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【7章連載中】ループ7回目の悪役令嬢は、元敵国で自由気ままな花嫁生活を満喫する【アニメ化しました!】  作者: 雨川 透子◆ルプななアニメ化
〜4章〜

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133 これより開始いたします



「ばか。……きらい」


 小さな小さな声で、抗議を告げる。


「そんな風にやさしくされるのは、きらいです……」


 アルノルトは時々意地悪だ。

 自分の本心を隠すために、わざと突き放すような物言いをする。けれどもいまのアルノルトは、リーシェのことを気遣っていた。


 つまりは、本当に心の底から、リーシェがこの婚姻を恐れるかもしれないと考えているのだ。


「私が、あなたの花嫁になることを、怖いと思うはずもありません」

 

 アルノルトを睨みたくなどないけれど、そうしないともっと情けない顔をしてしまいそうだ。

 だからリーシェは、眉根にぎゅうっと力を込めつつも、上目遣いのままにこう続ける。


「それに」


 アルノルトの手の甲に触れた手へ、力を込めた。


「この婚姻を受け入れるのは、私自身が決めたことなのです」


 彼の手を、自分の頬に押し付けているかのような形になる。

 このままくるんでしまいたいのに、男性らしく大きな手には、上から指を絡めるように重ねるだけで精一杯だ。


「何があっても、あなたを憎んだりなんかしない。……どれほど憎まれようともなんて、そのようなお言葉は、いりません」

「……リーシェ」


 名前を呼ばれ、胸の奥が一層強い疼きを覚える。


 形良く筋張った手に、自身の頬を摺り寄せたのは、半ば無意識のことだった。

 顔を見られたくなくて、同じくらいこの手を離したくなくて、感情の整理が上手くできない。


「この婚姻に」


 口にするのが怖かったけれど、どうして怖いのかが分からなかった。

 その恐怖を捻じ伏せ、恐る恐るでも顔を上げて、真っ向からアルノルトをじっと見上げる。


「私への、負い目を感じていらっしゃるのですか?」

「……」


 すると、アルノルトが目を伏せた。

 長い睫毛の落とす影が、その瞳に映り込んでいる。いつも鋭い光を湛えている双眸が、どこか茫洋として見えた。


「俺は、あのとき」


 アルノルトは、静かに言う。


「お前を妻にするためなら、どのようなことでもしただろう」

「……っ」


 恐らくは出会いの直後である、求婚の際のことを指しているのだ。


(たった二か月前のことなのに、まるで遠い日の出来事のよう……)


 それはもしかしたら、アルノルトにとっても同様だったのかもしれない。

 彼は、いつも以上に柔らかな声音のまま、穏やかに言葉を紡いでいった。


「俺はお前に(こいねが)う側であり、お前はそれを審判する側だ」


 アルノルトの親指が、リーシェの頬をゆっくりと撫でる。


「その時点で、俺とお前は対等ではない。……分かるな?」

「……」


 そんな訳はなくて、ふるふると首を横に振る。

 仕方のない子供をあやすようにされたって、聞き分けられるはずもない。


「私は」


 リーシェは苦しい気持ちのまま、ぐずぐずに揺れそうな声で反論する。


「私が、あなたに我が儘を言った分だけ、あなたの願いだって叶えたいのです」


 与えられてばかりでなく、同じようにそれらを返したいのだ。


「国同士の契約に纏わる婚姻ならば、お互いに得るものがあるはずでしょう? それなのにこの結婚では、いつも私が与えられてばかり。これが政略結婚だと仰るのであれば、あまりにも歪な状態のはずです」


 頬を撫でてくれるアルノルトの手を取って、緩やかに指を絡める。


「あなたが、私に願って下さるものを」


 告げながらも、左胸が苦しくて仕方ない。


「……私からだって、あなたにたくさん差し出したい……」


 泣きたいような心地がするのに、少しも泣ける気がしなかった。


 行き場を無くしたかなしみが、胸の内でべとべとに溶けていく。心臓が鼓動を刻むたびに、どんどん熱を持つかのようだ。


「だから、お願いです」


 リーシェは懸命な願いを込めて、青い瞳を一心に見つめる。


「アルノルト殿下……」

「……」


 彼の名前を口にすると、どうしてかとてもさびしかった。


 いままでのどんな人生でだって、こんな気持ちで誰かを呼んだことはない。

 ほとんど祈るような心地のまま、小さく息を吐き出した。


「リーシェ」


 アルノルトは、リーシェから目を逸らさないでいてくれる。

 そして、やっぱりやさしい声音で言った。


「俺がお前を娶るのは、政略結婚などではない」

「――……」


 身を屈めたアルノルトが、リーシェの耳元にくちびるを寄せる。


 耳のふちへ口付けられそうなほどの近しさに、くすぐったくて息を呑んだ。

 僅かに掠れた彼の声音が、リーシェの鼓膜を震わせる。


「だから俺は、お前に何も望まない。それを、お前にねだられたとしてもだ」

「……っ!!」


 その瞬間、胸の奥がひときわ強く痛む。


 アルノルトはリーシェから身を離すと、まっすぐに視線を合わせたままで笑った。

 瞳に暗い光を宿す、自嘲めいた笑みだ。彼はそのままで、リーシェが先ほど口にした言葉を真似る。


「……『きらい』か?」


 アルノルトの親指が、リーシェのくちびるを緩やかになぞった。


『その言葉』をリーシェに紡がせたがるかのように、弱い力で表面を押す。

 何も望まないだなんて、そんなことを言われるのは大嫌いに決まっていた。だから頷きたかったのに、それが出来ない自分に気が付く。


 寄る辺なくて、途方に暮れてしまった。


(殿下はいつも、ご自身の考えを隠すために、わざと意地悪なことをなさるわ)


 そのことを、リーシェはすでに知っている。


 だからこそ偽悪的な言葉より、振る舞いの誠実さを信じてきた。

 けれど、先ほどアルノルトが言った言葉からは、紛れもなく彼の本心が感じられてしまったのだ。


(私に『望まない』というお気持ちは、殿下のやさしさから来ているってちゃんと分かる……)


 だからこそ、いつもの意地悪なんかより、そのやさしさの方がよっぽど苦しいのだ。


『――この婚姻によって、どれほど俺が憎まれようとも』


 アルノルトは心から、リーシェに憎まれることも辞さないと考えている。


(妻になる覚悟など、しなくていいと仰った……)


 以前に言われたことまでも思い出し、ぐらぐらと視界が歪んだ気がした。


(……駄目)


 これ以上、情けない姿を見せたくない。

 かといって、対話することも諦めたくない。リーシェはぐるぐると考え、考え抜いて、俯いたままそっと手を動かした。


「………………」


 ゆっくりと、顔の横辺りで挙手をする。


「…………なんだ、その手は」


 怪訝そうなアルノルトの声が上から降ってきて、発言のための深呼吸をした。


「ごめんなさい、アルノルト殿下」


 いまから行おうとしているのは、とてもよくないことだと分かっている。


 けれど、ここで議論を中断しては堂々巡りだ。

 向き合うことから逃げたくない。上手く出来るかは分からないものの、リーシェはそれを始めることにした。


「僭越ながら」


 だから、アルノルトを見上げて口を開く。




「……これより、『初めての夫婦喧嘩』を宣言します……!!」

「…………」




 アルノルトは数秒を置いたあと、見たことのないものを見るような表情をして、尋ね返した。


「いま、なんと言った?」

「ですから、これが初めての夫婦喧嘩です!!」


 実際はまだ夫婦でないのだが、ほかに適切な呼び方も無いだろう。

 リーシェは悲しい気持ちのまま、それでもふんすと気合を入れ、婚約者を見つめてやるのだった。




***


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― 新着の感想 ―
政略結婚ではない……うん…前オリヴァーに国の益のために連れてきたのではないって言ってましたね…………… 恋愛結婚だってことですね!!!!
[良い点] 1文目から ばか。、、、きらいって、、、 可愛すぎる!!!! 絶対に惚れない人はいない!!!!
[良い点] かぁぁわいい、、!!!!!
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