くすぐったがりのリーシェのお話
※ごく短いお話です
アルノルトは、リーシェに対していつも紳士的な態度で接してくれる。
配慮を十分に感じるし、当然それは有り難い。けれど、その気遣いが却って厄介になることも、時々は存在する。
「……あの、アルノルト殿下」
とある夜会が始まる前のこと。ホールの前で、アルノルトに告げた。
「実は、折り入ってご相談がありまして。夜会でのダンスのことなのですが」
「なんだ。参加をやめるか」
「そうではなく! ……殿下はいつも、私の腰に腕を回す際に、やさしく触れて下さるでしょう?」
リーシェはちょっと俯いて、もごもごと告げる。
「あれがですね。ええと、えーっと……」
怪訝そうなまなざしに、勇気を出して発言した。
「――くすぐったいのです!! 時々、稀に、ものすごく!」
「……」
リーシェの顔は、恐らく真っ赤になっているだろう。
そしてアルノルトの方はといえば、何故だか形容しがたい渋面を作っている。
「実は私、くすぐったがりで……」
「……」
「殿下が腰のあたりに手を回す際、変な声が出そうになるというか。わーっとなるというか……」
「…………」
アルノルトの眉間の皺が、どんどん深くなっていく。それを見て、リーシェは慌てた。
「あ!! 別に、殿下に触られるのが嫌だというわけではないですよ!?」
「………………」
何故か、そこで思いっきり眉を顰められてしまう。
「すみません……」
「……いや」
アルノルトは小さく息をついた後、怒らずにこう尋ねてくれた。
「なら、どうすればいい」
「ええと……」
リーシェは少し考える。
恐らくは、触れ方がやさしいのが仇なのだ。
そうではなく、もっと違ったやり方であれば、そわそわするようなあのくすぐったさは感じないかもしれない。
そう閃き、名案だという気持ちで彼を見上げた。
「いっそのこと、思いっきり腰を掴んでいただければと!」
「思いきり?」
「そうです! こう、殿下の手で私の腰をガッと…………ひゃあ!?」
思わず声を上げたあと、両手で口元を強く押さえた。
そのあとで、リーシェの腰を掴んだアルノルトと目を合わせ、しんとする。
「…………」
「…………」
アルノルトが、ふいと目を逸らしてこう言った。
「…………なるべくお前がくすぐったくないように、善処する」
「……ありがとう、ございます…………」
こうして、なんだか微妙に気まずい空気を抱えながら、リーシェたちはその日の夜会へ挑む羽目になるのだった。




