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【7章連載中】ループ7回目の悪役令嬢は、元敵国で自由気ままな花嫁生活を満喫する【アニメ化しました!】  作者: 雨川 透子◆ルプななアニメ化
〜5章〜

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167 久々に失敗した結果です



 男装姿で訓練場に潜り込んだその日の夜、ひとりである挑戦をしていたリーシェは、離宮の厨房で小さな悲鳴を上げた。


「わっ、わわわあ……!!」


 ここは普段、お湯を沸かしたり温め直しをする程度の厨房で、基本的には無人の場所だ。

 夜更けの時間は侍女もおらず、誰にも見つからないはずだった。だというのに、しばらくして足音が聞こえてくるので、リーシェは一層慌ててしまう。


「――どうした?」

「あっ、アルノルト殿下……!!」


 リーシェが振り返ると、厨房の惨状を目の前にして、アルノルトは珍しく目をみはっている。


「これは…………」

「ご、ごめんなさい……」


 厨房は、大鍋から溢れ出した大量の白いふわふわによって、床まで埋め尽くされていた。

 床だけではない。鍋を乗せたテーブルや、その傍の椅子、果てはリーシェのドレスや頭の上に至るまでそのふわふわが乗っている。


 アルノルトは、空を漂うその一欠片を指で摘むと、青い目を眇めてそれを観察した。


「白い花びら……。いや、雪か?」

「その。……どちらにも見えるといいな、と思いながら、作ってみたものでして……」


 腕を交差させるようにして、大鍋の口を塞ごうとしてみる。けれども白いふわふわは、隙間からまだまだ溢れ出るのだった。

 アルノルトは、ふわふわまみれのリーシェをじっと眺めたあと、おもむろに口を開く。


「……食えるものなら協力するが」

「ちが……っ! りょ、料理に失敗したわけでは無いのです……!!」


 大真面目に提案された空気を察して、リーシェは顔を赤くした。


 リーシェは料理が下手であり、アルノルトはそんなリーシェの料理を迷わずに完食してくれる唯一の人だが、ここは弁解しておきたいところだ。あるいはアルノルトの発言には、以前リーシェが彼に言った、『唐辛子入りワインでも残したくない』という言葉が影響しているのかもしれない。


「食べられるものではありません。これは、歌劇の舞台に使うための小道具を、錬金術で作れないかと目論んだものでして……」

「小道具?」


 リーシェはこくんと頷いて、少し恥ずかしい気持ちを抱えながら説明した。


 先日、歌姫シルヴィアがこの城を訪れた際、リーシェは彼女と色んな話をしたのである。

 庭園に場所を移してから、誓いのキスについてを切り出すのには時間が掛かった。そのあいだに選んだ話題の中で、シルヴィアが言っていたのだ。


『リーシェが見てくれた舞台は、最後にたくさんの花びらが降る演目よね。そう、紙吹雪! あれはとっても綺麗だけど、使うとなると結構大変なのよ』

『あれだけの数の紙片を作るのは、確かにすごい労力だと思うわ。どうやっているの?』

『ふふっ、根性でひたすら手を動かすだけ! 私たち演者も鋏を持って、台詞の読み合わせをしながら紙を切らされたこともあるわ。――それに後片付けも大変なの。時間が経っても、溶けて消えたりしないし。あとは舞台の天井に引っ掛かって、翌日の公演中に意図しない場面で降ってきたり……』


 シルヴィアの話を聞いたリーシェは、彼女に言ったのだ。


『作れると思うわ。見た目が綺麗で、大量に用意できて、時間が経つと消える雪』

『え…………』


 実はとある理由から、リーシェはアリア商会に依頼して、そのために必要な材料を取り寄せてあったのだ。


「――というわけで。いくつかの薬草から抽出した成分を混ぜ合わせ、乾燥させた粉に水を加えると、それらが結合しながら膨らんで大粒の雪のようになるのです」


 アルノルトとテーブル越しに向かい合って、リーシェはそう説明した。

 彼に見せたのは、小皿の上に乗せた半透明の粉末だ。正面に座ったアルノルトは、しげしげとそれを眺めている。


「そして、この雪のようなふわふわに、ぎゅっと圧力をかけると……」


 両手にふわふわを掬ったリーシェは、雪玉を作るように丸めてみせる。

 それから手を緩めれば、一センチほどの紙片のようなものが、数十枚ほど重なった代物が出来ていた。


「このように、力を加えることで層のようにばらけます。ね? 今度は綺麗な花びらみたいでしょう?」

「……なるほどな」


 リーシェが差し出した花びらを、アルノルトは指で摘んで受け取った。それを壁際のランプに翳し、光に透かして観察している。


「これも錬金術の技術か」

「はい! 不思議ですよね。自然のものから抽出した物同士を混ぜ合わせると、自然界では作られないような物が生まれてくるなんて」

「そしてこの厨房は、大鍋による大量生産を試そうとした結果、ということか」

「……それについては申し訳なく……」


 本当は、ここまでの量が発生するとは思っていなかったのだ。


(思わぬ検証結果だわ……。過去人生でこの実験をしていたのは、コヨル国のお城。薬剤も水の量もあのときと同じなのに、どうしてこんなに膨らんでしまったのかしら? 水の量、水の質、気温や湿度……? うう、錬金術も奥が深い……!!)


 錬金術人生では、ミシェル・エヴァンという天才を必死で追い掛け、最前線で寝る間も惜しんで研究に明け暮れた。それでもまだまだ足りないのを実感し、焦りと共に楽しさも覚える。


(ミシェル先生に、またお手紙を書かなくちゃ。先週もお送りしたばかりだけど、先生ならきっと喜んで読んで下さるはず。そうだわ、サンプルも同封して……)

「……」

(は……っ)


 アルノルトの視線を感じ、リーシェは急いで我に返る。


「で、でも、ご安心ください。このふわふわ、時間が経つと溶けて消えるのです……!」

「溶ける? では、後に残るのは水か」

「はい。ですがほんの少しの水分量なので、多くは自然と蒸発します。元となった薬剤も無色透明ですし、口に入れても害はないものなので、お片付けの手間はほとんど無いかと」


 高級な衣類についてしまったときなど、どうしても心配なときだけ、人工雪を払い落とすか洗い流せばいい。

 これならば、シルヴィアたちの劇団でも、取り入れやすいかと考えたのだ。


(元々は、『水分を含ませた上で砂漠に埋めて、砂漠地帯でも植物が育てられる一助にする』という趣旨の開発だったのよね。この薬剤はむしろ、時間が経つと溶けてしまう失敗作の扱いだったのだけれど……こういう機会で活用できるなら、あの実験の日々が少しでも報われる気がするわ)


 そんなことを思い出し、懐かしい気持ちになって微笑んだ。

 するとアルノルトは、リーシェの方に手を伸ばし、珊瑚色の髪に触れる。


 リーシェは当然どきりとしたが、どうやら造った雪のひとかけらが、髪に絡まっているようなのだった。

 アルノルトがそれを取ってくれるのを察して、緊張しながらも大人しくする。


「この技術に使う薬草を、前々から用意していたのか?」

「!」


 指摘されたことに、どきりとした。


「それは、その。……個人的に、ちょっと試してみたかったことがありまして」

「へえ?」


 リーシェの髪から指を離したアルノルトが、目を細めるようにしてリーシェを眺める。


 これはきっと、説明しなくてはいけない流れなのだろう。

 リーシェとしても、ただでさえ秘密の多い身の上だ。隠す必要のないことくらいは、包み隠さず伝えておきたい。


 けれど、どうしても気恥ずかしくなってしまうのは、仕方がないことだった。


「ガルクハインの皇都は、あちこちに花が咲き乱れていますよね? 私が皇都に入った日も、家々の窓辺に飾られている花びらが舞い落ちて、とても綺麗でした」

「…………」

「ですので、オリヴァーさまや皆さまにご相談していたのです。……花びらを降らせられたら、とても素敵だなあ、と」

「降らせる? どこに」

「わ……っ」


 自分の頰が火照るのを感じつつ、リーシェは思い切ってこう言った。


「…………私たちの、結婚式で……!」

「…………」


 アルノルトが、ほんの僅かに息を呑んだような気配がする。





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― 新着の感想 ―
[一言] これでまだ結婚してないのか… 結婚したらどうなるんだよこれ、、、、、、。
[一言] これはクリティカル ・・・ ♪
[一言] 可愛い( *´艸`)
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