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【7章連載中】ループ7回目の悪役令嬢は、元敵国で自由気ままな花嫁生活を満喫する【アニメ化しました!】  作者: 雨川 透子◆ルプななアニメ化
〜5章〜

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152 かつての婚約者に困惑です

 リーシェに婚約者が決まったのは、リーシェが生まれてから、おおよそ一か月が経ってからだと聞いている。


 つまり、エルミティ国第一王子、ディートリヒが生まれた直後のことだ。

 リーシェは物心ついたときから、公爵家のひとり娘という身分に加え、『未来の王太子妃』という立場を抱えながら生きて来た。


 そして、王太子のディートリヒとは、婚約者であり幼馴染として育ったのである。


『リーシェ! おまえ、このあいだの試験で、ぼくをさしおいて百点をとったらしいな!?』


 小さかったころのディートリヒは、城や公爵家でリーシェと会うなり、こんな風に怒ることがしょっちゅうだった。


『だってディートリヒさま。あの試験は、すごく分かりやすい教本をいただいたでしょう? せんせいは、「よんで分からないところがあれば、いつでもおしえます」って言ってくれました』

『む、むむ……!』

『あした、全部おんなじ問題で、もういちど試験がありますよね?』


 王太子妃教育には、夫を励まして応援することや、夫の支えになることも組み込まれている。とはいえそれだけでなく、リーシェは本心からディートリヒに告げた。


『きちんと教本をよめば、ディートリヒさまならぜったいに、ぴかぴかの百点が取れます!』

『っ、ぼくは……』

『ディートリヒさま。だから今日は、わたしと一緒におべんきょうを……』

『ええい、うるさいうるさい!』


 リーシェが伸ばした手を振り払い、ディートリヒはこちらを睨みつける。

 その顔は耳まで真っ赤になっていて、心底悔しそうな表情だ。


『ぼくは天才だぞ!? まったくべんきょうをせず、三十五点もとれたんだ!! だから、必死にべんきょうして百点のおまえよりも、ぼくのほうがずーっとすごい!!』

『ディートリヒさま……』

『そ、そうだとも……。自信を持てディートリヒ!』


 自分に何事かを言い聞かせたあとで、ディートリヒはリーシェを指さした。


『ぼくを甘くみるなよリーシェ! おまえはそのうち! ぼくのほんとうのすごさに! ひれふすことになるんだからなあ!!』

『……い、行っちゃった……』


 王城を駆け出していくディートリヒの背中を、いまでもはっきりと思い出せる。彼は結局、すぐさま騎士に見つかって、連れ戻されていた。


 とはいえそんなやりとりは、勉学に関することだけではない。

 お互いが成長していく中でも、ディートリヒは幾度となくリーシェに対し、色々な抗議を向けて来たのだ。


『駄目だ駄目だ、女性が自ら馬に乗るだなんて! そんなことをすれば、僕の乗馬が下手な所為だと思われるだろう?』


『街にお忍びで出掛けたい? 冗談じゃない! 万が一見つかってみろ、婚約者の僕まで品位が疑われる!』


『色々な学問に挑戦してみるよりも、お前には「王太子妃としての本分」があるじゃないか。そんな調子だと、どれもこれも中途半端になるんだぞ?』


 恐らく、ディートリヒからも両親からも禁じられなかったことといえば、「護身用に、剣術を習得したい」と提案したときくらいだろう。


『お前が剣を習う……? そういえば、王妃の護身術によって、王が暗殺者から守られたという事例があったな。よし、いいだろう! せっかくだし僕も付き合ってやるぞ! 剣を自由自在に扱ってみるというのは、なかなか楽しそうだからな!』


 けれどもこれも、束の間のことである。


 一年ほど経ち、初めて行った手合わせでリーシェが勝った。

 その直後、ディートリヒは烈火のごとく怒り、リーシェが剣術を習うのを辞めさせたのだ。


『やはり、王妃が剣術だなんて言語道断だ! そんな野蛮な女性は、エルミティ国の国母にふさわしくない!!』


 そして、その日にリーシェが帰宅すると、家にあった稽古の道具はすべて処分されていた。


『ディートリヒ殿下がお嫌なのであれば、当然あなたにそれを行う権利はありませんよ』

『っ、お母さま……』

『確かに私もお父さまも、あなたに優秀であれと命じました。それはすべて、より優れた王妃となるためです。身に着けた技能によって、殿下のお心を傷つけるくらいなら……』


 リーシェの母は、聞き分けのない子供に言い聞かせるように、淡々と冷たく言い放った。


『そんな技能に、一切の価値はありません』

『……!!』


 そんな出来事があったのが、リーシェが十三歳のときだ。


 それでもあのころのリーシェは、自分の生きている意味なんて、『未来の王太子妃になることだけ』なのだと思い込んでいた。


 だから我慢し、努力をして、ディートリヒを傍で支え続けたのだ。


 ディートリヒの勉学の補助をしたし、素行を正す役割はリーシェのものだった。

 けれどもそれは当然で、彼の妃になるのだから仕方がない。


 そして王立学院を卒業し、本格的な花嫁修業が始まる直前である、五の月一日の夜会でのこと。


『リーシェ・イルムガルド・ヴェルツナー! 王太子の婚約者にあるまじき、陰湿な女め』


 正装したディートリヒは、まっすぐにリーシェを指さし、幼いころから変わらない調子で言い放ったのだ。



『今日この時をもって、僕は貴様との婚約を破棄する!!』

『――――――……』



 この瞬間、リーシェは晴れて、自由の身になったのである。




***




(もちろん、『一回目』の婚約破棄の瞬間は、混乱しすぎてそんな風に思えなかったけれど……)




 ガルクハイン皇都の劇場で、用意してもらった特別室の椅子に腰を下ろし、リーシェは深く溜め息をついた。


 この部屋は、皇族や貴族が観劇前後の歓談に使うための一室だ。

 テーブルは無く、数脚の椅子が向かい合う形になっていて、リーシェはそのうちの長椅子に座っている。


 そして、向かいの椅子に座るディートリヒを、どんよりとした心境で見据えるのだった。


「ふ。顔を見るのは数か月ぶりだが、思ったよりも元気そうじゃないか! この僕と再会できて、お前も嬉しいだろう?」

(これまで繰り返して来た人生の中で、婚約破棄後にディートリヒ殿下とお会いしたのは、この人生が初めてだわ)

「聞いているのかリーシェ。……なあ、なあってば!」

(色々と整理したいことはあるのだけど。…………だけど、まず、何よりも先に……)


 額を押さえていた手をどけて、リーシェはちらりとアルノルトを見上げる。


 アルノルトは僅かに眉根を寄せて、同じ長椅子、リーシェの隣に掛けていた。


 ここまではなにも問題ない。

 だが、気になるのはアルノルトの右手についてだ。




(……どうしてアルノルト殿下のお手々は、私の腰をがっちりと抱き寄せているの……!?)

「…………」




 その上、ものすごく距離が近い。


 左手は肘掛に頬杖をつき、ぞんざいに脚を組んだアルノルトは、黙ってディートリヒを眺めていた。


(ディートリヒ殿下を無視できないから、仕方なく場所を設けてもらったけれど……)


 リーシェは先ほどまでの大騒動を思い出す。


 ディートリヒの姿を見止めた瞬間、先に動いたのはアルノルトだった。

 アルノルトは迷わずリーシェの手を引き、劇場の外に向かおうとしたのだ。


 しかし、ディートリヒが全力で存在を主張してきたため、リーシェが諦めてアルノルトを止めた。そのまま劇場の廊下で騒がれては、他の人や騎士たちの迷惑になるからだ。


 そして、今に至る。

 リーシェの隣にいるアルノルトは、心底機嫌が悪いようだった。


(アルノルト殿下はどう考えても、ディートリヒ殿下のようなタイプがお嫌いだものね)


 そもそもが、リーシェが夜会などで観察する限り、アルノルトは声の大きい人間が好きではないのだ。


(で、でも、だからといって! 何故こんなに、ぎゅっとされているのかしら……)


 アルノルトの手は、リーシェの腰にしっかりと回されている。


 お互いの距離は、先ほど特別席にいたときよりも近いかもしれない。

 ダンスをするわけでもないのに、人前でこんなに触れ合っていると思うと、なんだか落ち着かない気持ちになる。


「あ、アルノルト殿下……。ディートリヒ殿下に事情を聞くのは、私ひとりで十分ですので」


 リーシェはそわそわとアルノルトを見上げ、小さな声で尋ねてみた。


「ご気分が優れないようでしたら、アルノルト殿下は別の場所に行って、お待ちいただいても……」

「おいリーシェ! なんとなく分かるぞ、いま僕の話をしているだろう!」

「…………」


 ディートリヒから視線を外したアルノルトは、リーシェの方を見下ろして、静かに目を伏せる。


「――行かない」

「……え」


 そして、はっきりと口にするのだ。


「お前のそばにいる」

(っ、うぐう……!!)


 どことなく誠実な物言いに、どきりと心臓が跳ねてしまった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] アルノルト様!早くディートリヒにお灸をすえてあげて!!www コミックス2巻の表紙、二人とも可愛くてニマニマしてしまいますね
[一言] 今日もアルノルト殿下のイケメンな幸せをありがとうございます! ディードリヒ殿下のギャフン回が今から楽しみです!(笑)
[一言] もう婚約者でもないのにリーシェを呼び捨てにする、元婚約者の図々しさに、涙を禁じ得ません。 そろそろアルノルトからぶっとい釘刺されるかな?
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