表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【アニメ化】ループ7回目の悪役令嬢は、元敵国で自由気ままな花嫁生活を満喫する  作者: 雨川 透子◆ルプなな&あくまなアニメ化
〜4章〜

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
144/356

130 私が信じているひと

※本日(7月3日)の、3度目の更新となります。15時ごろに更新した前話をご覧でない方は、ひとつ前のお話からご覧ください。

「我が君と自分から、リーシェさまにお願いしたいことがございまして」


 目の前のオリヴァーが、そんな風に切り出した。


「アリア商会の、ケイン・タリー殿に取り次ぎをお願いしたく」

「タリー会長に?」


 オリヴァーは頷いて、テーブルの上に一枚の紙を広げた。

 それは、リーシェが先ほどアルノルトに渡した金銀の相場表だ。


「こちらの情報について、我が君と自分で検討をさせていただきました。恐らくは単純な情報収集のみならず、さまざまな世界情勢を鑑みたものとお見受けします」

(……さすがだわ。おふたりは決して商人でないのに、この情報を集めるための労力がお分かりだなんて)


 穏やかな紫色をしたオリヴァーの瞳が、リーシェを見つめてにこりと微笑む。


「貨幣改鋳の計画については、リーシェさまも既にご存知とのこと。……我が君」


 その合図に、アルノルトがまなざしで許可を出す。

 オリヴァーは、テーブルの端で丸まっていた書簡を手に取ると、リーシェの前でそれを広げた。


「わあ……」


 現れた美しいその図柄に、リーシェは思わず声を漏らす。

 描かれているのは一羽の鷲だ。翼は大きく広げられて、細やかな羽の模様がある。その上には数枚の花びらが散らされて、二本の剣が交差していた。


「とても綺麗な絵ですね。華やかな上に威厳があって、それでいて繊細で……」


 思わず見惚れてしまうほどだが、これは一体なんの絵だろう。

 疑問を抱いた瞬間に、リーシェははっとする。


「ひょっとして……」


 話の流れを鑑みれば、恐らくは間違っていないだろう。


「この複雑な図柄を、新しい貨幣の意匠になさるおつもりですか?」

「ご名答です」


 オリヴァーが爽やかに言い切るが、これはとんでもないことだった。


「やはり、さすがのリーシェさまも驚かれますよね。なにしろ貨幣とは、大量生産が必要かつ、一切の不備がない状態のものを作らねばならないのですから」

「オリヴァーさまの仰る通りです。原型を彫り、鋳型を作って流し込んでも、これほど緻密なデザインでは抜ききれないのでは? 鋳造にあたって、よほど高い技術を使わなければ……」


 そこまで言って、リーシェはようやく理解する。

 傍らのアルノルトを見上げると、最初からこちらを見ていたアルノルトと目が合った。


(……昨日、私の指輪に触れたアルノルト殿下が、コヨル国の名前を出した理由……!)


 その理由が、コヨル国の金銀枯渇によるものだという推定も、恐らくそれ自体は外れていない。

 しかし、あのときアルノルトがコヨルの名前を出したのには、もうひとつの意味があったのだ。


「――改鋳に、コヨル国との技術提携を使ってくださるのですか!?」

「……」


 隣のアルノルトに確かめると、アルノルトは楽しそうに目を細めた。


「やはり、俺が想像していた通りの表情をしたな」

「っ、え!」


 一体どんな顔をしてしまったのか不安になって、思わず両手で頬を押さえる。

 恐らくは、嬉しさを感じたのが顔に出てしまった。気恥ずかしくなってしまうものの、これは仕方がないと思う。


(あのアルノルト殿下が、コヨル国を……カイル王子を頼ろうとしてくださったなんて)


 リーシェの嬉しさを分かってくれたのだろう。オリヴァーにちらりと視線を向ければ、彼は頷きながら教えてくれる。


「ご参考までに。……コヨルの名前を出されたのは、自分ではなく我が君ですよ」

「!」

「使えるものを使う。それだけの話だろう」


 素っ気ない言い方ではあるものの、嬉しいものは嬉しいのだ。


(……だけど、違和感があるような気もするわ)


 リーシェの胸中を知らないまま、オリヴァーはこう続ける。


「定期的な改鋳の目的は、贋金の流通を防ぐためです。せっかく作り直すのであれば、贋金自体を作りにくくしたいもの。細やかな金細工を作ることに特化したコヨルの技術なら、贋金作りを目論む人たちが模倣するのも難しいので」

「……」

「アリア商会には、改鋳後に他国へどのように金銀を流すかといった相談や、改鋳に必要な仕入れの話をさせていただきたいと思うのです。いかがでしょう? リーシェさま」

「もちろん、私にお手伝い出来ることであれば協力は惜しみません。タリー会長にも、さっそくお声掛けしたいところですが……」


 リーシェはアルノルトの瞳を見上げ、先ほどの違和感についてを口にする。


「おふたりは、迷っていらっしゃいますよね?」

「…………」


 指摘したその瞬間に、アルノルトが小さく眉根を寄せた。

 向かい席のオリヴァーは、驚いたように目を丸くしている。その反応を見るに、リーシェの推測は当たっていたようだ。


「何故、そのように感じられたのですか?」


 少し慌てた様子のオリヴァーに対して、アルノルトは黙ったままリーシェを観察している。

 ふたりの視線を向けられながら、リーシェは言った。


「こちらの緻密な意匠を持つ金貨は、コヨル国から提供される技術があれば製造出来るでしょう。……ですが、たとえ技術的に製造が可能だったとしても、製造の費用が掛かりすぎます」


 物の価格とは、原料の価値で決まるものではない。

 それを作るための設備、人材、原価の輸送や仕入れ、出来上がった品の流通に掛かる金額も含まれるものだ。


 それは、金貨や銀貨だって同じことである。

 金貨一枚を発行するにあたり、金貨一枚以上の費用が掛かるのであれば、発行すればするほど国が貧しくなってしまうのだった。


「タリー会長へのご相談も、その費用を抑えるためにご所望なのでは? つまり、アリア商会を交えた計算結果によっては、こちらの改鋳案も無かったことになるような……」

「……これはこれは……」

「それに、アルノルト殿下が」


 リーシェが再び隣を見上げると、アルノルトは僅かに目を伏せてこちらを見た。


「私は、殿下から改鋳のお話を聞いた際、『ガルクハインの通貨を、金銀含有量が少ないものに作り替えるご予定なのですか?』と質問いたしました。ですが……」


 それに対する返事は、『そうだな』という、どこかアルノルトらしからぬものだった。


「いただいたのは、どこか曖昧なお答えです。あのときは私に隠し事をなさっているのかとも思いましたが、アルノルト殿下であればもっと完璧に隠されるかと。……あるいは、明らかに嘘と分かる冗談を仰るはずです」

「……」

「ですので、もしかしてアルノルト殿下には、隠し事ではなくお悩みがあるのではないかと感じたのです」


 それが、アルノルトらしからぬ返事に繋がったのではないだろうか。

 オリヴァーは、ふっと柔らかい笑みを浮かべてアルノルトを見る。


「さあ我が君。婚約者さまは、どうやらお見通しのようですよ?」

「……」

「いい加減、お心の内をお話くださったらいかがでしょう。自分もお力になれるかもしれません」


 その言葉に、リーシェは意外な気持ちになった。


「殿下がお悩みの内容について、オリヴァーさまもご存知ないのですか?」

「普段なら、もう少しご相談していただけるのですがね。この件に関して、我が君は一度、『別案』を検討なさったようなのですが……」


 しかし、長椅子の肘掛けに頬杖をついたアルノルトは、つまらなさそうな表情で言うばかりだ。


「……あれは、どうあっても現実味のない策だ」


 またしても、アルノルトらしからぬ言葉だった。

 アルノルトはいつだって現実的だ。そんな彼から、『現実味のない策』が出てきたこと自体、アルノルトにとっても不本意らしい。


「夢物語に近い案で、馬鹿げていると言ってもいい。だから、その別案は検討するまでもなく、すでに切り捨てている愚策に過ぎん」

「……まあ、我が君がそこまで仰るのでしたら……」

「ですが、アルノルト殿下」


 リーシェは真っ直ぐにアルノルトを見上げ、口を開いた。


「あなたが本気で願うなら、実現可能な夢ではありませんか?」

「…………なに?」


 アルノルトが、驚いたようにリーシェを見る。

 けれどもリーシェは信じているので、真顔でそのまま説明を続けた。


「夢物語を現実に近付ける。アルノルト殿下の頭脳や手腕は、それだけの力をお持ちだと思いますよ? その上、コヨル国やアリア商会のように、他者と協力し合う姿勢までお持ちになったのです」

「……お前は」


 眉根を寄せたアルノルトが、リーシェに尋ねる。


「本当に、どこまでも俺を信じるつもりか」

「はい。出会ってから今日までの二ヶ月間、殿下はずうっと証明して下さいましたから」

「……」


 リーシェがアルノルトの力を信じるのは、未来を知っているからではない。

 こうしてすぐ近くで、彼の行動を見てきたからなのだ。


「アルノルト殿下は、ご自身のお力が信じられませんか?」


 その問い掛けに、アルノルトは眉根を寄せる。


「殿下が夢物語だと感じられたものでも、他の誰かにとっては違うかもしれませんよ? 第三者の技術や知識があれば、それは実現可能な夢にも成り得ます。同じ夢を見るひとが集まれば、その輪郭が見えてくるかも」

「……そんな人間は存在しない」

「どうでしょうか。だってそれは、……っ」


 アルノルトの手が、リーシェのおとがいに触れた。

 その指に上を向かされて、アルノルトと真っ向から視線が重なる。


「リーシェ」


 そんなことをしなくても逃げないのに、アルノルトはいつもより僅かに低い声で、リーシェに言い聞かせるように口にした。


「形のないものの実態を信じられる人間など、いるものか」

「……」


 アルノルトは、どうしてそんなに寂しい目をしているのだろう。

 口を開こうとして、リーシェは何も言えなくなる。こちらを見下ろすアルノルトの瞳が、リーシェの言葉を拒んでいるように見えたからだ。


「――我が君」


 オリヴァーの声に、リーシェはびくりと肩を跳ねさせた。

 アルノルトは小さく舌打ちをしたあと、リーシェからするりと手を離す。ちょうどそのとき、扉からノックの音がした。


「アルノルト殿下。オリヴァーさま。明日の警備の件で、お時間をいただきたく」

「……」


 騎士の声に、リーシェは長椅子から立ち上がる。


「では、私は一度失礼します。アリア商会には、話を通しておくようにいたしますので」

「リーシェさま。申し訳ございません」

「お役に立てることがあれば、またお申し付けください。……アルノルト殿下、後ほどまた夕食で」

「……ああ」


 アルノルトは、立ち上がったリーシェの手を取ると、するりと指を絡めるようにしながら言った。


「あとでな」

「……っ」


 そう言った彼からは、先ほどの空気が消えている。

 ひどく寂しい目もしていないし、それでいてリーシェの言葉を抑えつけるような素振りもない。リーシェは困惑しながらも、小さな声で返事をした。


「……はい……」


 そして、騎士たちに挨拶をしたあとで部屋を出る。


(ご機嫌を、損ねてしまったのかと思ったけれど……)


 どうやら、そういうわけではないらしい。


(もしかして……あれは、何かに葛藤していらした?)


 だとしたら、それは何に対してなのだろう。

 そんなことを考えていると、頭の中がアルノルトでいっぱいになってくる。彼が何を考え、どのようなことを懸念しているのか、それらを出来るだけ知りたいと感じた。


 そのせいで、気配を殺した人物が、すぐ傍にいたことに気付けない。


「!!」

「よお」


 腕を掴まれ、柱の影に引っ張り込まれて、リーシェはぱちりと瞬きをした。

 リーシェの背中を壁に押し付け、手のひらで口元を塞いだラウルが、カーティスの姿で笑っている。


「いまなら晴れてふたりっきりだな、お嬢さん」

「……まむぐ」


 大きな手に口を塞がれたまま、リーシェはもごもごと彼を睨んだ。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ワクワクしますね! この世界での紙幣の誕生かと思いましたが、どうなるのでしょう……
[一言] 金本位制、踏み込んでガルクハイン金本位制でしょうか?
[気になる点] いきなり管理通貨制度を始めようとしてるなら確かに夢物語かもしれませんが、その前段階なら意外と上手くいきそうな気もします 国家が保有している金や銀を全て貨幣にしているわけないだろうから、…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ