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【7章連載中】ループ7回目の悪役令嬢は、元敵国で自由気ままな花嫁生活を満喫する【アニメ化しました!】  作者: 雨川 透子◆ルプななアニメ化
〜5章〜

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169 向けられた殺気

***




 厨房を片付けたあと、アルノルトと一緒に離宮を出たリーシェは、皇城内の城壁沿いを歩いていた。


 わざと回廊から外れ、木々の間を進んでいるため、足元からはわさわさと野草を搔き分ける音がする。

 月は半月のため、暗闇のよるべにするには頼りなく、リーシェたちはそれぞれランタンを手にしていた。


「かつて、私はとある人に教わりました。『守りの磐石さを確かめるには、侵入者の目線に立つ必要がある』と」


 隣を歩くアルノルトに向けて、リーシェは告げる。

 リーシェにそう説いたのは、狩人人生での頭首ラウルだ。


「当然この皇城も、敵軍という侵入者を迎え撃つべく、万全の造りになっていますよね?」

「城というのは、要塞だからな」


 そう返したアルノルトのランタンは、彼自身の足元よりも、リーシェの足元を照らすように翳されていた。


(それに、アルノルト殿下の普段の歩調よりも、殊更ゆっくり歩いて下さっているわ)


 さり気なくも紳士的な振る舞いに、ともすれば落ち着かない気持ちになってしまう。

 リーシェはアルノルトの気遣いを受け取りつつ、なるべく動揺しないように続けた。


「こほん。……ですが優先されるのは、あくまで重装備の敵兵に対する守りです。対して諜報員は、身軽な装備で隙をついて潜り込んでくるもの。アルノルト殿下も、昨日の仔猫が侵入してきた経路を危険視なさっていたので……」


 足元の灯りをアルノルトに任せ、リーシェは自身のランタンを掲げた。

 左手には、ガルクハイン皇城の厳重な城壁が伸びている。リーシェがランタンを動かすと、木々の影がそれに合わせて同じように動いた。


「諜報員の目線で、城壁周辺を見回ろうと思いまして。今日の昼間に、ぐるりと一周してみたのです」

「……お前がか?」

「以前読んだ本に、そういった防衛指南書がありまして」


 リーシェはにこーっと笑って誤魔化す。

 当然それは嘘であり、実際は狩人人生の知識なのだが、アルノルトはもはや仔細を追求してこない。面白そうに笑い、こんな風に言うだけだ。


「相変わらず、持っている知識の底が知れないな」

(アルノルト殿下も、だいぶ私に慣れてきていらっしゃるのよね……!)


 あるいは泳がされているのだろうか。だが、リーシェが知識の出所について絶対に口を割らないのも、アルノルトはもう分かりきっているのだろう。


「もちろん、私の素人知識だけでは安心できないでしょうから、後日ラウルにでもご確認いただくのがよろしいかと」

「……ああ。やはりあの男と接触したか」

「はい。後ろから突然現れたので、それはもう、すっごく吃驚しました」


 リーシェはちょっとくちびるを尖らせた。アルノルトは目を伏せて、ふっと微笑みに近い表情を作る。


「お前でも気配が悟れないのなら、あの男もそれなりに使えはするようだな」

「わ、私をすごく買い被っていらっしゃる……」


 そもそも、気配の消し方や読み方をリーシェに教えたのがラウルなのだ。

 それは口にしないものの、リーシェはアルノルトに説明した。


「ガルクハイン皇城は、諜報員対策もかなりされているようでした。私が以前、城下に抜け出したときに使ったのは、他よりも少しだけ低くなっていた一部の城壁です。ですがそれも、中から出てきたからこそ、外から入ってくる経路を残すことが出来たものでした」


 あのときのリーシェは、城壁に近い枝にロープを掛けて外に出たのだ。そして、中に入るにもそのロープを使った。

 たとえ狩人人生の隠密技術があっても、最初が外からの侵入であれば、きっと容易にはいかなかっただろう。


「城壁には、頑丈な土壁や石素材を使うもの。頑丈であればあるほど、金具などの道具を用いて登るのが容易になっては来るのですが、この城の外側は鼠返しになっています」

「それに加え、城壁の素材も二重構造になっているはずだ。打撃などに強い頑強な石壁を覆うように、脆く崩れやすい土壁で塗り固めている」

「はい。諜報員としては、とても嫌な造りですね……」


 リーシェは思わず真面目な顔で、どうやってこの城に侵入するかを考えてしまった。なにしろ狩人人生ではあのラウルも、ガルクハインに潜入するという手段を選ばなかったのだ。


「ですが、一度城壁から目を離すと、このお城も案外たくさん隙があるのですよ?」


 リーシェが悪戯っぽく笑うと、アルノルトはそれに同意した。


「――そうだな。他ならぬお前自身が、日々あちらこちらを自由に動き回っている」

「うぐ。……そ、そうですとも。たとえばあちらの兵舎ですが、雨樋を使って攀じ登れば、簡単に最上階まで辿り着けてしまいますし……」


 リーシェは歩きながら、ランタンで右手の建物を照らす。


「ほら殿下、ご覧下さい。あちらの第三訓練場、物置小屋の屋根まで登ると、そこから訓練場の塀に降りられますよね?」

「……」

「どうですか? その塀の上を、落ちないように気を付けて歩いてゆくと……」

「……なるほどな。隣り合っている隊長格の兵舎二階まで、工夫をすれば辿り着けるのか」

「そう、そうなのです! さすがはアルノルト殿下!」


 リーシェはきらきら目を輝かせ、尊敬のまなざしをアルノルトに送った。

 生まれてこのかた、盗賊めいた侵入経路へ目を向けたことなんか無かっただろうに、少し説明しただけですぐに掌握してみせるのだ。


「お城はいつもお掃除が行き届いていますが、落ち葉は勿体無いですね。かさかさ鳴るのは天然の鳴子ですから、それだけで侵入者が目立ちやすくなります」

「それでは逆の目線で、そういった場に侵入したい場合はどうする?」

「葉が濡れている雨上がりを選ぶか、そもそも人が少なく、雨音に満ちた雨天時を。あるいは、朝露に濡れている時間にするでしょうか」


 そんなことを話しながら、リーシェはアルノルトと歩いてゆく。

 虫の音がそこかしこでコロコロと響く、吹く風がとても穏やかな夜だ。昼間の暑さに比べると、空気も涼やかで心地よい。


「そしてアルノルト殿下。厳重に見えた城壁の守りですが……」

「……」


 やがて辿り着いたその場所で、アルノルトはわずかに眉根を寄せた。


「……ここは」

「この辺りは他に比べると、庭木の手入れが荒いようなのです」


 この皇城の、一番北に位置する場所だ。


 皇城の北西に位置する主城からは、高層階から四方に伸びている空中回廊がある。

 そのうちの一本は、この北の塔に続いていた。そしてリーシェは、塔の裏手に立っている木を指さす。


「あそこにある木は、随分と枝が伸びているでしょう? そして、城の外側に生えている木も同様です」

「なるほどな」


 アルノルトは、それを見て小さな溜め息をついた。


「それぞれに木の枝が伸びている。人間は乗れないほどの細い枝だが、猫の一匹くらいは、容易に飛び移れるということか」

「はい。昨日見掛けた仔猫はきっと、ここから入って来たのでしょうね」


 枝の細さと木の種類から見るに、あの枝で支えられるのは一キロ未満ということだろう。人間は子供でも折れてしまうが、あのくらいの仔猫ならば十分だ。


「私が見回ってみた限り、このほかに侵入経路となる場所は無いはずです。ですが他にもこの辺りは、城壁の土壁が剥がれそうになっている部分があり……」

「リーシェ」


 僅かに顔を顰めたままのアルノルトが、遮るようにリーシェの名を呼んだ。


「ここは少し、場所がまずい」

「……?」


 リーシェは瞬きを繰り返す。


 アルノルトが、こんなことを言うなんて珍しい。

 警告めいているのに、抽象的で、明言を避けたような言葉選びだ。


(変だわ。だけど)


 だからこそ、リーシェは状況を把握した。


「分かりました。では、すぐにここから去るべきですね」

「いいや、ゆっくりと自然に離れるぞ。むしろ、怪しまれるような動きを取るべきではない」

「怪しまれる? それは、どなたに……」

「…………」


 アルノルトが、少しだけ逡巡する素振りを見せた。

 それでも、彼が誰かのことを口にしようとしたらしき、その瞬間だ。


「――――……っ!?」


 リーシェの背に、ぞわりと凄まじい悪寒が走った。


 全身が強張るような、それでいて逃げたくてたまらないような、強烈に矛盾した感覚だ。指先が一瞬で冷えたのに、全身の血液が沸騰しそうなほど熱い。


 その気配を感じたのは、主城と塔を繋いでいる空中回廊だ。


(あそこに、誰かがいるの?)


 アルノルトが、舌打ちのあとで口にした。


「……くそ。よりにもよって、何故ここで……」

(だめ)


 リーシェの心に過ぎったのは、何よりこんな恐怖心だ。


(――アルノルト殿下が、殺されてしまう……!!)


 反射的に、アルノルトの方へと手を伸ばした。


「リーシェ……!」


 リーシェが引き寄せて掴もうとしたのは、アルノルトが提げているその剣だ。

 けれどもその手は、他ならぬアルノルトによって掴まれてしまい、背後の木へと押し付けられた。


「……!!」


 ぐっと手首を握り込まれ、向かい合ったアルノルトの焦燥を汲み取る。


(駄目だわ、私はやってはいけないことをした……!! 咄嗟にとはいえ、『あの方』に向けて、剣を抜こうとしてしまうなんて……)


 くちびるを結ぶ。

 狩人人生と、騎士人生での経験を積んだことが、完全に裏目に出てしまった。アルノルトに謝りたかったけれど、いまは勝手に動けない。


(凄まじい殺気。離れた場所から見下ろされているだけなのに、これほどまでの威圧感……)


 その人影が立っているのは、回廊の中ほど、ちょうど半月を背にした場所だ。

 けれども、本能からの警告が、あちらを見てはいけないと告げている。



(――……あれが、アルノルト殿下のお父君……!)



 ガルクハインの現皇帝であり、アルノルトが最も憎んでいる男だ。

 その人物が放つ気配を、リーシェは確かに知っていた。あれこそが、騎士人生で未来の皇帝、アルノルト・ハインが放っていたのと同じ殺気だ。


「……呼吸をしろ。リーシェ」

「……っ」


 そう言われて、無意識に息を詰めていたことを知る。

 リーシェを木に押し付けたアルノルトは、彼の父に背を向ける体勢のまま囁いた。取り落としてしまったふたり分のカンテラが、足元でゆらゆらと灯りを揺らしている。


「……妙な体勢にさせて悪かった。だが、あの男から下手に怪しまれるのを避けたい」

(……私が、アルノルト殿下の剣を、抜こうとしてしまった所為で……)


 リーシェがあそこで剣を抜いていれば、皇帝に対する害意を問われてもおかしくない。


 そうなれば、皇太子妃といえども死罪だろう。

 ましてやいまのリーシェなど、未だ婚約者の立場に過ぎないのだ。


 けれどもそれを、アルノルトがこうして守ってくれた。


「これから、俺たちが『単純に人目を避けたくてここに来た』のだと、あの男に思わせるような言動を取る。構わないか?」

「っ、はい……」

「…………」


 リーシェの声が震えた所為で、アルノルトはどこか痛ましそうに顔を顰めた。

 そうして彼は、小さな声でこう詫びる。


「許せ。……少しだけ、お前の意に添わない触れ方をする」

「……!」


 リーシェの手首が解放された。

 その代わりに、指同士が絡むように握り込まれる。アルノルトは、とても大事なものに触れるかのように、きゅっとやさしくリーシェと片手を繋ぐのだ。


 そうして、もう片方の手でリーシェの頭を撫でる。


 かと思いきや、アルノルトは身を屈め、リーシェの前髪に口付けを落とした。


「ん……っ!」


 緊張と、ほんの僅かなくすぐったさに、思わず変な声が出てしまう。

 アルノルトは、そんなリーシェをあやすように髪を撫でながら、何度も額へのキスを繰り返した。


「あ、アルノルト殿下……」

「…………」


 時折、ちゅっと小さな音がする。


 アルノルトの触れ方は柔らかくて、まるで甘やかされているかのようだ。


(〜〜〜〜……っ)


 それどころではないはずなのに、恐怖心の中に恥ずかしさが混じってしまい、縋るような気持ちでアルノルトの手を繋ぎ返した。


 それから、繋いでいない方の手は、彼のシャツの胸元をぎゅうっと握り込む。


 するとアルノルトは、怖がる子供を落ち着かせるかのように、リーシェの頭を抱き込んだ。


 そうして今度は、つむじの辺りにキスをされるのだ。





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― 新着の感想 ―
[一言] アルノルトの父親との対峙がこれほどの緊迫感だとは……。 読んでいるこちらも息を止めてしまいそうになる程緊張してしまいました。 凄いな……本当にすごいリアリティです。 しばらくこの緊張が止め…
[良い点] あめええぇぇぇぇ [一言] パパンこええぇぇぇぇ
[良い点] パパ帝ちょい怖だけど今回に限ってはナイスとしか言いようがない(イチャイチャ見れて嬉しい)
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