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【7章連載中】ループ7回目の悪役令嬢は、元敵国で自由気ままな花嫁生活を満喫する【アニメ化しました!】  作者: 雨川 透子◆ルプななアニメ化
〜5章〜

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163 その呼び方は反則です!

 潤んだ瞳で震えているディートリヒは、彼の父である国王にそっくりだった。

 そんな様子を見て、リーシェは落ち着かない気持ちになる。


(いけませんディートリヒ殿下、夜会の場ではもっと堂々となさっていないと……!! 夜会の中盤以降はともかく、序盤におひとりでいらっしゃるのもマナー違反に……)

「…………」


 隣のアルノルトに、じ……と視線を注がれる。アルノルトの腕に掴まっているリーシェは、それを受けてはっとした。


(そ、そうでした! いまの私は、ディートリヒ殿下に色々と進言する立場には無いはず)


 アルノルトのまなざしの意味を受け取って、見上げたリーシェはこくこくと頷く。


(分かります。大丈夫です、アルノルト殿下!)

「…………」


 アルノルトは少しだけ物言いたげな表情を作ったが、そこで口を開くことはなかった。リーシェは気を取り直し、柱の陰に声を掛ける。


「こんばんは、ディートリヒ殿下。本日はアルノルト殿下のご公務に同行されたとのこと、お疲れ様でした」

「う、ううう……」

「いかがでしたか? アルノルト殿下のお仕事ぶりは」

「い…………いかがでしたか? じゃなーい!!」


 ディートリヒは柱の陰から出てくると、泣きそうな顔で詰め寄ってきた。


「ぼっ、僕は、僕は……!!」

「お、お待ちください! ひとまずバルコニーに移動しましょう、ね!?」


 ディートリヒの様子を見た客人たちが、驚いてざわざわと顔を見合わせる。

 大慌てで彼を連れ出し、アルノルトと三人でバルコニーに出る。ここならば、ひとまず周りの目も気にならないはずだ。


 しかし、そんなことは構わない様子で、ディートリヒは堰を切ったように話し始めた。


「あ、アルノルト殿!! 貴殿はいつもあのようなスケジュールで仕事を詰め込んでいらっしゃるのか!?」

「そうだが」

「馬鹿なあっ!! そんなはずはない!! あれは僕を怖がらせるために、無理に組み上げた過密日程に違いないんだ!!」


 リーシェは驚き、もう一度隣のアルノルトを見上げた。


「アルノルト殿下。今日のお仕事は、そんなに激務だったのですか?」

「いいや? 普段よりゆとりがある方だ。オリヴァーが勝手に調整したからな」


 アルノルトの表情は、この状況でもまったく変わらない。

 頭を抱えて身悶えるディートリヒに対し、アルノルトは平然としている。


「第一、あの男があまりにも『休ませろ』と喧しく、聞くに耐えかねて一度休憩を取らせた」

「いや、だからそこがおかしいと申し上げている!! 夜まで働く時間の中で、休憩がたったの一回ってなんなんだ!? 公務、移動、公務、移動公務公務公務! 移動の間にも馬車の中で書類!! 貴殿は『馬車酔い』という概念をご存知ないのか!!」

「もう。アルノルト殿下……」


 リーシェはふうっと溜め息をつき、アルノルトに言った。


「駄目ですよ。定期的に休息は取っていただかないと」

「だから、その言葉はそのままお前に返す」

「なにを『これが普通の日常です』という顔で話しているんだーーーーっ!!」


 ディートリヒはよほど疲れたらしく、ぜえはあと呼吸が辛そうだ。そのお陰か、声を張り上げているように見えても、あまり大声にはなっていない。


「人間か? 人間の体力なのか……!?」

(ディートリヒ殿下が怯えるのも、確かに無理はないかもしれないわ……。私から見ても、アルノルト殿下のお仕事量は尋常じゃないもの)


 公務の様子を間近で見せられて、ディートリヒは怖かったのだろう。大体、アルノルトとディートリヒでふたりきりの馬車内というのが、あまりにも想像が付かなさすぎる。


 ディートリヒは肩で呼吸をしていたが、やがて大きく息をついたあと、アルノルトを見て尋ねた。


「……貴殿は、疑問に思ったことはないのか?」


 渋面を作ったディートリヒの声音に、どこか真剣な空気が滲む。


「王族というものは、朝から晩まで民のことを考えて、国の為に時間を犠牲にして。どれだけ身を粉にして働いたところで、誰が褒めてくれるわけでもない。自己犠牲が当たり前、滅私奉公が当然、それが出来なければ不要な存在として蔑ろにされる……」

「ディートリヒ殿下……」


 ディートリヒは、その眉根をぐっと寄せて言葉を続けた。


「生き方は選べない。民からは裕福な暮らしをしているように見えても、その実態は不自由だらけだ! ならわしに縛られ、人目に捕らわれ、挙句の果てに……」

「――それがどうした?」

「!」


 淡々としたアルノルトの声に、ディートリヒが身を強張らせる。


「王族にも皇族にも、人として生きる権利があるはずもない」

「な、にを……」

(アルノルト殿下?)

「分からないのか。王の命というものは、何百万もの民よりも、はるかに重い意味を持つものだ」


 その言葉に、リーシェもこくりと息を呑んだ。


「小国が大国に攻め込まれた際、たとえ民を千人差し出そうとも、その侵略が止まることはないだろう。――だが、その国の王たったひとりの命を差し出せば、戦争は終わる」

(……!)


 アルノルトの中指が、彼自身の喉仏の辺りをとんっと叩く。


「王たる人間ひとりの存在が、その国に生きるすべての責務を負っている。その自覚があろうと、なかろうと、王族の命というものは駆け引きに使われる駒だ」

「こ、駒……?」

「俺にも貴様にも、人として生きる権利などない」


 アルノルトの言い切った言葉に、リーシェの背筋が凍り付く。


「だっ……だが、貴殿のそれは! ……まるで、いつか国の為に死ぬ覚悟をするべきだという、あまりにも極端な論調ではないか!!」


 そしてアルノルトは、青色の双眸に暗い光を宿し、ふっと蔑むように笑うのだ。


「――皇太子として生を受けた以上、それは当然の義務だ」

「……アルノルト殿下……」


 ディートリヒはぐっと歯を食いしばり、こちらに背を向けると、夜会の会場へ駆け込むように戻ってしまった。


 リーシェはそれを追おうとし、数歩のところで立ち止まる。

 夜のバルコニーには、アルノルトとリーシェのふたりだけが残されてしまった。


「……」


 夏の夜風が、その場の沈黙を掻き混ぜるようにして吹き抜ける。


「……リーシェ」


 名前を呼ばれて、リーシェはおずおずと顔を上げた。

 数メートルほどの距離を離して、アルノルトの青い双眸と視線が重なる。リーシェが何も言えずにいると、アルノルトは小さく息をついた。


「ふむ。……先ほどのお前は、あの猫に対して、どのように呼びかけていたのだったか」

「殿下?」


 何かを思い出そうとするように、彼が目を伏せる。


「……ああ。そうだったな」


 そのあとに、アルノルトはもう一度リーシェの方を見る。

 そうしてこちらに手を伸ばし、柔らかな表情と、同じくらい柔らかい声でこう言った。


「――……『おいで』」

「ひゃ……っ!?」


 アルノルトらしからぬ言葉で呼ばれて、頬が一気に熱くなる。





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― 新着の感想 ―
[一言] おいで、、、。 アルノルト殿下最近言葉遣いが可愛い気がする
[良い点] 「おいで」 待て待て待て破壊力たっっっか!?
[一言] なんといういたわりと友愛じゃ‥(ワナワナ) その者黒き衣をまといて金色の野に(白目) アルノルト殿下にナウ○カみを感じる日が来るとは(吐血)‥
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