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【7章連載中】ループ7回目の悪役令嬢は、元敵国で自由気ままな花嫁生活を満喫する【アニメ化しました!】  作者: 雨川 透子◆ルプななアニメ化
〜5章〜

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168 婚儀の楽しみはたくさんです


「…………そうか」

「……っ、はい……」


 もじ、とドレスの裾を握り締めた。

 厨房は沈黙が支配して、白いふわふわだけが能天気に揺れている。


(う……浮かれ過ぎだと、思われたのでは……!?)


 何しろこの婚姻は、アルノルトにとって思惑のある、政略結婚に近いものなのだ。


 リーシェには想像もつかないような、深刻な事情があるのかもしれない。ガルクハインの重鎮たちにとって、リーシェは人質同様の花嫁であるとも聞いている。


 居た堪れなくなってしまい、おずおずと上目遣いにアルノルトを見遣った。


(あ……)


 目が合ったアルノルトは、無表情だけれど穏やかなまなざしでリーシェを見ている。

 そして、こう問い掛けてくるのだ。


「――婚姻の儀は、苦痛ではないのか?」

「!」


 思わぬ問いに、驚いてしまう。


「どうしてですか?」

「拘束時間が長い上に、堅苦しい儀式だ。準備も膨大で、招待客の相手もある。お前に掛かる負荷は大きいだろう」

「確かに、準備はたくさんありますが」


 とはいっても、それはリーシェの都合でもある。


 なにしろ婚儀の準備とは別で、『招待客』への対策も講じているのだ。

 婚姻の儀には、未来でアルノルトと対立する砂漠の国の国王ザハドや、他にも大きな影響力を持った面々がやってくる。彼らを迎える支度についても、迅速に進めていかなければならない。


(だけど、それを除けば……)


 アルノルトに対し、自信を持ってこう告げる。


「婚姻の儀は、とっても楽しみです」

「……楽しみ?」

「はい! ご存知の通り、私はこれまでの人生でただの一度も、自分の婚儀を経験したことがないので」


 アルノルトは、リーシェの瞳を静かに眺めた。

『これまでの人生』には、過去六回の人生という意味も含まれる。しかし当然アルノルトには、十五年間で一度もという言葉に受け取れるだろう。


「初めてのことはわくわくしますし、婚礼衣装も早く着てみたいです。儀式自体も、参列する立場と花嫁とでは、感じ方がきっと異なりますよね!」

「……」

「アルノルト殿下のお衣装も気になります! 宝飾品も、髪型も。それと、ガルクハインでの婚儀におけるクルシェード語の誓詩はどのようなものなのでしょう?」

「…………」


 楽しみなことを連ねていくだけでも、自然と心が弾んでゆく。一本ずつ指を折りながら話していると、すぐに両手がいっぱいになった。


「人工雪と、それを使った花びら作成の実験も上手く行きました。厨房を埋め尽くしたのは予定外ですが、少量でたくさん作成できるという結果はむしろ喜ばしいことです!」

「…………」


 リーシェがきらきらと目を輝かせているあいだも、アルノルトは机に片肘をつき、どこかやさしい視線を注いでくれていた。


「あ! それから、それから」


 その瞬間、リーシェは再びあのことを思い出す。


(……婚姻の儀のキス……!!)

「…………?」


 アルノルトが、ほんの僅かに目を眇める。


「どうした」

「いっ、いえ、なんでも!!」


 ばつが悪くなり、思わず口元を両手で押さえた。


 顔を赤くしたリーシェが、もごもごしながらそっぽを向いたことを、アルノルトは奇妙に感じただろうか。

 ちらりと窺えば、アルノルトはふっと笑うように息を吐いた。


「まあ、楽しむことでお前の苦痛が軽減出来ているのであれば、それでいい」

「むむ」


 そんな言葉に、くちびるを尖らせた。


「軽減は違いますよ、殿下。だって私には、婚姻の儀で嫌だと感じていることなどひとつも無いのですから」

「……」

「?」


 アルノルトが眉根を寄せたので、リーシェは首を傾げる。

 だが、その理由を深く追求する前に、アルノルトが先に口を開いた。


「……なんにせよ、無理はしないことだ。お前は平然としているが、こなしている準備の工数は多い。幼少期から王太子妃教育を受けてきた結果、大した労力ではないと錯覚しているだけの可能性もある」

「そ、それは確かにそうかもしれませんが……」


 ぎくりとした。アルノルトの言わんとすることに、心当たりもあったからだ。


「で、ですが、ご多忙の中でさらに無理をなさっているのはアルノルト殿下では? オリヴァーさまが仰っていました。迅速にお仕事を片付けて、予定より早く終わっても、その空いた時間に別のお仕事を入れてしまうのが常なのだと」

「……あいつ、余計なことを……」

「その上に、ディートリヒ殿下の面倒まで見ていただいていますし」


 それについて、本当に申し訳ない気持ちになる。

 すると、アルノルトは口を開くのだ。


「言っただろう。あの男のことで、お前が責任を感じる必要は無いと」

「は、はい、分かっています! ……分かっては、いるのですが」


 リーシェは俯いて、そっと呟く。


「アルノルト殿下が皇太子として、ディートリヒ殿下が王太子としてお育ちになられたように。……私自身も、『王太子妃になるため生きる』と育てられたのです」

「……そうだろうな」

「ディートリヒ殿下と婚約破棄したことで、王太子妃からは解放されました。いまはアルノルト殿下の婚約者として、のびのび暮らしているつもりです。だからこそ、ディートリヒ殿下を前にしたとき、なんとかしなければと感じてしまうというか……」


 そうして、心の内側にある感情の形が見えてきた。


「罪悪感があるのかもしれません。それこそ、故国を捨てたという感情に、近いような」

「……」


 それはなにも、今回の人生に限ったことではない。

 過去の人生で、リーシェは故国に帰ることはなかった。ディートリヒがクーデターに失敗し、リーシェの国外追放が取り消されてからも、ずっとだ。


(……無意識に、避けていたんだわ。私自身の問題ね)


 それは、責務から逃げたことへの感情だろうか。

 あるいは、自身の誕生日を苦手に感じてしまうのと同じで、毎日泣きたかった子供のころの記憶がそうさせるのだろうか。


 そんな風に思っていたところへ、アルノルトが告げる。


「お前は何も捨てていない」

「……アルノルト殿下?」


 淡々としているけれど、はっきりとした声音だ。


「生まれてから国を出る前のあいだ、お前に出来るすべての努力をしてきたのだろう? それくらい、いまのお前を見ていれば分かる」

「……っ」

「その挙句追放された国に、いまでも情を寄せているんだ。それがどんな感情であれ、国を捨てたと呼ばれるべきはずもない」


 アルノルトの言葉が、左胸にじわりと広がるような心地がした。


 その温度はとても温かい。

 言い方はいつも通りにそっけないのに、だからこそ尚のこと、温かく思うのだ。


 続いてアルノルトは、あからさまに気に入らないという顔をしてこう続けた。


「……第一、お前が実際にあの国を捨てていたとしても、俺は当然だとしか思わないが」

「っ、ふふ!」


 それがあんまりにも嫌そうな表情だったので、なんだかおかしくなってしまった。

 笑ったリーシェを見て、アルノルトは小さく息をつく。


「そもそも、たとえ二度と戻ることが無かろうと、国を出たくらいで『捨てた』とは言えないはずだ。生まれた国の諜報をするくらいの裏切りでもなければ、そうそう気に病む必要はない」

「ふふふ。……はい、ありがとうございます」


 気遣いを嬉しく感じつつ、リーシェはふと思いつく。


「アルノルト殿下。お礼というわけではないのですが、お力になれるかもしれないことがありまして。すぐにここを片付けますので、もう少しだけお時間をいただいても?」

「構わないが。どこかに行くのか」


 アルノルトによって元気を取り戻したリーシェは、青い瞳を見て悪戯っぽく笑う。


「よろしければ、私とごっこ遊びをしていただきたくて」

「……ごっこ遊び?」

「はい」


 リーシェは人差し指をくちびるに当てて、悪い微笑みのまま告げた。


「――『諜報員(スパイ)ごっこ』、という名の遊びを」

「…………」




***




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― 新着の感想 ―
[一言] 過去6回とは違う 幸せな未来を掴む為 故国の参加は必須だと思うのです。
[一言] 明けましておめでとうございます リーシェどこにごっこ遊びしに行くつもりなのかな~♪ 楽しみです
[一言] 今年もよろしくお願いします! 相変わらずの優しくてかっこいいアルノルト殿下に癒されてます♡(*´ェ`*) 次回も楽しみです♪ いつもありがとうございます!(๑>◡<๑)
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