アルノルトの婚儀用アクセサリー選びをするお話
※こちらは、ファンレターを下さった方のお返事に同封していた短編です。時系列は3章と4章のあいだくらいです。
この大陸では、王侯貴族が式典に参列する際、男女問わず宝飾品を身に着ける。
もちろんそれは婚姻の儀や、その主役である新郎新婦だって例外ではない。つまりはアルノルトも、おおよそ一か月半後に迫った儀式のために、イヤリングや指輪などを選ぶ必要があるのだった。
ある日の午後、アルノルトの執務室を訪れたリーシェは、長椅子の向かいに座ったアルノルトに問い掛けてみた。
「アルノルト殿下は、どのようなアクセサリーを着けられるのですか?」
書類を読んでいるアルノルトは、視線だけでリーシェを一瞥する。それから手元に視線を戻し、さしたる関心のない口調で言った。
「その手の準備は、オリヴァーに選択を一任している」
「……白状しますと、そのオリヴァーさまからご相談があったのです。殿下の宝飾選びに際し、あまりに選択肢が多すぎるため、どうにかして絞り込みたいとのことで」
そう告げると、アルノルトは眉根を寄せて舌打ちをした。
「あいつ、お前を巻き込んだのか」
「とんでもない! 是非お手伝いさせてくださいと、私からお願いしたのです!」
リーシェはずいっと身を乗り出し、きらきらした瞳でアルノルトに言う。
そして、手にしていた宝石箱を差し出した。
「……なんだこれは」
「私の手持ちにあるアクセサリーから、お似合いになりそうなものを見繕って来たのです。よろしければ是非、試しに着けてみていただけませんか?」
言いながらも、わくわくしてしまうのが抑えられない。
オリヴァーに頼まれたことではあるし、婚姻の儀のための準備だという大義名分もある。
しかし、何よりもリーシェ自身、アルノルトが宝飾品を身に着けているところが見てみたくて仕方がない。
「……」
しかし、アルノルトは眉を顰めるばかりだ。
「や……やっぱりお嫌ですか?」
嫌がるところに無理強いはできないので、リーシェはそっと身を引いた。
膝の上に宝石箱を乗せて俯くと、アルノルトが静かに言う。
「……構わないぞ」
「え!」
「ただし、俺が自分で着けることはない」
そうして肘掛に頬杖をつき、リーシェを見てにやりと笑うのだ。
「やりたければ、お前が俺に着けるんだな」
「……!?」
こうしてリーシェは、宝石箱を手にしたまま、アルノルトの隣に座ることになったのだった。
***
「で、では、失礼します……」
「ああ」
再び書類を読み始めたアルノルトが、好きにしろと言わんばかりに気のない返事をする。
先ほどから見る限り、大量の書類を処理しているようだ。リーシェを揶揄うだけではなく、今日は真実忙しいらしい。
なるべく邪魔をしないよう、リーシェはひとつ深呼吸をして、手始めにイヤリングを手に取った。
すぐにアルノルトへ着けるのではなく、耳の近くに近付けてみる。
最初に選んだのはフープ式の、ごくごくシンプルなイヤリングだったが、リーシェは早速発見した。
「……なるほど」
「なんだ?」
「アルノルト殿下は、シンプルな宝飾品を避けた方がよさそうですね」
宝石箱に戻しながら、説明を続ける。
「せっかく着けても、アクセサリーの存在感が負けてしまいます」
「……負ける? 何に」
「それはもちろん、お顔の攻撃力の強さにです!」
「…………」
大真面目に言ったのだが、アルノルトは胡乱げな顔でこちらを見た。
「あっ! いま、『何を言っているんだこいつは』という目をなさいましたね!? 本当ですよ、現にいきなり敗北しましたから! お顔の美しさ、完璧さにまったく歯が立ちません!」
アルノルトの衣服は普段、オリヴァーが選定しているという。シンプルなものを好むアルノルトに対し、ある程度は華美さのある衣服が選ばれている理由が、リーシェにはこれでよく分かった。
宝石箱の中から、今度はロングイヤリングを選ぶ。
雫型にカットされたルビーが細い鎖に繋がっているものと、大粒のサファイアが三連で連なっているものを選び、実際にアルノルトへ着けることにした。
「では、お耳に……」
「……」
そう言うとアルノルトは、耳へ僅かに掛かった黒髪を指で梳き、リーシェに曝け出してくれる。
「ん」
そして、促すように目を瞑った。
その仕草に、妙な色気を感じてしまい、リーシェは思わず息を呑む。
「……っ」
「……リーシェ?」
「はっ、はい! では失礼して!!」
自身の動揺を誤魔化しながら、アルノルトの耳にルビーのイヤリングを装着した。
「わ。……素敵、すごくよくお似合いです」
「……」
アルノルトが目を伏せ、興味が無さそうに俯くと、細い鎖ごと宝石が揺れる。
やはりアルノルトの顔立ちには、存在感のある宝飾品が良さそうだ。
黒髪にも映える鮮やかな赤が、白い肌とは対照的で美しい。気だるげな表情の横顔と、完璧な調和が取れている。
「それでは次に、こちらのサファイアを。……ああっ、こちらも良いですね!? 色とりどりのオパール、これも素敵……! 黒髪と対ならダイヤモンドも、それからゴールドじゃなくてシルバーでも……!!」
「…………」
本気でどうでもよさそうなアルノルトに対し、リーシェはわくわくが止まらなくなってくる。大粒の石さえ選んでみれば、アルノルトはどんな宝飾もよく似合っていた。
「オリヴァーさまが、『選べない』と仰っていた理由がはっきり分かりました。これだけなんでも映えるなら、これというものを選ぶのが困難ですね……」
何かひとつでも決まってしまえば、他の宝飾はすべてそれに合わせればいい。しかし、このひとつを決定づけることが、なかなかに悩ましい問題だった。
「殿下ご自身に、なにか気になる石などは……」
「ない」
(はい、そうですよね!)
分かり切っていた答えが返ってくる。
リーシェは素直に諦め、それから腹を括った。こうなれば、婚姻の儀まで間がないため、徹底して宝飾選びをしなければならない。
だが、そのときだ。
「……強いて言うなら」
「!」
書類に視線を落としたまま、アルノルトがぽつりと口を開く。
「ここはひとつ、お前の基準を真似てみるか」
「私を……」
そう言われ、はっとした。
リーシェの左手の薬指には、アルノルトから贈られた指輪が光っているのだ。その石も散々悩んだが、最後にはサファイアに決めている。
リーシェにとって、同じ色をしたアルノルトの瞳が、世界一綺麗な色に思えたからだ。
「分かりました! サファイアになさるのでしたら、殿下の瞳とも揃いますし。とてもお似合いになるかと思います」
「……」
「……え。違うのですか?」
「違う」
こちらを見たアルノルトの表情は、少し呆れているようだ。
彼は左手を書類から離し、リーシェの方に手を伸ばすと、珊瑚色の横髪を梳くようにしたあとで頬に触れた。
そうして、リーシェを眺めながら目を細める。
「エメラルドだ。――淡い色の、美しい碧をしたものがいい」
「…………!!」
リーシェは目を丸く見開いた。
ぱちぱちと瞬きを繰り返し、エメラルド色をした自身の瞳を瞬かせる。
数秒ほど沈黙し、彼の言ったことの意味を理解したそのあとで、一気に頬が熱くなった。
「わ……っ」
――私の、瞳の色。
そんな言葉を飲み込んで、リーシェはくちびるを手のひらで塞ぐ。ふっと笑ったアルノルトの顔が直視できず、慌てて長椅子を立ち上がった。
「と……ととと、取って参ります……!!」
「なんだ。ここには無いだけで、すでに持っているのか」
それは当然だ。自分の瞳に合わせた石なんて、貴族令嬢が最初に買う石だと言ってもいい。
しかし、そのことを説明してしまうと、アルノルトが所望した石の正体を意識してしまいそうで怖かった。
けれどもアルノルトだって、それくらいは察しているだろう。
現に彼の声音には、からかいの色が混じっている。
「も、持っています。ただし」
だからリーシェは、顔が赤くなっていることを誤魔化しつつ、アルノルトを振り返って言い放った。
「お花の形やハート形をした、とっても可愛らしいデザインのものばかりですけど!」
「…………」
ほんのちょっとの仕返しをしたあと、リーシェは急いで執務室を後にする。
上階にある自室に向かい、エメラルドの宝飾を選んでこなければ。
(……とはいえ、アルノルト殿下には、普通に似合ってしまいそうだけれど……)
そして事実、リーシェの持ってきたエメラルドのアクセサリーは、見事アルノルトに似合ってしまった。
ちょうどオリヴァーが入室し、アルノルトを見て爆笑していたものの、婚姻の儀に使う石が決まったことは何よりである。




