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【7章連載中】ループ7回目の悪役令嬢は、元敵国で自由気ままな花嫁生活を満喫する【アニメ化しました!】  作者: 雨川 透子◆ルプななアニメ化
〜4章〜

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136 夜の海風が撫でてゆく

 そう認識した瞬間、一気に目が覚めてしまった。


(な、なんで!? どうしてここに、アルノルト殿下が……!)


 慌てて上半身を起こしつつ、仰向けで目を閉じているアルノルトを見下ろす。


(それも、私と同じ寝台でお休みに……)


 ひょっとして、リーシェが彼の寝台を使っていた所為だろうか。


 仕事を終えた後、この部屋に戻ってきてくれたらしいアルノルトは、リーシェが寝ているのを見て困ったのかもしれない。

 二台ある寝台のうち、彼がもう一台を使わなかった理由は分からないが、すぐ傍に並んで寝ていた事実に動揺した。


(と、とにかく、殿下を起こさないように注意しないと)


 リーシェが真ん中を陣取っていた所為か、アルノルトがいるのは寝台の端だ。狭くなかったかと心配になり、リーシェはじりじりとアルノルトから離れる。


(……今日は、この部屋にお戻りにならないと思ったのに)


 窓から差し込む月明かりが、夏用のカーテンを透かしている。

 月光は寝室を淡く照らし、アルノルトの白い頬に、くっきりとした睫毛の影を落としていた。


(私が幽霊を怖がるから、この部屋に戻ってきて下さった?)


 きっと、その考えは当たっているだろう。

 リーシェと一緒に眠るという、そんな約束を守ってくれたのだ。胸の奥がきゅうっと締め付けられ、リーシェは上掛けを抱きしめる。


(自分の寝台に、戻らなきゃ……)


 分かっているけれど、なかなか動くことが出来ない。

 離れてしまうのがさびしいような、ずっと寝顔を見詰めていたいような、そんな気持ちに誘われる。


 ちょうどそのとき、アルノルトの形良い眉根が寄せられ、僅かにその表情が歪んだ。


 もしかして、起こしてしまっただろうか。

 ぎくりとしたけれど、どうやらそうではないようだ。


(……あ)


 アルノルトの額には、僅かな汗が滲んでいた。


 どこか意外に感じたあと、なんらおかしくはないと思い直す。人形のように美しい造形をしていても、彼は確かに人間なのだ。

 汗の雫は、それをはっきりと知らしめるようでもあった。


(きっと、お部屋が暑いんだわ)


 リーシェは窓辺に目を遣った。


 海側の窓は閉ざされている。ひとりきりの部屋で、窓を開けるのが怖かったからだ。


 アルノルトはひょっとしたらそれを汲み、窓を開けないままでいてくれたのかもしれない。

 けれども夜とは言え、七月というこの季節に、この状態では寝苦しいはずだ。


(ちょっとでも、ゆっくり眠っていただかないと)


 それには、この閉め切った部屋をどうにかする必要がある。

 リーシェは意を決し、寝台から立ち上がろうとした。


 窓辺に近付くのは恐ろしい。

 それに加え、カーテンを開けるのはもっと怖かった。少しでも隙間を開けてしまうと、何かと目が合いそうな気がするからだ。


 運悪くもちょうどその瞬間、窓の外を小さな影が過ぎった。


「!」


 肩が跳ね、心臓が止まりそうになる。傍に置いていた黒色の剣を抱き締めつつ、慎重に窓の外を警戒した。


(だ、大丈夫。あの影の動き方は、どう考えても蝙蝠だもの)


 狩人人生の知識からも、そのことは間違いないだろう。分かっていても、万が一という可能性が拭えない。


(ぜったい幽霊じゃない、ぜったい……!)


 リーシェは自分に言い聞かせる。

 呼吸を止め、渾身の覚悟で立ち上がって、カーテンの隙間に手を入れた。そのまま手探りで窓枠に触れ、解錠してから窓を開ける。


(ゆっくり、静かに、起こさないように)


 吹き込んできた海風が、ふわりとカーテンを押し開いた。

 リーシェはほっと息を吐き、急いで窓を離れる。物音を立てないよう、それでいて素早く寝台に乗り、剣を手放してからアルノルトの隣に収まった。


(これで大丈夫……! 窓は開いたし、外には何もいないし、問題は解消されたはず!)


 無理矢理そういうことにし、寝台に両手をついて、そろりと体を起こす。

 穏やかな眠りを妨げないよう、慎重にアルノルトの顔を覗き込んだ。前髪が汗で張り付いており、梳いてあげたい気持ちになる。


 けれど、伸ばそうとした手は止まってしまった。

 アルノルトのくちびるから、短い吐息が零れたからだ。


「……っ」


 その呼吸には、どこか苦しそうな響きが滲んでいた。

 汗が滲んだ肌の上を、柔らかな海風が撫でていく。けれどもアルノルトは、その眉をますます歪めるばかりだ。


(もしかして)


 額に汗が滲むのは、暑気によるものではないのかもしれない。


(……夢を、見ていらっしゃる……?)


 そのことに気が付いて、アルノルトの方へと改めて手を伸べた。


 それが良くない夢ならば、いますぐ彼を揺り起こしたい。

 けれどもそうでないならば、少しでも長く眠ってほしい。そんな感情の狭間にあって、何が出来るのかと逡巡する。


 だが、次の瞬間。


「ひゃ……っ」


 ぐるりと世界が反転した。


 手首を掴まれ、肩を押されて世界が反転する。受け身を取ろうとしたけれど、指一本動かす隙もない。


「っ!」


 そのまま仰向けに寝台へ沈み、体の上から圧し掛かられる。

 両の手首が顔の横へと縫い付けられ、そこにぐうっと体重を掛けられた。


 見上げた瞬間にまみえたのは、肉食獣のような鋭い目だ。


「……っ」


 氷のように冷たい瞳が、リーシェを真っ直ぐに見下ろしていた。


 けれどもそれは一瞬で、アルノルトはすぐさま目を見開く。

 それから静かに目を伏せて、ここに居るはずのないものを呼ぶみたいに、独白じみた言葉を漏らした。


「――……リーシェ」


 何かを確かめるような、そんな声だ。


 リーシェは押し倒されたまま、無抵抗の形でアルノルトを見上げる。

 詰めていた息を吐き、くたりと体の力を抜いて、彼に応えた。


「はい。……アルノルト、殿下」

「……」


 アルノルトはそこで、眉根を寄せる。


 そのあとでゆっくりと身を屈め、リーシェに覆い被さる格好のまま、ぽすんと寝台に突っ伏してしまった。


「殿下?」


 リーシェの耳元で、掠れた声がこう囁く。


「……すまない」

「っ」


 鼓膜が震え、リーシェはぞくりと身を竦めた。


 くすぐったいのを堪えるため、そのまま僅かに身を捩る。けれどもアルノルトに捕まっていて、少しも自由に動けない。


「殿下、手」


 困り顔で視線を向けるのは、アルノルトに捕まった手首である。

 体が密着した状態では、懇願するのも一苦労だ。


「手、離して……」

「……」


 リーシェがねだると、ほんの一秒ほどの間が置かれた。


「ああ」


 アルノルトが、一言ずつ刻むように言葉を紡ぐ。


「……分かっている」


 覆い被さられた状態でも、リーシェはちっとも重くない。

 恐らくは潰れてしまわぬよう、アルノルトが気遣ってくれているからだ。彼はまずそのままの体勢で、リーシェの手首を解放した。


「……」


 離すのを惜しまれているのかと錯覚するほど、少しずつ指が解けていく。


 強く掴まれた気がしたのに、手首には痕すらついていなかった。自分の手首が白いままなのを、リーシェは何処かぼんやりと見つめる。


 やがてアルノルトが身を起こし、ふたりの体が離れた。


 リーシェはそれを確かめたのち、自分も寝台に起き上がる。

 膝立ちになり、自由になった両手を、迷わずに前へと伸ばした。


「!」


 そして、アルノルトをぎゅうっと抱き締める。





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― 新着の感想 ―
信じられないことに夫婦喧嘩中なんですよ
[良い点] 大好き!!! 最高!!!!! 表現力が高いから時間的に短いシーンでもこんなに盛り上がる...!
[良い点] すごく すっごくいいです。 [気になる点] リーシェの無自覚デレ度ってどのくらいなんでしょう
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