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【7章連載中】ループ7回目の悪役令嬢は、元敵国で自由気ままな花嫁生活を満喫する【アニメ化しました!】  作者: 雨川 透子◆ルプななアニメ化
〜5章〜

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158 実はちょっとだけ苦手です

「祝うものなのか。誕生日とやらは」


 ほんの一瞬だけ不思議に思う。

 けれど、そう問い掛けられたのは、アルノルトにとって馴染みがないものだからなのだと気が付いた。


「アルノルト殿下のお誕生日には、何もなさらないのですね?」

「毎年その日に夜会が開かれているが。まともに参加したことは一度もないな」


 アルノルトは心底どうでも良さそうだ。無表情に近い冷めた表情でも、その顔立ちは美しい。


(ガルクハイン皇族の方々は、皇帝陛下を除いて、国民の前に出る祭典にも参列なさらないというお話だったわよね……)


 つまり、国を挙げての祝い事なども、現皇帝のものしか行わないということなのだろう。


「では、オリヴァーさまからは?」

「何故オリヴァーが出てくる? ……あれには、たとえどんな日であろうと、いつもと違う振る舞いはしないように命じてある」


 話を聞いている限り、彼は家族との縁も薄い。父帝とは険悪であり、実の母からは憎まれていたと言っていた。

 妹姫たちは離れた場所で暮らしており、テオドールと和解したのはつい最近だ。


 オリヴァーも何もするなと命じられているのであれば、アルノルトにとって、『誕生日の祝い事』は未知のものに近いのだろう。


「必ず祝うものかと言われれば、そうとは限らないのですが……少なくとも私は、周りの方のお誕生日はお祝いしたいです」

「そうか」

「だから、次の殿下のお誕生日……十二の月二十八日には、いっぱいお祝いをしてもいいですか?」


 アルノルトを見上げ、リーシェはふわりと微笑んだ。


「そのころにはもう、私たちは夫婦になっているはずですし。夜会はなしで、内々にいたしましょう。オリヴァーさまやテオドール殿下もお誘いして、美味しいものをたくさん食べて――……」


 そんなことを想像して、わくわくする。


 せっかくならば、アルノルトにとって良い日になればいい。もちろんそれは誕生日に限らないのだが、祝いごとのための素晴らしい口実は、多い方が良いのだ。


「お前のやりたいことをすればいい。だが」


 アルノルトは小さく息を吐く。


「俺よりも、先に誕生日を迎えるのはお前だろう」

「……あ。そうでした」


 少しだけ呆れたその声は、それでもやさしくリーシェに尋ねた。


「祝うべきものなのであれば、お前が望むだけの祝賀を。……何が欲しい?」

「…………」


 そう言われて、リーシェは一瞬だけ固まってしまう。


 けれどもそれは、欲しいものが思いつかないからではない。

 アルノルトも、そのことに気が付いたのだろう。


「リーシェ?」

「……実は。他の方をお祝いするのは大好きなのですが、自分の誕生日には若干の苦手意識があり……」


 アルノルトが、不可解そうな表情を見せた。


(もちろん、『二十歳の誕生日を迎えたら、その後いつ死んじゃうか分からない』というのもあるのだけれど)


 リーシェはいつも二十歳で死に、十五歳の婚約破棄に戻る。


 命を落とす日は、その人生によって違っていた。だが、二十歳という年齢は共通だ。

 そんなリーシェにとって、誕生日を迎えるということは、どうしても『その人生の残り時間』を意識する形になるのだった。


 けれど、誕生日が苦手な理由は他にある。


「私も、家族に誕生日を祝われた経験がなくて」

「……」


 本当は、アルノルトに色々と教えられる立場でもないのだ。


「幼いころは、とにかくお勉強が忙しかったのです。予定をぎゅうぎゅうに詰めてしまうと、そんなことをする時間もなく……あ! もちろん、社交の場としてのパーティが開かれることは何度もあったのですけれど!」


 しかし、それも目が回るほどに忙しいものだ。

 パーティ中の食事はおろか、飲み物すら口に出来ず、様々な人に挨拶をして回るのである。


『どれだけお前が優秀でも、女に生まれてはすべて無意味なのだ。お前は王太子殿下をお助けするため、それだけのために生きていればいい』

『世間に認められる相手との結婚。女の本当の幸せとは、そんな相手と結ばれて子を産むことだけなのです』

『今日があなたの誕生日? ――知っていますよ。母親ですから』


 両親の言葉は、いまでもはっきりと思い出せる。


『そんなことより、今日のお勉強はどこまで進んだのですか?』

(…………)


 おかしな表情になってしまわないよう、自分の頬を両手でぐにぐにと押しながら、リーシェは続けた。


「なのでなんとなく、自分の誕生日というと、どうしたらいいのか分からない心境になるというか……」


 過去の人生において、国を出て色んな人たちと交流を始めてからも、リーシェ自身の誕生日はあまり教えたことがない。

 その代わり、他人の誕生日を盛大にお祝いして、その幸せを分けてもらっていた。


(こんな話、アルノルト殿下はどう思うかしら)


 自分の頬をぎゅっと押さえたまま、ちらりとアルノルトを窺うと、彼はリーシェの答えを待つように尋ねてくれる。


「なら、何もしない方がいいか?」

「――……」


 その言葉に、俯いてから考えた。


 アルノルトは、やはりリーシェの意思を尊重しようとしてくれているのだ。

 それが分かるからこそ、数秒ほど十分に考えた上で、ゆっくりと首を横に振る。


「……お祝い、していただきたいです。アルノルト殿下に」


 そう答えるのは、幼い子供のようで少しだけ恥ずかしい。


 けれどもアルノルトは、それがなんでもないことのように、大きな手で一度だけリーシェの頭を撫でた。


「分かった」

「……」


 なんとなく安堵して、ほっと息を吐く。


「な……なんだか不思議な心地がします。こういう話を誰かにするのは、初めてなので」

「お前は案外、自分の内面を他人に話さないからな」

「そうですか?」

「そうだ」


 言われてみれば、そんな気もする。

 それもこれも、リーシェには『繰り返し』に伴う秘密が多いからなのだが、アルノルトに指摘されるまで気付かなかった。


「ふふ」

「……どうした?」

「ひょっとすると、私よりも殿下の方が、私のことにお詳しいのかもと思いまして」


 それがなんだか面白い。アルノルトは何も言わなかったが、代わりにもう一度リーシェの頭を撫でた。


(ディートリヒ殿下に宣言した通り、アルノルト殿下は夫として素晴らしいお方だけど……私もしっかりしなくちゃ。ヴィンリースの浜辺で、私からも殿下に求婚したんだもの)


 そんな風に思いながら、改めて気合を入れる。


(アルノルト殿下の未来の妻として、頑張らなきゃ! ひとまずディートリヒ殿下に『証明』をしつつ、グートハイルさまのことを調べて。シルヴィアさんのことも心配だし、明日また様子を聞いてみたいわ。何より私の大仕事は、婚姻の儀の準備もあって……)


 その瞬間、先ほどの歌劇を思い出す。


(婚姻の儀)


 そしてリーシェは、隣のアルノルトをじっと見上げた。


「……なんだ?」

(この方と)


 アルノルトのくちびるを見つめ、こくり、と喉を鳴らしてしまう。


(婚姻の儀に、改めてキスを――……)

「……?」


 顔が赤くなってしまう直前に、リーシェは慌てて窓を見る。

 アルノルトには気付かれなかったようだが、これはどうにも一大事だ。だって、心の準備が出来そうもない。


(ど、どうしよう…………)


 内心で途方に暮れつつ、リーシェは皇城に戻るまでの時間、これまでの人生で最大の難関について頭を悩ませるのだった。




***



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― 新着の感想 ―
[良い点] 今日も更新していて嬉しいです!!しかも明日もだなんて、なんて幸せなんでしょう♡ヽ(〃∀〃)ノ♡ アルノルト殿下の包容力たっぷりの優しさから、幸せをお裾分けしてもらいました!私もそんな素敵…
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