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16 未来の皇帝に勝つ方法

 

(いいえ、初めてじゃないわ。これが二回目……!)


 リーシェの脳裏に、六度目の人生で見た最後の光景が蘇った。

 アルノルトにこれほど近づいたのは、今日が二度目。


 そして一度目は、彼の剣に心臓を貫かれたときだ。


 ダンスが始まっても、リーシェは茫洋と足を動かしながら記憶を反芻する。


 あの城で、多くの騎士が皇帝アルノルト・ハインに薙ぎ払われた。リーシェもその血だまりに立って、ひたすら肩で呼吸をしながら、自分の血で滑る剣の柄を握りしめていた。


 背後に守るのは、王室一家の逃げ込んだ部屋だ。


 彼らが隠し通路を無事に抜けてくれれば、幼い王子たちは同盟国に庇護される。

 あれはそんな戦いの場で、王族を守りきれば勝利であり、自分たち騎士の命はなげうってもよかった。


 リーシェの剣が、アルノルトの頬を一度だけ掠めたのは、『王子たちが逃げおおせた』という合図の鐘を聞いたときだ。


 こちらがアルノルトに傷を負わせることが出来たのは、そのたった一筋だけ。

 かと思えば次の瞬間、リーシェの左胸に、漆黒の剣が突き立てられた。


 あのときは、まるで心臓へ火の杭を打ち込まれたかのように、ひどく熱かったのを覚えている。


 痛みはなかったけれど、ただ息が苦しかった。剣を引き抜いた『皇帝アルノルト・ハイン』は、崩れ落ちたリーシェの傍にひざまずき、何事かを囁いたのだ。


 あの日のそんな光景を、何故だかはっきりと思い描いてしまう。


「……」


 リーシェは思わず、アルノルトの手をきゅっと握った。


(少し、悪戯をしてやろうかしら)


 そのまま体の軸を後ろに引くと、腰に添えられた手から逃れる。リーシェはアルノルトのリードから外れ、それでいてダンスの調和は決して乱さぬまま、その場で一度ふわりと回った。


 どうやら不意打ちは成功したようだ。アルノルトがわずかに目を瞠ったのを見て、それを確信する。


(さあ。このまま私がダンスの主導権を握ろうとしたら、あなたはどう出るの?)


 挑むような気持ちでアルノルトを見上げ、宣戦布告の笑みを向ける。


 彼が自分の思うままに動いて、慌てながらダンスを踊ってくれるなら、それは楽しい光景だ。リーシェは繋いだ手をぐっと自分の方に引くと、音楽に合わせてふたりでターンしようとした。


 しかし、それはアルノルトによって制される。


「!」


 リーシェの腰に添えられた手が、流れを別方向に逸らしたのだ。

 その隙に回転の軸を変えられてしまい、予定していた動きが塗り替えられる。


(あ!)


 結果としてその場では、リーシェひとりがくるんと回らされた。


 もちろん、だからといって無様な真似は晒さない。綺麗な回転を作り出すと、ドレスの裾が柔らかく膨らみ、周囲からほうっと歓声が漏れる。


(うう……)


 優雅なターンをこなした当のリーシェは、内心ものすごく不本意だ。


(なるほど、そう受け流すのね。……だったらこれは?)


 リーシェが踏み込んで仕掛けるも、アルノルトはいたって涼しい顔だった。当たり前のように回避したあと、『今度はどうしたい?』と誘うような目で、笑いながら見下ろしてくる。

 

(私が何をしても無駄、とでも言いたげな顔だわ)


 余裕のある表情に悔しくなるが、彼の方が数枚上手なのは事実だ。

 リーシェはひとつ息を吐き、ターンの回転を利用した誘引を試みる。だが、アルノルトはそれに惑わされることなく身を引いた。


(重心の分散が上手い……!)


 内心で舌を巻く。


(これほど近距離で踊っているのに、まったく間合いに踏み込めている気がしないわ。私からの働きかけも全部いなされてしまうし、気を抜いたら一気に主導権が持っていかれる!)


 それは悔しい。どうにかならないかと懸命に隙を探りながら、ステップを踏んでぐるぐると回る。『リーシェの遊びに付き合っている』といった様子のアルノルトは、そのくせ負けてくれる様子もなかった。


(あの時と同じ。こちらが真剣に仕掛けているのに、アルノルト・ハインはなんでもない顔をしてる)


 こうなったら、どうにか一矢報いたい。


 社交用のものを明らかに超えたダンスに、周囲が唖然とこちらを見ている。

 リーシェはそれに目もくれず、真摯にアルノルトの隙を探していたが、途中でふと気がついた。


(――あら? そういえば、さっきから……)


 こくり、と喉を鳴らす。


(いいえ、『さっきから』なんかじゃない。あのときも、ずっと)


 蘇ったのは六度目の人生の光景だ。

 リーシェがたった一度、一筋だけアルノルトにつけることのできた剣の傷。

 あのときもいまも、アルノルトにはひとつだけ、弱点と呼べるものがあった。


(そこを突けば、勝てるかも……って、え!?)


 考えた瞬間、これまでリーシェの動きを流すだけだったアルノルトが、いきなり腰を抱き寄せてくる。


 そうかと思えば、こちらの上半身を倒すようにし、足元をすくうような強引さで覆い被さった。


「あ……っ」


 背中側に倒れてしまう。

 そう思った瞬間、リーシェは反射的に手を伸ばし、目の前の男にしがみついた。大きな手でしっかりと抱き締められて安堵すると、耳元で笑い声がする。


 それと同時、演奏されていた音楽が、ジャンッと音を立ててから止まった。


(……終わっ、た……?)


 瞬きをする。

 すると一瞬の静寂のあと、わあっと大きな拍手が沸き起こった。


「い、いやあ素晴らしい!」


 駆け寄ってきたのは、周囲で見ていた貴族の面々だ。


「皇太子殿下と婚約者殿は、ダンスの息もぴったりでいらっしゃる!」

「まるで闘技場の剣舞を見ているかのような、手に汗握るひとときでした」

「これはエルミティ国のダンスなのですかな? 初めて見るステップでしたが……」

「え!? いえ、いまのは、えーと……」


 どう説明したものか迷い、リーシェはアルノルトを見上げる。しかし彼は、困るリーシェを楽しんでいるようで、なんの手助けもしてくれないのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] ダンスバトルしとるわ。(´Д`)
[良い点] この章までのリーシェとアルノルトのやり取りが小気味良くて興味深いです。 [一言] 今後の展開が楽しみ。
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