを見下ろした。


「……なにせ、逢瀬のふりをしているからな」

「!!」


 その言葉に、先ほどまでのことを思い出す。

 アルノルトは、リーシェの髪に何度も口付けたのだ。彼にくちびるを押し当てられて、ちゅっと鳴っていた音を思い出すと、耳まで熱くなってしまう。


(だっ、駄目……! アルノルト殿下は私を助けるために、ああして髪に口付けをして下さったのだもの。……他意はお有りでないのだから、変に意識しすぎないように……!)


 自分に言い聞かせつつ、口を開いた。


「え、ええと、その……。アルノルト殿下」


 アルノルトが、リーシェの隣に黙って腰を下ろす。

 リーシェは深呼吸をし、彼を見上げながら、想像してみたことを口にした。


「この塔は――皇帝陛下の、お妃さまに関わる場所でしょうか?」

「……」


 アルノルトは目を細めたのは、頷く代わりの仕草だったようだ。


「あの男の正妃と、すべての側室が、かつてはこの塔に住んでいた」


 過去を語るような口振りなのは、それが現状と異なるからだろう。


 ガルクハインの現皇帝は、各国に人質としての花嫁を差し出させていた。

 けれどもテオドール曰く、数多く居たその女性たちは現在の正妃を除き、みんな亡くなっているというのだ。


 アルノルトは、椅子の背凭れに身を預けると、自身の両腕を組んでからこう呟く。


「――……まさかあの男が、いまもこの塔に出入りしていたとはな」

「……!」


 それは、ほとんど独白に近い言葉だった。


 きっと、アルノルトですら予想していなかったということなのだろう。

 アルノルトがそんな様子を見せるのは、懇願と同じくらい珍しいことだ。


「現在の、皇后陛下は?」

「主城に居を構えている。現在ここには誰も住んでおらず、忘れ去られたも同然だったはずだ」

「この一画だけ木々の手入れが甘いのも、そんな事情からだったのですね……」


 無人のはずの塔ならば、皇帝が訪れる理由もないはずだ。

 それなのに、どうしてあの回廊に姿を見せたのだろうか。


「……っ」


 皇帝の気配を思い出すだけで、体が強張りそうになる。だが、しっかりしなくてはいけない。


(現皇帝陛下に怯えている暇なんてないはずだわ。だってアルノルト殿下は、あの殺気の中でいつも通りに動いていらっしゃった)


 口を閉ざしたアルノルトは、目を伏せて何か考えている。

 リーシェは最近気が付いた。こうして伏目がちに俯くのは、アルノルトが考えごとをしているときの癖なのだ。


(こうしている間にも、アルノルト殿下はご自身の目的のために思考を巡らせているはず。……私だって足掻かなくては、あの皇帝陛下に対峙することも、アルノルト殿下をお止めすることも出来はしないわ)


 気付かれないように、そうっと深呼吸をする。

 そしてリーシェは、アルノルトの袖をきゅっと掴んだ。


「……どうした?」

(……私に尋ねて下さる声は、こんなに柔らかなのに)


 アルノルトの心の中にはきっと、あの父を殺すための算段が眠っている。

 リーシェは未来を知ることも、アルノルトの目的を知っていることも隠さなければならない。その上で、アルノルトの考えを探る必要があるのだった。


「明日もお早いのでしょう。……私の所為で、ごめんなさい」

「なにひとつお前の所為ではない。だから、いつも通りに笑っていろ」


 その言葉に、ずきりと胸が痛くなる。


 アルノルトはやはり、やさしいのだ。

 本来なら、何かの目的を果たすために、誰かを殺す以外の手段だって見つけられる人であるはずだった。


「明日も、ご公務にディートリヒ殿下をお連れ下さるのですよね」

「……あの男のことで、お前が責任を覚える必要など無い」

「はい。……ですがつい、心配になってしまって」


 ひとつずつ言葉を選びながら、それを決して表に出さないように、リーシェは告げる。


「故国を出る前、あの婚約破棄の直前に、妙な動きを感じていたのです。私がディートリヒ殿下のことを、未だ気掛かりに感じてしまう理由は、それもあるのかもしれません」

「妙な動き?」

「はい」


 本当は、これをアルノルトに告げるつもりはなかった。


(けれど、踏み込んでいかなくては)


 そのためには、未来を知っている優位性を、すべて投じていくべきだと覚悟する。


(……私がこの言葉を口にすることは、アルノルト殿下のお心に、どのように届くのかしら)


 そう考えながらも、リーシェはそっと口を開いた。


「――ディートリヒ殿下は、お父君への反逆を目論んでいらっしゃるのかもしれません」

「…………」


 そしてリーシェは、同じ目的を持つアルノルトの青い瞳を、真っ直ぐに見詰めてこう続ける。






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― 新着の感想 ―
[良い点] 殿下かっこよすぎです…!! [気になる点] 自分の血を色濃く受け継がせる為に他の子供を殺しておきながら、息子に殺気を向ける父帝… 謎ですね〜 [一言] 殿下かっこいい、リーシェ可愛い…
[気になる点] 父帝は、何をしに 思い入れのあった妃殿下が要らした? 想い出に浸っていた?
[良い点] 激甘直後の爆弾 ・・・ アルノルトの返答や如何に? [気になる点] やはり皇帝はアルノルトに 自分を殺させようと憎悪を煽って いるのかもしれないと感じました。 生贄がリーシェに変わる?…
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